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……朝か。小鳥のさえずりが外から聞こえてくる。毛皮の毛布が体を暖め、寝起きで働かない頭をまたシャットアウトしようとしてくる。まあ特にすることもないし、二度寝でも……。
「おはようございます、シークス様。本日も良い天気ですよ。」
……毛布引っ剥がされた。寒い。
アーマリアが来て数日が経った。最初は同居人が一時的に増えるだけだと思っていたのだが、思ったよりも彼女はしっかり者だった。早寝早起き朝ごはんとはよく言うが、実践していたのは小学校の低学年ぐらいまでだろう。少なくとも俺はそうだった。だが彼女はそれが体に刻み込まれているようだ。健康的だなぁ……。
「朝食がそろそろ出来上がるので、一緒に食べましょう。」
「……ん。」
俺が朝起きれないので、いつも彼女が代わりに朝食を作ってくれる。年齢に反して彼女の料理スキルは普通に高く、塩がなくとも普通に美味しいものを作ってくれる。でも塩欲しい。俺これ何回言うことになるんだろ……。ちなみに彼女の年齢は12らしい。この世界の俺と同い年だ。
本日の朝食は香草サラダにハムエッグ、あと柑橘類の果物。ハムは当然猪肉だし、卵は鳥の巣から拝借したものだ。美味そう、腹減った。
「……その、シークス様。」
「?」
香草サラダをもしゃもしゃと食べていると、アーマリアが話しかけてきた。にしてもこのサラダ、当然ながら香りが凄い。
「これから暫くは共に暮らしていくわけですし、堅苦しい敬語は無しにしてくださいませんか? 私のこれは癖なので仕方がないとしても。」
ちょっと意外な提案だった。
「別にアーマリア様が構わないのであれば……。」
「構わないからこそ提案したのですよ?」
それもそうか……。まあ、ちょっと敬語は話し辛くもあるから結構ありがたい提案だ。
「……分かった。じゃあ改めてこれからよろしくな、アーマリア。」
「ええ、改めて。それにしても……失礼かもしれませんが、結構、男っぽいのですね?」
ちょっとドキッとした。まあこれは生まれついてのものだからもうしょうがない。とりあえず笑って誤魔化した。
時は流れて、夜。2人で銀河を眺めた後、小屋に戻る途中、アーマリアが話しかけてきた。
「その、シークス様。」
「なんでしょ……なんだ?」
まだちょっとタメ口には慣れない。敬語を使っていた期間のほうが長かったのだ、仕方がないことではある。
「シークス様は、この森から出ようとは思わないのですか?」
「……今は思わないな。出るとしても何年後になるか……。」
……この森から出る、か。考えたこともなかったな。きっといつかは出ることになるだろう。だが、少なくとも今じゃない。最低でもあと8年、異世界でも間違いなく大人と認識される20歳になるまではこの森に住むことになるだろう。
「……そうですか。」
彼女は、そのまま黙り込んでしまった。ちょっと気不味い空気が流れる。この空気はあまり好きではない。幸いなことにすぐに小屋には着いた。
「……寝よう。」
「……はい。」
ガサガサするベッドに潜り込み、毛皮の毛布を被る。いつもなら2人とも毛布に包まってこのまま就寝なのだが……。
「……シークス様は、逞しいですね。」
「……どういうことだ?」
いきなり、そんなことを言われた。
「……この森に遭難したとき、すごく怖かったんです。使用人に身の回りの世話をしてもらっていて、木登りも狩りもできない私が、捜索隊の方々が見つけてくれるまで生き延びられるのかって。だから、シークス様に助けていただけたときは本当に安心したんです。でも、一緒に過ごしているうちに少し、劣等感に苛まれてしまって。」
「……。」
「私と同い年なのに、森に住んで、狩りや採集をして、料理して……。全て1人でやっています。しかも、あと数年この森で生活できるという自信もある。料理はともかく、他は私には無理です。狩りなんて1回もしたことがありません。何が食べられて何が食べられないのか、私にはわかりません。もし帰れるなら今すぐにでもこの森を出たいです。……だから本当に、シークス様は逞しいです。私なんかよりも、ずっと。」
きっと彼女の言葉は、本心からくるものだ。魔物に襲われて、両親と散り散りになって、森に遭難して。彼女は相当胸の内に不安を抱えているはず。それでも、よくその不安を表に出さないであれだけ元気に振舞えている。
気が付いたら、彼女へと手が伸びていた。
「……シークス様?」
彼女の頭を撫でながら、俺も口を開く。
「……俺、結構だらしないんだ。夜更かしして昼まで寝るのはざらだし、面倒臭がって食事を抜くこともあるし、ほかにも色々。だから、結構アーマリアのことが羨ましいんだ。早寝早起きして、食事を抜かないで……。すごくしっかりしてるなと思う。」
「……でも、それは貴族として教えられたことで……。」
「だったら尚更だな。教えられたことをちゃんと実践できて、継続できて。そんなことができる人間、滅多にいないと思うぞ。」
少しアーマリアが顔を赤くする。正直俺もちょっと顔が熱い。慣れないことはするもんじゃないな……。
「……まあ、その。なんだ。お前にはお前の良さがちゃんとあるんだ。そんな気に病むことじゃないさ。」
「……そうですか。」
気が付けば俺は抱き着かれていた。久しぶりに人の温もりを感じる。
「……アーマリア?」
「……ありがとうございます、シークス様。少し心が軽くなりました。」
微笑みを浮かべ、頬を少し赤くしながら彼女は言う。彼女の顔色が、心なしか少し明るくなった気がした。
少しして、彼女のほうから寝息が聞こえ始めた。どうやらこの体勢のまま眠りに落ちてしまったらしい。
「……。」
結局、俺はこの状態のままで寝ることが確定してしまった。……ちょっと恥ずかしい。だが、人の体温というのは本能的に安心するのだろう、いつもよりも早く瞼が重くなった。
「おはようございますシークス様。本日も良い天気ですよ。」
「……んぁ……。」
いつもと同じように、彼女のモーニングコールで目が覚める。眠い目を擦り、彼女の方を見た。あれから数日、彼女の顔色は遥かに良くなった。何か吹っ切れたように明るくなっている。喜ばしいことだ。
「朝食まで少し時間がかかりますから、眠気覚ましとして川で顔を洗ってきてはどうでしょうか?」
「……分かった。」
彼女の言葉に従い、重い体を引きずるようにしながら川へと足を進める。少しすれば穏やかにせせらぐいつもの川が見えてきた。ばしゃばしゃと顔を濡らし、軽くうがいをする。
「……。」
……俺ってオッドアイなんだな。今初めて知った。左の虹彩は金色、それに対して右は黒。こうしてちゃんと自分の顔を見るのは初めてかもしれない。まあ自分の顔を自分で評価したりはしないが。
さて、と。
「気づいていますよ。何か御用でも?」
川の対岸。その林から複数の視線を感じる。野生動物かとも思ったが、それにしては妙なほど動きが無かった。
「……。」
林の中から、次々と鎧姿の人間たちが現れる。しっかりとした鎧に、整った姿勢。統率の取れているらしい動き。盗賊の類ではなさそうだ。騎士の類だろうか。どうやら隊長格であるらしい人物が一歩前に出てくる。
「貴様、何者だ。この森で何をしている。」
「それはこっちの台詞ですよ。まずあなたたちから名乗るのが礼儀でしょう。」
一瞬、緊張した空気が流れる。後ろにいる騎士たちはいつでも剣を抜けるよう腕を軽く浮かせている。俺も、いつでもナイフを取れるように腰の位置に片腕を近づけた。しかし、すぐにその空気はかき乱された。
「シークス様ー!」
後ろからアーマリアが声を上げながら近づいてきたからだ。
「シークス様、朝食ができましたので一緒に食べま……しょう……?」
その言葉は、彼女が鎧たちの姿を見た瞬間、少しずつ困惑の色に染まっていく。騎士たちはアーマリアのほうに視線を向け、驚いた様子を見せた。
……そこまできてようやく頭の整理が付いた。なるほど、彼らはアーマリアの捜索隊だ。
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