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6.5 アーマリア視点

「アーマリア!」


「大丈夫? 痛いところはない? お腹は空いてないかしら?」


 ゲールツのお屋敷の前で、私はお父様とお母様と再会した。私に言葉を掛けながら駆け寄ってくる二人の姿に、思わず涙が流れたのを覚えている。


「お父様とお母様こそ、大丈夫でしたか? 怪我をしたと聞きましたが……。」


「ああ、軽く足を齧られたぐらいだ。もう回復魔法で治ったさ。」


「ふふ、貴方ったらカッコつけて。後ろにいた魔物に気がつかないんですもの。」


 その様が容易に想像できてしまい、ちょっと吹いてしまった。恥ずかしそうに笑いながら頭を掻くお父様に、微笑むお母様。私の両親はかなり仲が良いほうだと思う。


「アーマリア、とりあえずお風呂に入ってきなさい。」


「はい、お父様。」


 使用人が現れ、私をお風呂場へと連れて行く。道中、「ご無事でよかったです」と通りがかった皆に言われた。脱いだ服は使用人に回収されて行った。森生活の中で割と汚れていたからありがたい。


「ふう……。」


 石鹸が汚れを剥がし、温かいお湯が全てを洗い流して行く。シャワーを浴びて、とりあえず一息ついた。……久しぶりのお風呂だ。あの森に遭難していなかったら、温かいお風呂に入れることがどんなにありがたいことなのか、分からなかったかもしれない。


 肩までお風呂に浸かったところで、ふと思う。今頃シークス様は何をしているのだろう。別れてまだ数時間ほどだけど、心配になってきた。彼女には寂しがり屋の気があった。本人も自覚していない感じではあったけど。大丈夫かな。


 私は心ゆくまで久しぶりのお風呂を堪能した。






 場所は変わって、居間。お風呂を上がってホカホカになっている私に、お母様はミルクを渡してくれた。


「本当に無事でよかったわ。後数日見つからなかったら、騎士たちを叩きのめしてでも探しに行ってたわよ。」


「あはは……。」


 お母様はそれをやりかねないから本当に怖い。私の両親は異常なほど行動力がある。だからこそ私や騎士が苦労して止める羽目にはなるんだけど。


「にしてもアーマリア。思ったよりもすごく元気そうじゃないか。場合によっては粥やスープを用意しようと思っていたんだが……。」


 言ってしまえば、私は運動が苦手だ。木登りもできないし、狩りなんか以ての外。そんな私が、ひどく痩せた様子もなくけろっとしているのだから、そんな疑問をお父様が抱くのは無理もないだろう。


「はい、実は森に住んでた人に助けてもらったんです。ハナ・シークスっていう名前の、私と同い年ぐらいの女の子に。」


「女の子に?」


 怪訝そうな顔を浮かべるお父様とお母様。私は彼女のことを二人に話した。どうやら前から森に住んでいるらしいこと。かなりのサバイバル術を持っていること。彼女のおかげで食べていけたこと。彼女と友達になったこと。そして、何やら暗い過去があるらしいこと。いろいろだ。


「……そうか。なるほど。」


 私が嘘を付いているとは思えなかったのだろう、お父様は深く頷いて、目を閉じてそのまま何かを考え始めた。少しして考えが纏まったらしく、目を開く。


「うむ、ではその子に感謝の言葉を伝えにいかねばなるまい。さっそく向かおう。」


「ええ、そうしましょう。」


「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」


 あまりにも思い切りが良さすぎる二人の前に立ち塞がる。本当にこの二人は! 本当に!


「アーマリア。こういう時は親自ら感謝の言葉を伝えなくてはならないのだぞ。」


「怪我でもされては困るのですよ! 少し待ってください!」


 その時。ラインハルトとドミニクが、会話をしながら居間を横切ろうとした。私の無言の救援要請と、なにやらしでかそうとしている二人に気付いたようで、こちら側に立ってくれた。


「その、ヴィンド様にアッフェル様。一体何をなさるつもりなのでしょう……?」


「なんでもアーマリアがシークスという少女に命を救われたらしいではないか。ならば親として感謝の言葉を伝えなければなるまい。」


「ええ、ですからこれから森に向かおうかと。」


「……少し冷静になってくださいませんか?」


「ヴィンド卿〜……万が一怪我でもされたらこっちはたまったもんじゃないんですぜ……。アッフェル夫人も落ち着いてくださいよぉ。」


「ドミニクの言うように、お二人に怪我をされては困るのです。それに護衛たる我々も、さすがに疲労が溜まっています。どうか御再考を……。」


「む……。」


 ラインハルトやドミニクの言うことにも一理あったのだろう、二人は少し考える素振りを見せた。うーん、後一押し……。


「……そうだ、こうしましょうぜ。二週間後、俺たちがシークス嬢をここに連れてきます。それならいいでしょう?」


「ドミニク、流石にそれはシークス様に……。」


 そう言いかけた時、ドミニクが耳打ちをしてきた。


「お嬢、本当は今すぐにでもシークス嬢に会いたいんでしょう?」


 ……こいつは! 本当に! 図星だけど!


「……私としても、ドミニクの意見に賛成です。二週間であれば我々も十分休めている頃合いでしょう。アーマリアお嬢様に先導してもう形にはなりますが。」


「先導程度であれば、私は構いませんわ。」


「……なるほど。分かった、それならいいだろう。」


 なんとか納得してくれた二人。私たち三人は、深く安堵のため息を吐いた。






 あれから二週間後。私たちは再びあの森の中にいた。前とは違い、今回の私には明確な目標がある。まあ当然ながらシークス様と出会い、彼女を説得して街に連れて行くことだ。……本当の目的は彼女に会うことだなんて口が裂けても言えないけど。


「お嬢、あの馬鹿どもが採取始めてますけどどうします?」


 ドミニクからそんなことを言われる。彼が指差す方に目を向けると、二人の騎士が手当たり次第野草をかごに詰め込んでいた。どっからもってきたのそのかご。


「……まあ、いいでしょう。彼らにも楽しみは必要ですし。……はぁ……。」


 普段は真面目なのだから、下手に注意できない。たまにははっちゃけたいのだろうから、今回は見逃すことにした。にしても、わずか二週間なのにこの空気がもう懐かしい。少しどんよりとした、植物の匂いが混ざった空気。長くいたせいで一時期鼻が馬鹿になっていたのだろう、改めて嗅いでみると割ときつい匂いだ。


 しばらく歩いていると、懐かしい小屋が目に入った。シークス様に圧力をかけないようにするために、騎士たちには自由時間を与える。小屋の方に入ってみたけど、どうやら中にはいないらしい。ひとまず小屋を出て、なんとなく屋根を見上げたその時だった。


「……アーマリア。」


 少し低めな、耳当たりの凄く良い声。少しガサついてるような気はするけど、それでもこの声を聞き間違えることはあり得なかった。


「お久しぶりです、シークス様……って、流石にやつれすぎじゃないですか?!」


 久しぶりに見た彼女の姿に対して、思わずそう突っ込まざるを得なかった。ボサボサな髪に酷い隈、少し服はよれているし足元が若干ふらついている。見るからに寝ていない様子だった。


「大丈夫ですか……?」


 ふらつきながらもこちらへと向かってくる彼女に、そう声をかける。彼女は返事せず、代わりに抱きついてきた。


「……寂しかった。」


 そのまま、彼女は速やかに寝息を立てて寝てしまった。


「あらら……。」


 やっぱり、彼女は寂しがり屋らしい。それもかなりの。こんな様子ドミニクに見られたら絶対揶揄われるに決まって……。


「……お嬢、シークス嬢に抱きついて何しようってんですかい?」


 ニヤニヤしながら後ろからドミニクが話しかけてきた。本当に! こいつ!


「……シークス様が気絶してしまったので、このまま連れて帰りましょう。」


「策士ですねぇ。」


「うるさいです。」


 そんなやりとりをしながら散らばった騎士たちを集め、帰還を始めた。






 帰宅。お父様とお母様が、泥のように眠っているシークス様を見て何かを勘違いしたのか、ドミニクたちをしばこうとしていた様子が記憶に残っている。ベッドに横になって、本当に死体のように動かないシークス様。気がつけば私も眠っていた。


 ふと、体が揺れる感覚で目が覚める。


「んぅ……シークス様……?」


 ちょっとまだぼやけてる頭。そんな中で彼女の名前を呼ぶ。


「もぉ、やっと目を覚ましたんれすねぇ……。」


 ああ、我ながら舌足らずだ。呂律が本当に回らない。まだちょっと眠いから仕方ないけど。


「本当にお寝坊さんなんれすから……お父様もお母様ももう寝てしまいまひたよぉ……?」


 確認せずともわかる。お父様もお母様も、これぐらいの時間帯では確実に寝ているのだ。私の体内時計は割と正確だし。


「……あ? じゃあ、ここってもしかして……。」


 ふふ、気付いたみたい。


「ゲールツれすよ、シークス様。」


 街へようこそ、シークス様。

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