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「あ、美味い。」
「そうでしょう、今日のは結構自信作なんです!」
俺とアーマリアは香草炒めを食べながらそんな会話を交わしていた。うん、美味い。獣臭さと香草の香りがちょうどよいバランスで美味しい。
「「でも塩欲しい……。」」
あ、ハモったとなんて互いに笑い合ったりする。やっぱり塩欲しいよ塩。
「……えっと、その。」
金髪の男が正座しながら、困惑した様子で話しかけてくる。ああそうだ忘れてた、なんか騎士がいるんだった。
「ああ、忘れていました。お久しぶりです、ラインハルト。」
声色には嬉しさが滲み出ているが、あんまり感動の再会と言った感じではない様子。というか食いながらしゃべるな、それでも貴族かお前。
「え、ええ。お久しぶりです、アーマリアお嬢様。ところでそちらの方は……?」
ラインハルトと呼ばれた男は、俺の方を見ながらそう問いかけた。
「ハナ・シークス様です。私の命の恩人ですのよ?」
ラインハルトとその取り巻きの騎士たちは、その言葉を聞いた瞬間全員綺麗に土下座をかましてきた。
「先ほどまでのご無礼、どうかお許しください……。」
「まあ、見ず知らずの相手に警戒するのは当然だしな……。いいから顔を上げてくれ。」
「はい……。」
ぞろっと全員が顔を上げる。まああの警戒は割としょうがないことではあるのだ。見た目十代前半の少女が山奥に住んでるとは誰も思わないし。
「……さて、ラインハルト。一つお聞きしたいことがあります。」
アーマリアは姿勢を正し、少し息を吐く。不安そうな顔で口を開いた。
「……お父様とお母様は御無事なのでしょうか?」
彼女は、自分が最も聞きたいであろうことをラインハルトに問うた。
「ええ、もちろん。お二人とも軽傷こそ負いましたが、既に完治しております。ゲールツの街にてお嬢様のご帰還を待っておりますよ。」
アーマリアは目を潤ませ、安堵の表情を浮かべる。よかったなと頭を撫でてやると、一瞬心地よさそうな顔をした後、周囲を見て瞬く間に赤くなった。
「ちょ、ちょっと、皆さんが見てる前ではやめてくださいませんか!?」
「じゃあ見てないところならいいのか?」
「あ、あぅ……って、そういうことじゃありません!」
ぽかぽかと叩いてくる彼女。意外と痛い。あと、騎士たちが妙に温かい目線を向けてくる。なんか無性に腹立つな。
「はっはっは……。アーマリアお嬢様にお友達ができたようで、我々としても安心でございます。」
そんなラインハルトの言葉に、アーマリアは叩く手を止めて、赤い顔のまま少し頷く。
「さて、シークス様……でしたか? お伺いしたいことがあります。」
「一個当ててやろうか、なんで俺がこんなところに住んでるかだろ。」
ラインハルトは無言で頷く。予想はついていたが困った、どう答えようか……。別に誤魔化してもいいが、彼らの場合は追及してきそうで怖い。そう思っていると、アーマリアが騎士らを部屋の隅に寄せて、何やら耳打ちしていた。少しして彼らはこちらになんか悲しそうな目線を向けてくる。
「……失礼なことをお聞きしました。」
おい、なんか勘違いしてるだろこいつら。アーマリアの奴何吹き込んだ? ……まあいい、追及されるよりかはよっぽどマシだ。特に気にしてないと伝えると、彼らは頭を下げた後に元の配置に戻った。
「……さて、アーマリアお嬢様。ヴィンド様とアッフェル様がゲールツにてお嬢様のお帰りを待っています。なるべく早く、お元気な顔を見せた方がよろしいのでは?」
ラインハルトはちょっと遠回しな言い方ながらも、早く帰らないかと彼女に問いかける。アーマリアは少し悩む素振りを見せた。
「うーん……。ですが、まだシークス様にちゃんとした恩返しが出来ていないのです。」
「恩返しだなんて別に……。」
こっちの好きでやったことだからと遠慮しようとしたが、彼女は首を横に振った。
「ちゃんと感謝をしたいんです。見ず知らずの私を助けて下さり、あまつさえ暫く一緒に住まわせてくれたのですから。」
と、いつになく真剣な目線を向けられる。こうなっては断るほうが無礼というものだろう。俺は頭を掻いてため息を吐いた。
「……そうだ、ラインハルト。別に帰宅は明日でも構いませんよね?」
「……まあ、別に問題はありません。」
ちらり、と部下たちの様子を伺いながらラインハルトは言った。部下たちはアーマリアが無事に見つかったことで満足しているのだろう、特に不満そうな雰囲気は漂っていない。
「でしたら、香草及び果物の採取、小動物の狩猟を本日限りの特別任務として下します。一部は持ち帰ってもらっても構いません。」
あ、マジ? それは助かる。採取の為にしゃがんでは立って、しゃがんでは立って、ってやるから中々に腰が痛かったんだよな。狩りも、結構獲物がすばしっこかったり反撃してきたりするから結構だるいし。
「……了解しました。お前ら、今の聞いたな? お嬢様の命令だ、手ぇ抜くんじゃねぇぞ!」
『はっ!』
ぞろぞろと騎士たちが外へと出ていく。ラインハルトもアーマリアに敬礼をした後、任務をこなしに小屋を出て行った。
「……一緒に過ごすのも、今日が最後ですね。」
「……だな。」
寂しくないと言ったら嘘になる。数週間は共に過ごしてきたわけだし、半ば彼女がいる生活が当たり前になりかけていた頃だ。だが、彼女には彼女の生活があるわけだし、それに元から予想していたことだ。仕方がないことではある。
「せっかくだし、今夜はあの騎士どもにも景色を見せてやろうぜ。仕事の締めには一番いいだろ。」
「……そうですね。」
そういう彼女の横顔は、本当に寂しそうだった。
「シークス様、これはどうでしょう?」
「ああ、似てる奴は食えるんだけどな。残念ながらそいつは毒だ。」
俺はアーマリアを連れて香草採取に出ていた。少しでも気が紛れればなと思って誘ったのだが、どうやら彼女はかなり楽しんでいるらしい。食べられるものだと言われれば顔を輝かせ、毒だと言われれば悔しそうな顔をする。ちょっとかわいい。
「うむむむ……中々見分け辛いですね……。」
「俺もたまに間違えて食うからなぁ……。」
俺には病毒無効があるから、別に食っても問題はない。それでも見分けがついてるのは、単純に食ったときに分かるからだ。舌先がピリついたり、変な味がしたり。普通の香草とはまた違う刺激がある。
軽く談笑をしていると、横の茂みから誰かが出てきた。
「おっ、お嬢にシークス嬢じゃないですかぁ。」
ちょっと軽薄そうな茶髪の男。オレンジ色の目をしている。
「ドミニクですか。貴方も来てたんですね。」
「心配でしたからねぇ、お嬢のこと。にしてもまさかこんな森にいるとは思いませんでしたよ。大昔に木こりが住んでた記録があるぐらいで、それ以降ほぼ誰も足を踏み入れていなかったらしいですし。」
道理であんなに香草や果物が生い茂っているわけだ。人がいないからそれだけ彼らは大繁殖するし。おかげで食にはそんなに困っていない。
「ああ、そういえばお嬢。アホどもがあっちではしゃいでやがるんで、説教してやってくれませんか。俺やラインハルトじゃ言っても聞かなくて……。」
「あらあら……。ほんっとうに彼らは子供っぽいんですから。」
少し失礼します、とアーマリアはドミニクの指差した方へと走っていく。ここにいるのは俺とドミニクだけになった。
「……はしゃいでるって、何でそんなにはしゃいでんだよ。」
「ああ、この森は結構高値で売れる香草があちらこちらに生えてましてね。売ればいい小遣い稼ぎになるって。」
なるほど。値段だとか気にすることは無かったが……、場合によっては俺結構贅沢な暮らしをしてることになるのか。というか騎士だろ、結構金貰ってるんじゃねぇのか。
「まあ、あいつらも不安とストレスでいっぱいいっぱいでしたから。お嬢もそこらへんはある程度見逃してくれるでしょうよ。」
自然に目線を茂みの奥へと逸らす彼。つられてそちらに顔を向ける直前、彼の腕が腰の方へ伸びたのを、俺は見逃さなかった。
「……。」
「……は?」
直後に飛び出してきた、銀色に輝く剣身。咄嗟に取り出したナイフでそれを受け止め、そのまま力いっぱい振り抜いた。スパッとバターのように斬れた鉄の塊は、地面へと滑り落ちていく。ドミニクは変な声を漏らしていた。まあいい、攻撃してきたんならこっちもちゃんと反撃しないと……。
「ストップストップ! オレが悪かった!」
飛び掛かる直前、ドミニクが剣を放り投げ、そのまま両手を前に振った。敵意は本当にないらしい。ナイフを納め、若干距離を取る。
「いやー、すみませんねぇ。ちょっと疑ってたんですよ。シークス嬢みたいな、言ってしまえばまだ幼い子供がこんな森で一人で生きていけるのかって。さっきのも、もちろん直前で止めるつもりでしたよ……。」
「……だったらちゃんと試合の申し込みをしろ。」
「急襲の方が相手の実力が出ると思ってましてね……。いや、まさか剣があんなサクッと切れるとは。そのナイフ、切れ味イカれすぎじゃないですか?」
俺も本当にそう思う。
「……まあ、これでシークス嬢の実力も分かりましたし。改めて、お嬢を助けてくれてありがとうございます。」
彼は深々と頭を下げる。まあ、とりあえず悪い人間ではないのだろう。自分で確かめなければ気が済まないだけで。
「シークス嬢がいなければ、今頃お嬢はどうなっていたことか……。それに、お嬢のお友達にもなっていただけてこちらとしては本当に嬉しいんですよ。」
「友達に?」
「ええ。お嬢はお屋敷から出たがりませんでしたし、一人っ子でしたから。友達と呼べる相手がずっといなかったんですよ。ヴィンド卿とアッフェル夫人もそのことについては心配してましたから。」
初めて知ったな、そんなこと。つまり俺は彼女の記念すべき友達第一号ということか。光栄なことだ。
「ま、せっかくできた友達とすぐに離れ離れになるのはちと可哀そうですが。」
「……だな。」
……なんか、ちょっと胸が痛んだ。
「食える、食える、毒、食える、毒、毒、毒、食える、毒……」
騎士どもが集めた果物や香草を選別していく。採取のプロでもないのだから致し方ないが、三割ぐらいは毒だ。料理には使えないのでそういうのは全部暖炉にぶん投げていく。揮発性の毒とかが無いのは幸いだろう。食えるやつは半分ぐらい貰って、残りは騎士たちに適当に回収してもらう。
「……ん、気が付けばもうこんな時間か。」
気が付けば月の光が小屋を照らしていた。うん、綺麗に晴れてるな。
「そのようですね。では、我々は野営地に……。」
「お待ちを。」
部下たちに指示を出そうとしたラインハルトを、アーマリアは呼び止める。
「実は皆様にお見せしたいものがありまして。ついてきてもらってもよろしいですか?」
ラインハルトたちは首を傾げながらも頷く。俺とアーマリアは彼らを先導し、例の場所へと向かっていく。
「お二方、いったいこっちの方になにがあると……」
ラインハルトが何かを言おうとしたそのとき、ちょうど川へと辿り着いた。そして全員の視線を誘導するように、俺とアーマリアは空を見上げる。
「……!」
「おお、これは……。」
息を呑むラインハルトと、感嘆の声を漏らすドミニク。うん、今日も綺麗だなここは。見慣れてはしまったが、やっぱり美しいものは美しい。今日は二つとも満月で、銀河と天の川は主役の座を譲っていた。
「……なるほど、見せたいわけですね。」
夜空を見上げながら、微笑みを浮かべるラインハルト。その横でドミニクが何度も頷いている。
そんな様子を横目に、俺とアーマリアは横に並んで夜空を眺めていた。
「……二人でこの夜景を見るのも、今日で最後ですね。」
「……ああ。」
少し、胸が締め付けられるような感覚。気が付けば、よほど彼女の存在が自分の中では大きくなっていたらしい。しかし、自身の本来の年齢を考えると我ながら引いてしまう。要するに、おっさんが少女に対してもっと一緒にいたいと思っているわけなのだから。
「ねえ、シークス様。」
「……なんだ。」
そっちの方に視線を向けると、彼女は少し目を潤ませながらも、微笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
「またいつか、一緒に見ましょう。二人でこうして座って、たまに寝ちゃったりなんかして。」
ふふ、と笑う彼女。ああ、そうだ。死なない限り、いつかまた彼女とは会えるかもしれないのだ。それが何年先になるかは分からないが。
「……ああ。」
彼女の言葉に、俺は深く頷く。互いにちょっとだけ体を寄せ合い、気が付けば眠ってしまっていた。
そして、朝。アーマリアとの最後の朝食を摂った後、小屋の前で彼女らと対面する。アーマリアの後ろに、ずらりと騎士たちが並んでいた。
「……では、シークス様。お世話になりました。」
「……さよならは言わねぇからな。」
「ふふ、もちろん。それでは、また。」
短く言葉を交わす。ぺこり、と頭を下げると、そのままアーマリアは騎士たちを連れ、森の方へと歩いていく。
「おいドミニク、どうしたんだその剣?」
「ああいや、ははは……。」
最後に聞こえたのはそんな会話。彼らが見えなくなるまで俺はずっと手を振り続けた。
さて、今日から寂しくなるぞ。
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