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トラック0|キスの前の、放課後 (美羽視点)

挿絵(By みてみん)



キス実習制度。




去年、初めてその話を聞いたとき、


正直、私は参加するつもりがなかった。




少子化対策とか、


将来のためとか。




大人たちが言っていることは、


分からなくはなかったけど。











その年、


私はまだ二年生だった。




でも、制度の説明が終わったあと、


一人の男子生徒から指名された。




三年生。


面識は、ほとんどない人。












理由は分からない。




噂とか、


見た目とか、


そういうものかもしれないし。






でも、そのときの私は、


それを受け取れる状態じゃなかった。












自分に自信がなかった。











可愛いとか、


美少女だとか、


そんなことを言われても、


全部、他人事みたいにしか聞こえなかった。












期待されて、


何も出来なかったらどうしよう。




近づいて、


気まずくなったらどうしよう。











だから、断った。




理由は言わなかったけど、


本当は、それだけ。












今年になって、


制度は「必修」になった。




逃げる選択肢はなくなった。












それでも、不思議と――


去年みたいな気持ちには、ならなかった。













ペアの名前を見たとき、


胸の奥が、少しだけ静かになったから。









同じ学年の男の子。









クラスは違う。




話したことは、ほとんどない。


でも、顔は知ってる。






どんな人かも……なんとなく。






大人しそうで、




ちょっと真面目そうで、




変に目立たないタイプ。






話したことはないけど、


変に怖い印象はない。









この人なら。







……ううん。













この人となら、


出来るかもしれない。







そう思えた自分に、


少しだけ驚いた。





だから私は、


今日ここに来ている。














約束の場所は、放課後の校舎裏。






人が少なくて、


逃げ道もあって、


変に注目されない。





少し遅れて行ったのは、


別にわざとじゃない。











……まぁ鏡を見る時間はちょっと長かったかもだけど












いた。












男の子が一人、


落ち着かない様子で立っている。




制服の着方も、立ち方も、


なんとなく「待ってる人」って感じ。











思ったより、普通。




変にカッコつけてないし、


変に余裕がある感じでもなさそう。






でも、目が合った瞬間、


ちゃんとこっちを見る。









逃げない。









「……君?」





自分から声をかけたのは、


沈黙が嫌だったから。





「あ、えっと……篠崎さん、だよね」





名前、知ってるんだ。




そのことが、


少しだけ引っかかった。










「うん。そうだけど」





短く返す。




彼は、じっと私を見る。


たぶん、私も同じことをしてる。







「……ふーん」





それ以上、言葉が出なかった。




気まずい、というより、


どう入っていいか分からない。






一歩、近づく。






距離を詰めたのは、


無意識だった。




彼が、少しだけ肩を強張らせる。








分かりやすい。








「パートナー、君なんだ」





確認するみたいに言う。





「あ、うん……よろしく」





声、ちょっと上ずってる。







……緊張してるんだ。








「……別に、そんな緊張しなくていいよ」





自分でも驚くくらい、


自然に出た言葉だった。





「私も……こういうの、初めてだし」








言ってから、


あ、って思う。





初めて、なんて。


わざわざ言う必要なかったのに。








「……君も、でしょ?」





案の定、すぐ返ってきた。





「……うん」





小さく頷く。




その瞬間、


彼の表情が少しだけ緩んだ。









あ、今、安心した。








「じゃあ、条件は一緒だね」





条件、って言い方は変だけど、


でも、たしかにそう。









沈黙。





遠くの声。


風の音。





なのに、


この場所だけ、切り取られたみたいに静か。











「……ね」





もう一歩、近づく。




近い。




でも、離れる理由もない。












「実習、だしさ」





理由をつけるみたいに言う。




本当は、


理由なんて、どうでもよかった。












「やることは……決まってるよね」





彼の喉が動く。




緊張してる。


でも、目は逸らさない。











……逃げないんだ。











「……うん」





短い返事。




それだけなのに、


胸の奥が少しだけ重くなる。











彼を見る。




真っ直ぐで、


少し迷ってる目。




嫌じゃない。






むしろ…












「じゃあ……しよっか」












言葉にした瞬間、


空気が止まった。





これはただの実習




でも一歩踏み出したら、


もう「実習」だけじゃ済まなくなる。




そんな気がした。










それでも。











……まあ、いいか。










そんなことを考えながら、


私は、彼から目を逸らさなかった。

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