公爵様の執着の向く先は
「見て、カイル様よ」
「いつ見ても、本当にお美しいわ」
学園の回廊を歩いていれば、女子生徒のささやき合う声が耳に届く。女子生徒たちの視線の集まる先をたどれば、そこにいたのは、カイル・ライザックだった。
眩い金の髪に、ターコイズグリーンの瞳。誰もが目を見張るほどに整った顔立ちをした彼は、王家の血を引く名門公爵家の嫡男であり、学園のご令嬢たちから絶大な人気を誇っている。
「ねえ、またカイル様が貴女を見つめているわよ?」
楽しそうに笑った友人のドロシアに、耳打ちされる。
「ま、まさか。私なんかを見ているはずがないわ。そもそも私、カイル様とまともに会話したことすらないもの」
「でも、最近カイル様をお見掛けすると、いつもメルフィーナのほうを見ている気がするのよ。勘違いなんかじゃないと思うけど」
ドロシアの言葉に、メルフィーナは言葉を詰まらせた。
――メルフィーナ・エヴァンズは、侯爵家の令嬢だ。
カナリヤ色の髪をした彼女は、美しくも儚い雰囲気をまとっている。心優しく、穏やかで慎ましやかな性格も相まって、彼女に密かに懸想している者は数多くいる。
ドロシアの言う通り、ここ最近のメルフィーナは、カイルとよく目が合うと感じていた。
はじめは勘違いだと思っていた。けれど、交わった視線が逸らされることはなく、熱のこもったまなざしからは強い感情が込められているように思う。
(もしかして、カイル様は私のことを……?)
これまで恋をした経験がないメルフィーナだったが、もし、カイルが自分を想ってくれているのだとしたら。それはとても、素敵なことのように思えた。
カイルのことはよく知らないが、あの見目麗しい容姿と人望の厚さだ。学園中の生徒たちから羨望の目を向けられている男性から恋慕われているかもしれないと思えば、心がそわそわと浮き立ってしまうのも仕方がない。
「ねえ、ソルはどう思う? やっぱり私の勘違いかしら」
中庭でランチのサンドウィッチを食べ終えたメルフィーナは、目の前で紅茶を淹れてくれている男に尋ねる。
黒髪赤目の端正な顔立ちをしている彼は、ソル・エヴァンズ。
メルフィーナと同い年の彼は、共に学園に通いながら、メルフィーナの護衛兼、執事をしている。
ソルは幼少期、孤児だったところをエヴァンズ家に迎え入れられた。それからは、常にメルフィーナのそばでその御身を守り、尽くしてきた。
「……どうでしょう。俺にカイル様のお気持ちは分かりません。ですが、メルフィーナ様がお美しいご令嬢だということは事実です。ですから、メルフィーナ様に目を奪われてしまっていてもおかしくはないと思いますよ」
「ふふ、ありがとう。ソルはいつも、私の気持ちを肯定して寄り添うようなことを言ってくれるわよね。でもね、そんなにお世辞ばかり言わなくてもいいのよ?」
「俺は事実を述べているまでです」
「もう、ソルったら」
クスクスと嬉しそうに笑うメルフィーナに、ソルは淡々とした声で返す。
けれど常に無表情を貫く男が、メルフィーナの前でだけは穏やかな表情をしていることに、ソル自身だけは気づいていた。
「あら? あそこにいるのって……」
和やかな時間が流れる中、こちらに近づいてくる人影があった。
その正体に気づいたメルフィーナは、驚きに目を見開く。
「やあ、こんにちは」
「ごっ……御機嫌よう、カイル様」
突然現れたカイルは、戸惑うメルフィーナの前で足を止めて挨拶をしてくる。
メルフィーナは慌てて立ち上がり、しずしずとお辞儀をする。
「今日は日差しも暖かくて、外でランチをするには絶好の日和だね」
「は、はい。そうですね」
「ふふ、そんなに硬くならないで。ちょうど君たちの姿が見えたものだから、つい声をかけてしまったけれど……食事の邪魔をしてしまったかな?」
「い、いえ。もう食事も終えてまったりしていたところなので、気になさらないでください」
メルフィーナがそう言えば、カイルは「それならよかった」と微笑む。
(いつも遠くからお見かけするだけだったカイル様が、目の前にいるなんて……)
カイルとこんなに間近で会話をしたことはなかったので、緊張で顔が熱くなるのを感じる。耐えられなくなったメルフィーナは、うつむいた。
するとカイルは、空いていた距離を一歩詰めてくる。
「僕はね……君のことを、いつも見ていたんだ」
その言葉に、メルフィーナは顔を上げた。
やはり自分の思い違いではなかったのだと、高揚した気持ちで。
……けれど、いつものように視線が合わない。
ターコイズグリーンの瞳が見つめる、その先にいるのは――。
「ソル・エヴァンズ。僕はね、君と話してみたいとずっと思っていたんだよ」
「……」
カイルの言葉に、メルフィーナの背後に控えていたソルは、不快そうに眉を顰めた。
そしてメルフィーナはといえば、カイルの言葉の意味を理解するのに、数秒の時間を要した。
(……そう、そうだったのね。カイル様が熱心に見つめていたのは、私ではなく、いつも私のそばにいてくれる、ソルだったの。……私ってば、一人で勘違いしてしまって……本当に恥ずかしい。今すぐ消えてしまいたいわ)
メルフィーナは、先ほどまでとは別の意味で、顔が熱くなるのを感じた。
「……あのっ。私、用がありますので、お先に失礼いたしますね」
「メルフィーナ様、お待ちください。俺も一緒に……「大丈夫よ。ソルはカイル様とゆっくりお話してきていいからね」
メルフィーナは、茶器を片付けているソルに微笑みかけて、一人でその場を後にした。
その瞳が羞恥や悲しみで潤んでいたことに、ソルは直ぐに気づいた。今頃、一人で涙を流しているのだろう。早く追いかけねば。
後片付けを終えたソルは、すぐにメルフィーナを追いかけようとした。けれど、行く手を阻むように立ちふさがっている男に、思わず舌を打ってしまう。
「……」
「……」
ソルは、目の前でニコニコと愛想のいい笑みを浮かべているカイルを、鋭い目で睨みつける。
「……アンタのせいでお嬢様に嫌われたら、どうしてくれんだ。殺すぞ」
そう言って、苛立ちを隠そうともしない殺気立った顔つきで、カイルを真正面から射抜く。
普通ならば、身分の高い公爵家の令息相手に不敬だと咎められそうなものだが、カイルは恍惚とした顔をして、頬を赤らめている。
「ああ、その目だよ。メルフィーナ嬢を守らんと周囲の男たちを牽制している君の獰猛な目に、俺は惹かれたんだ。ゾクゾクするね」
ソルは蔑んだ目を向けながら、もう一度舌を打つ。
「チッ、変態坊ちゃんが。……言っておきますが、俺にそっちの気はないので。お嬢様に二度と近づかないでくださいね。メルフィーナお嬢様に害をなす者は、例えご身分の高い公爵様であろうと、容赦はしませんから」
わざとらしい笑顔の仮面をかぶったソルは、最後にそう忠告をして、今度こそメルフィーナの後を追いかけた。
一人残されたカイルの胸は、歓喜で震えていた。
そして、遠ざかるソルの背中をジッと見つめながら、思考を巡らせる。
(ああ、やっぱりいいな。彼のあの塵屑を見るような目。生まれてこの方、あんなまなざしを向けられたことはない。僕の胸を高揚感で満たしてくれる。……どうしたら、彼を自分のものにできるだろうか。これまでのように、メルフィーナ嬢にちょっかいをかけていれば、彼はあの瞳で僕を見つめてくれるだろうけど……それだけじゃ足りない。もっと近くで、僕に、僕だけに……)
カイルは、頭の中に浮かび上がるいくつものプランの中から、次の一手を考える。
――これは、誰もかれもが一方通行な感情の行方を、見守る物語。
奇妙な愛情が絡み合った、不思議な三角関係の、始まりだった。
温室育ちのお坊ちゃまであるカイルは、後継者として厳しく指導されることはあれど、周囲の人間からは愛され甘やかされ敬われて生きてきた。
そんなある日、偶然メルフィーナと目が合い可愛らしいご令嬢だと思っていれば、その背後に控えているソルが、人一人殺さんばかりの獰猛な目で自分を見ていることに気づいて、眠っていた性癖が目覚めてしまった。恋愛感情というよりは、新しい玩具を見つけて自分だけのものにしたいと思っている執着じみた感情に近いかも。
ちなみにソルは、幼少期からメルフィーナに一途。
このまま話が続いて、メルフィーナがソルの思いに気づくことができれば、二人が結ばれる未来が待っている。
だけどカイルの策で、カイルがメルフィーナに婚約を申し込んでくる未来もあるかも。そうしたら、メルフィーナお嬢様命のソルは絶対に御付きとしてメルフィーナに付いてくるので、手中に収めやすくなるし……。
ということで、ここまでお読みいただきありがとうございました!
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