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「えぇ〜来ないのであるか?!」


「おう。ちょっとはしゃぎすぎたみたいでな……。筋肉痛が……。」


 朝食の席にて、残念そうな声を出すヘルスティアに、わざとらしく脚をさすりながら答える。つい先ほど俺は、「今日もみんなで海に行こう」という提案に対してノーと言ったのだ。


「むぅ……それなら仕方ないのであるが……。」


「シークス様がこないのはちょっと残念ですね……。」


 アーマリアもヘルスティアも、少し寂しそうな顔をする。そんな二人に対してそこそこの罪悪感を感じた。


「……ふーん?」


 明らかに疑うような目でヴェアティが見つめてきた。……まあ、実は、その筋肉痛というのは嘘なのだ。「怪奇現象を調べたい」というのが恥ずかしかったし、それでアーマリアを怖がらせたくなかった。あと夜中にヘルスティアが興味本位でカーテンを開ける可能性もあるし……。そういう不安な要素は消しておきたかった。


「……実はさー、私も筋肉痛酷くて。三人で行ってもらえない?」


「「えぇ〜!」」


 突然のヴェアティの発言に、二人は残念そうな声をあげる。正直俺も少し予想外だった。先ほどそうされたように、俺も彼女のことを見つめる。一瞬目があったかと思うと、すぐに目線を逸らされた。


「ふふ、まあ身体の動かしすぎもまた問題ですからね。お二人には休んでもらいましょうか。」


 そんなフラメ先生の鶴の一声で、二人は渋々といった様子ながらも「はーい」と返事をした。やっぱりこういうところは先生らしい。普段の様子が残念なだけによりそう思う。


「シークスさん?」


「なんでもないです。」


 ギロリとフラメ先生に睨まれた。なんでいつも心読まれてんだよ俺……。ここまで来ると読心魔法とかそういうものがあるんじゃないかと思ってしまう。……いや、マジであるんじゃないか? 今この場で聞いたら間違いなく怪しまれるし……帰ってきたら聞いてみるか。


「ごめんね二人とも。でも筋肉痛がひどくなったりしたらもっと遊べなくなっちゃうかさ。ね、ハナ?」


「……おう。」


 ……やっぱり、筋肉痛は嘘くさいな。一体何考えてるんだこいつ……。表情にはあれこれ出るのに、腹の奥底で何を考えているのかはいつも分からない。そういうところが子供らしくなく、同時に流石は商会の後継だとも思えるのだが。


「それでは、食休みと準備を兼ねて、三十分後に行くとしましょうか。」


 全員が食事を食べ終えたところで、フラメ先生が宣言する。こういう大人がいてくれるおかげで、予定が纏まりやすくなっているのはとてもありがたかった。






「いってらっしゃ〜い。」


 そんなヴェアティの見送る声と共に、三人は宿から出ていった。直前まで特にヘルスティアが不満を漏らしていたのが少し印象的だった。


「……さて、と。」


 彼女たちが見えなくなったところで、ぐいっとヴェアティが顔を近づけてきた。その緑色の瞳に自分の姿が反射して見える。


「それで、どこから調べるの?」


「……なんのことだか。」


 ……どうやら見抜かれていたらしい。まああのことを彼女には全部話したわけだし、そこから推測できるとは思うが……。普通、こんなに確信をもって言えるのだろうか。


「そういう誤魔化しは私に効かないって分かってるでしょ、ハナ。」


 普段よりも若干低い、素の彼女の声。少なくとも俺を茶化すつもりはないらしかった。……正直、万が一のことも考えて誰も巻き込みたくなかったのだが。こいつにそういう言い訳が通じないのは、今までの付き合いで分かっている。


「……まあ、まずは事の起こった部屋からだ。何か手がかりがあったら他の場所も考える。」


「あっはは、見切り発車もいいところだね。」


「うるせ。」


 実際、特に計画だとかそういうのは全く立てていない。数十分数時間でそんなことはできないし……。まあとりあえず、こいつ頭がいいから俺が気が付かないようなところにも目がいくだろうし。そう考えれば、こいつがいるのはなかなかに悪くない。……いや、やっぱでもなぁ……。


「別に、手伝わなくてもいいんだぞ? 部屋で休んでてもらって構わないが。」


「えぇ〜だってあんな話されたら気になるじゃ〜ん。あんまりそういうの信じてないけど、ハナがあそこまで汗かいてるの初めて見たし。そうなったらもう知的好奇心は抑えられないよ。」


 ……まあ、こいつらしいっちゃこいつらしいか。無理に止める理由もないし、こいつならまあ何があっても多分大丈夫だろう。拉致されても全然ピンピンしてたし。


「まあ、あとそれに。」


「……?」


 二階へと続く階段を見つめながら、ヴェアティは続ける。


「汗でぐっしょりになるレベルでハナのことをビビらせた犯人、とっちめてやりたいしね。」


 「私の真似してたんなら尚更」と彼女は付け加えた。


「んじゃ、早く行こっか。こう言うのは多分早い方がいいでしょ。」


 そういってヴェアティは、二階へと向けて歩き出していく。……俺のことを思ってのことだと思うと、内心嬉しくなった。まあ揶揄われるに違いないから絶対に言わないけど。とりあえず多分、今俺の口角はほんのり上がっているだろう。


「ハナー?」


「あいよ、今行く。」


 彼女の後を追う足取りは、ほんの少し軽かった。






 朝飛び起きてから、何となく嫌で戻らなかった部屋。二、三時間ぶりに戻ってきたが、特にこれと言って変わった様子はなかった。強いて言うならまだほんのり自分のマットレスが湿気っていたことだろうか。


「ふーん、あんまり部屋の構造は変わんないんだね。まあそりゃそうか……。」


 どこか面白くなさそうに彼女は呟いた。


「それで、どうするの? 早速カーテン開ける?」


「……いや、最後に回したいな、それは。万が一があったら嫌だし。」


 「そういうと思った」と、軽くヴェアティは笑う。正直言うのならば、カーテンを開けるのが怖いというのが一番の理由だ。しかし、四十代後半にもなってそう言うことを堂々というのは何となく憚られた。


 広いとは言えない部屋の隅から隅まで、ひたすらにあちこちを漁っていく。部屋の四隅にテーブルや椅子の裏、そしてベッドの下。


「……何もないな。」


「予想ついてたくせに〜。」


 うりうり、と軽く肘で小突かれる。……まあ、正直彼女の言う通りだ。この部屋を隅々まで調べたところで、何か見つかることはないだろうとは思っていた。少なくとも掃除はされているようだし、そういうものがあったら真っ先に処分されるに決まっている。あり得るとすれば隠し扉だとかそういうものだが……。憶測に過ぎないことで、宿屋のベッドをひっくり返したり天井を叩いたりするのは、流石に気が引けた。


「んじゃ、カーテン開けよっか。」


「……もう少し調べてからでも……。」


「諦めなよハナ〜。それとも怖いの?」


 ヴェアティの口から放たれた煽りの言葉に、思わずカチンと来る。


「……わかった、開ける。開ければいいんだろ。」


「あっはは、ちょっと怒ってるじゃん。ごめんって。」


 そんな彼女の言葉を右から左へ聞き流しながら、カーテンに手を伸ばす。時刻は二十二時からは程遠い。十分日も高い。……宿屋の主人の言葉を信じるなら、おそらく開けても大丈夫なはずだ。


「……おりゃっ。」


 目を瞑りながら、一気にカーテンを開ける。次の瞬間、眩しい日光が瞼を貫通した。ゆっくりと目を開けてみれば、遥か彼方に広がる水平線が見えた。


「……なんだ、ただのいい景色じゃねぇか。」


 少々白く汚れた窓越しに見えたその光景に、若干拍子抜けする。


「……。」


「何もなかったぞ。こりゃ手詰まりだな。」


 どう言うわけかフリーズしているヴェアティに声をかける。しかし彼女は反応せずに、じーっと外の風景を眺めていた。


「……本当に、何もないの?」


 ヴェアティが問いかけてくる。気になってまた外を見てみても、特に何も変わったことはない。窓の汚れが少し目立つぐらいだ。


「まあ、ちょっと窓が汚いくらいか?」


「……ハナ、その汚れよく見てみなよ。」


 頭に疑問符を浮かべながら、彼女の言う通りに、その汚れに顔を近づけてみる。内側ではなく外側をびっしりと覆っているようだ。よく見てみると、かなり小さいながらも色の濃いところと薄いところにはっきりと分かれて複雑な線を幾十にも描いている。


「……あ?」


 ふと、色の薄いエリアが妙に大きい箇所を見出した。そこで再び、ヴェアティが口を開く。


「これさ、」


 彼女は自身の左手首を捻りながら、その汚れに重ねた。そこでようやく、俺はその正体に気がついた。……ヴェアティが見ていたのは、外じゃなかったんだ。


「……多分、全部手垢だよ。」


 彼女が手をどけると、指が下側を向いた手垢がうっすらと窓につく。


 色の薄いエリアと、彼女の掌線の跡の大部分が偶然とは思えないほどに一致していた。

作品が気に入って頂けましたら、評価やブックマークをして頂けると幸いです。


週間注目度ランキング第8位に一時ランクインしていたようです。皆様ありがとうございます。

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