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 アーマリアが去ってから数日。彼女がいなくなっても俺は何とか平穏な日々を送れて……いなかった。


「……。」


 彼女がいなくなってからというものの、入眠時間も起床時間も前のものに戻ってしまった。夜遅くに寝て、自然と昼ぐらいに目が覚める。普段ならば採取にでも行っていたが、騎士どもがいろいろと採取してくれたし、肉も蓄えはあったので出る必要がほとんどなくなってしまった。まあずっと外に出ないというのは流石に不味いので軽いランニングはしているが、それでもその時以外は蔦のベッドの上でずっとゴロゴロしている。


「……鬱だ……。」


 自分でもびっくりするぐらい気分が落ち込んでるし、日課だった夜景観察に出かける気力さえ湧かないほどにはやる気もない。軽く鬱状態に俺は陥っていた。交流が無くなるだけで人間はこうなってしまうのか。いや、それとも俺が人よりも寂しがり屋で依存体質なだけかもしれない。


 流石にこれではいけないと思い、少しでも気を紛らわそうと魔法で遊んだりもしている。お気に入りは"演奏"という音魔法。記憶が少しでもあればそこから曲を全部再現して演奏してくれるというものだ。実際ある程度気は紛れる。まあ精神状態的に無意識に暗い曲を思い浮かべてしまうらしく、余計にテンションが下がったりもするが。


 にしても、こんな魔法があるとは。もっと早く知っていればアーマリアに色々聴かせてやることだってできたはずだ。ちゃんとあの手帳を読んでおくべきだったな……。


 ……腹減った。とりあえず適当に香草と肉をフライパンにぶち込んで、雑に炒め物を作る。


「……ん、美味い。」


 この香草、初めて使ったがいいな。あんまり辛くなくて香り高い、アーマリアの好きそうな感じ。前からなんとなくで使ってなかったが、これならもっと早く使っておけば……。


 ……ストップ。今何考えても全部アーマリアに繋げてしまう気がする。とっとと食べてもう寝よう。寝れば多少は気が楽になるはず……。いや待て、今更だがこれ夢の中にアーマリア出てくるんじゃねぇのか? 今まではそんな強く意識してなかったが、気が付いたからにはそうもいかんぞ。


 ああ、こりゃ暫くは寝れない気がするな。強引に魔力切れでも起こすか。






 ということであれから数日。俺は無事不眠症を発症してしまったらしい。数時間毛布に潜っても、瞼は多少重くなれどそこから眠りに落ちる気配がない。仮に眠りに落ちても眠りがあまりにも浅く、夢を見るたびに飛び起きてしまう。質の悪いことに毎回アーマリアが出てくる。一回意図的に魔力切れを起こしたこともあったが、こっちは夢から醒めようにも魔力が回復するまでは目覚められないという更なる地獄が待ち受けていた。


「……はぁ……。」


 これが何度目のため息か、数えるのも既にやめてしまった。不眠の影響だろう、視界も思考も上手く定まらないし、足がふらつくことも多くなった。こんな感覚、地球以来だ。


「……。」


 何度も木や岩に手を突きながらも、なんとか小屋まで辿り着く。そこでやっと、誰かが小屋の前で立っているのに気が付いた。同じぐらいの背丈に、金色の髪。顔は見えないが、なんとなく想像はできる。


 ……なるほど、どうやらここは夢の中らしい。いつの間にか俺は眠っていたようだ。


「……アーマリア。」


 見覚えのあるその後ろ姿へと向けて、声をかける。すぐに彼女は振り向いた。


「お久しぶりです、シークス様……って、流石にやつれすぎじゃないですか?!」


 そう突っ込まれるとは思った。我ながら、本当に酷い顔をしている。髪の毛はぼさぼさだし、目元には酷い隈が浮かんでいる。夢の中とはいえ、彼女にこんな姿を見られるのは少し嫌ではあった。


 こちらへと歩いてくる彼女へと、俺もふらつきながら歩き出す。


「大丈夫ですか……?」


 心配そうな表情を浮かべて問いかけてくるアーマリア。気が付けば、彼女へと向かって両腕が伸びていた。そのまま彼女にもたれかかるように抱き着く。


「……寂しかった。」


 久しぶりに感じた人の温もりが、俺をよっぽど安心させたのだろう。意識が一気に遠くなっていく。夢の中とは言え、久しぶりによく眠れそうな感じがした。






「……くん、六花くん!」


 ……うわ、久しぶりに六花って呼ばれたな。神様以来だ。あれ、っていうことは……。


「やっと起きたか、肉体も精神もよっぽど深いところまで眠りに落ちてたようだね?」


 全身真っ白な、目の赤い少女。うん、例の神様だ。リーフェと言ったか。真っ黒な空間に、また俺と彼女は浮かんでいた。あのジェットコースターに乗ったような感覚がずっと続いていてめっちゃ不愉快。


「……え、俺死んだ? また過労死?」


「違う違う。ちょっと様子を見に来ただけだよ。」


 なんでも少し休暇を貰えたので、せっかくだからと生存確認をしに来たらしい。なーんだ、また転生させられるのかと思った……。


「にしても、いくら何でも肉体に精神を引っ張られ過ぎだろう。君確か四十超えてたよね?」


「……自分でも自覚はあるんだけどな。」


 うーん、考えると本当に気持ち悪いな。四十過ぎのおっさんが家族でも何でもない少女に抱き着くとか性犯罪者にしか見えないぞ。


「というか、この外見ってお前の趣味か?」


「黒と赤が好きでね。生憎ボクは真っ白だけど。」


 やかましい。にしても本当に趣味に走っているんだな。オッドアイも趣味なんだとか。


「で、あのナイフはどうだい。切れ味すごいだろう?」


「イカれてるな。石も切れて鉄も切れて、指までスパってやりそうで怖いぞ。」


 どや顔しながら無い胸を張る神様。なんでも彼女がわざわざ鍛冶の神に頼んで作ってもらった、オーダーメイドの品らしい。それはどや顔することではないのでは、というツッコミは抑えた。


「……にしても、随分と大切な友達が出来たんだねぇ。少しいなくなるだけで心がズタボロになるぐらいには。」


「……。」


 神様はニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくる。ちょっと自分の顔が赤いのが嫌でも分かった。なんかこいつに弄られるのすごく腹立つ。


「うんうん、友達が出来たのはいいことだ。プラス1ポイント。」


 だからそのポイントってなんだよ。


「……んで、何歳ぐらいになったらあの森から出た方がいいんだ? 個人的には二十過ぎるまではいるつもりだったんだが。」


「んー……。個人的には十六になっても街に出ないようだったら夢枕に立って催促するつもりだったんだけど。せめて近場のゲールツとかに行くようにって。」


 彼女は少し間を置いて、言葉を続ける。


「もう、その必要もなくなっちゃったんだよね。」


「どういうことだ?」


 俺の問いかけに、神様はニヤつきながら答える。


「目覚めれば分かるんじゃないかな?」


 彼女がそう言った瞬間、自分の体が光に包まれていくのが分かる。


「さて、時間かな。今年はもう無理だけど、来年末にはまた会おうね。どれぐらい成長してるか楽しみにしておくよ?」


 何か言おうと思ったが、その前に自分の視界が真っ白に染まり、また意識が遠のいていった。






「……知らない天井だ。」


 思わずそう呟いた。視界に飛び込んできたのは、小さなシャンデリアが釣り下げられた、木製の天井。どうやら寝ている間にここに連れてこられたらしい。柔らかなベッドの上に、滑らかなシーツを掛けられた状態。にしても、めちゃくちゃ頭がすっきりしている。久しぶりにちゃんと寝たという感覚がした。


 ふと、誰かが俺の手を握っていることに気が付く。視線を向けてみると、金髪の少女……アーマリアが俺の手を握りながらベッドに突っ伏していた。


「んぅ……シークス様……?」


 俺が少し身じろぎしたので目が覚めたらしい。寝ぼけた顔をこちらに向け、俺の名前を呼ぶ。


「もぉ、やっと目を覚ましたんれすねぇ……。」


 ちょっと舌足らずな口調でこちらに語りかけながら、微笑みを浮かべる彼女。かわいいな……。


「本当お寝坊さんなんれすから……お父様もお母様ももう寝てしまいまひたよぉ……?」


「……あ? じゃあここってもしかして……。」


 ニコニコしながら、アーマリアは俺の言葉に答える。


「ゲールツれすよ、シークス様。」


 ああ、なるほど。ようやっとここで俺は、あの神様が言っていたことを理解した。

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