002 勇者と剣士(2)
マルスはアルバス機関からの要請で、森の西の町に向かっていた。
森の西の町――凶悪な魔獣が住むといわれる森の西の端に位置する町。
その森は魔の森と呼ばれている。
魔の森の周辺は魔獣が出没するが、肥沃な土地が広がっていたので、町や村が形成されていた。
町に向かう途中、マルスとヨハンは剣の訓練をしていた。
マルスが鋭く剣を振るうが、ヨハンは剣で受ける。
何度か剣を交えた後、ヨハンは力ずくでマルスの剣を振り払い、飛ばした。
「さすがに、強いですね……」
マルスは剣を拾いながら言った。
ヨハンは汗を拭きながら考える。
(少しは出来るな……、だが剣の腕は普通だ、はっきり言って俺の方が強い)
「アルバス機関の勇者養成所は出ているんだろう?」
「はい……」
アルバス機関は勇者を育成する勇者養成所を有する。
勇者になるには、勇者養成所を卒業した後、現役の勇者に弟子入りする。
師匠の勇者に認められて、はじめて勇者になれるのであった。
勇者養成所のほかに、剣士、戦士、魔法使いといった職業の養成所も存在する。
ヨハンもかつて、剣士養成所に所属していた。
「そこで、剣術は習ったんだろ?」
「私、剣術は基礎訓練ばかりやっていたんですよね……」
(それで勇者ってなれるの!)
「ヨハンみたいな強い人に指導してもらえて良かったです」
「……」
その夜は野宿することになった。
魔の森の近くだったが、勇者と剣士がいれば大丈夫だろうということになった。
マルスは毛布にくるまって寝ていた。
傍らには、彼の荷物が置かれていた。
(駄目だよ、こんな無造作に財布を置いていたら……)
ヨハンはマルスの荷物の中から財布を抜き取った。
(悪いな、俺はマルスが考えているような人間じゃないんだ)
ヨハンは財布を持って立ち去ろうと、目の前の森を見た。
それは魔の森だった。真っ黒なその森が彼には異様なものに見えた。
恐ろしい感じがした。
まるでこれからの自分の人生を象徴しているかのようだった。
「逃げるのか!」
ヨハンは、剣士養成所を途中でやめていた。
その時に同僚に言われた言葉を思い出した。
(クソ……)
ヨハンは財布を元に戻し、自分も毛布にくるまって寝転んだ。
翌日、朝から二人は目的地に向かって歩いていた。
しばらくして、マルスがヨハンに言った。
「どうしたんですか、朝からずっと黙ったままですが?」
ヨハンはもう全部本当のことを話して勇者との旅をやめようと考えていた。
その時、巨大な姿が森から現れた。
獅子のような魔獣である。明らかにこちらを襲おうとしていた。
「落ち着きましょう。私が陽動するので、ヨハンが……」
そう言って振り返ったとき、ヨハンの姿は消えていた。
ヨハンは森の中をやみくもに走っていた。
(悪いなこれでもう、俺のことは愛想を尽かしただろ)
しかし、立ち止まって考える。
(勇者なんだから、あれくらい一人で大丈夫だろ……)
そう思っていた時、目の前に別の獅子の魔獣が現れた。
どうやら先ほどの獅子はおとりだったらしい。先ほどの獅子より大きく、しかも三頭いた。
「ハハハ……、悪いことをするとこういう目に遭うんだよな」
ヨハンは獅子を一頭倒したものの、左腕が麻痺してきた。
そう、彼は本気で剣を振るっているとき、左腕が麻痺し、握力がなくなり、思うように動かせなくなることがある。
剣士養成所を退所したのも、そのためだった。
魔獣の攻撃をかわしていたが、ついに左腕が動かなくなった。
立ちすくんでいるところに、誰かが後ろから彼の左腕を掴んだ。
マルスだ。いつの間にかマルスが、ここまで来ていた。
「大丈夫です……」
マルスはヨハンの左腕を掴んで、念じていた。
マルスのつかんでいる手が光った。するとヨハンの左手の握力が戻った。
(これは……)
ヨハンは不思議に思ったが、迷っている時間はなかった。
剣を両手で構え力を溜め、全力で剣を振るった。斬撃が魔獣を切り裂いた。
最後の一頭を倒そうとしたとき、また左手の握力がなくなってきた。
「あとは、任せてください」
そう言うとマルスが疾風のごとく移動し、獅子のそばまで近寄ると剣で倒した。
獅子を倒して休息していると、ヨハンが申し訳なさそうに尋ねた。
「最初の獅子の魔獣は?」
「倒してきましたよ。ヨハンが集団の方に行ってくれたので助かりました」
「……」
「なあ、この左腕のこと知っていたのか?」
「はい……」
「剣の訓練をしていた時、左腕をかばっていたみたいですから」
「……」
「狼の魔獣を倒した時も、右腕だけでした」
「……」
「さっき、腕に何をしたんだ?」
「……回復魔法です」
「腕を見せてもらっていいですか?」
マルスが尋ねると、ヨハンが応じた。
「ああ……」
ヨハンは上の服を脱いでマルスに左腕を見せた。
マルスが見ると、ヨハンの前腕に5センチほどの細長い痣があった。
マルスが驚いてみていると、痣はスーッと消えていった。
「今のは!」
「えっ、何?」
「いえ……」
(本人には見えていない?)
「今は、動きますか?」
「ああ動く」
ヨハンは左腕の手を握ったり開いたりしてみせた。
「力を出そうというとき、利かなくなるんだよ」
「とにかく、町か村で医者に診てもらいましょう」
「俺、この腕のせいで養成所をやめちゃったんだよね」
ヨハンは養成所でのことを話し始めた。
「はじめは養成所に入って順調に強くなっていったんだよ。それこそ養成所一番だといわれていたくらいに。でもだんだん強い人と戦うようになると、左腕が……、最初は軽い痺れくらいだったんだけども、そのうち剣が握れなくなってきて……」
ヨハンはうつむきながら話を続ける。
「ついにあるとき訓練中に握力がなくなって、剣がすっぽ抜けて同僚にケガをさせてしまった。それで怖くなって、養成所を逃げ出したんだよ」
マルスは黙って聞いていた。
「これで分かっただろう、俺は養成所も卒業してないんだ。勇者についていく資格なんてないんだよ」
ヨハンが言うと、マルスが答えた。
「ヨハンさえ良ければ、これまで通り一緒に旅をしてください」
「だから、俺は剣士じゃないんだって!」
「ヨハンは良い人です」
「良い人? 俺が……」
「だって財布、盗っていかなかったじゃないですか」
「……」
(こいつ、ひょっとして俺のこと試したの?)
ヨハンは思ったが、マルスが話を続ける。
「ヨハンが先ほど使った技、すごい威力でした」
「……あれは無双一斬という技だ。闘気を溜めて斬撃と共に放つ、一撃必殺の技だ」
「あの技、私に教えてください」
「マルスもさっきのはすごかったじゃないか。瞬間移動したみたいだった」
「あれは縮地といって体術の移動です。私の師匠から教わったんです。師匠のはもっと速くて、私のなんか大したことないです……」
「そんなことない、俺に教えてくれ!」
「いいですよ、お互いの技を教え合いましょう!」
二人の旅は続く。




