41 ヘルスティア視点
……眩しい朝日で目が覚めた。つい先日我らは二度寝してしまった結果遅刻したので、同じ轍は踏まいとまだ眠い体を無理やり起こす。
「……ハナ殿! 朝であるぞ!」
上段に眠る彼女へと向けて、そう声をかけた。少しして小さな呻き声と共に、シーツのめくれる音が聞こえてくる。
「……おはよう、ヘルスティア。」
「うむ、おはよう。早く着替えて朝食をとりに行くぞ……くぁ……。」
我慢できずに欠伸が漏れた。やはりまだ眠いものは眠いのだ、致し方あるまいて。ハナ殿の苦笑する声が聞こえたのち、梯子から音が響く。数秒ほどして、彼女が降りてきた。
「ふぁ〜……着替えはどこだっけか。」
少し跳ねた黒い髪を手櫛で整えながら、彼女は荷物を漁る。そこから我の制服を取り出すと、こっちに投げ渡してくれた。
「すまぬな。」
「いや、起こしてもらったしな……。……眠い。」
このまま眠ってしまいそうな彼女の背中を軽く叩き、喝を入れる。少しビクッと体を跳ねさせた後、ゆっくりとした動作で彼女は自身の制服を探し始めた。
入学式、授業初日とスカートを履いていた彼女ではあるが、どうやら今日からはズボンを履くらしい。もうスカートを履くことはないのかと聞いたら即答で「ない」と答えられ、若干ショックだった。
「……ハナ殿にはスカートが似合うと思うのだがな。」
「嫌なもんは嫌だ。」
子供っぽい口調で彼女は言った。普段は何処か大人びている分、少しそのギャップで笑みが溢れる。たまに疑うこともあるが……やっぱり同い年だ。
数分ほどして着替えを終え、寮の食堂で朝食を摂り……そして寮を出る。談笑しながら歩いていると、後ろから聞き馴染みのある声がしてきた。
「おっ二人ともー!」
次の瞬間、思いっきり抱きしめられた。声の正体であるアーマリア殿とも、ハナ殿とも密着して少し心臓が跳ねる。
「ア、アーマリア殿っ?! そういうのはヴェアティ殿の役ではっ……。」
役とはなんだ役とは、と内心で自分にツッコむ。しかしこうやって抱きついてくるのは、本当にヴェアティ殿のイメージが強いのだ。どっちにしろ心臓に悪いのでやめてほしい……いややめて欲しくないけど……。
「だって、お二人と登校できそうなの、今日が初めてですし!」
嬉しそうな様子でアーマリア殿は言った。ハナ殿も何処か嬉しそうだ。
「ア、アーマリア様ー!」
アーマリア殿のさらに後ろから、聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。ハナ殿の顔が今度は露骨に歪む。
「アーマリア様、いきなり走らないでくださいまし……。」
リーラ・フォン・ウェーバー。アーマリア殿の相部屋相手であって……ハナ殿に突っかかってきた兄妹の片割れ。
「だって、友達と朝から会えたんですから。嬉しいじゃないですか!」
「っ、そうかもしれませんが……。」
そうやって会話している二人の様子を、ハナ殿は少しだけ見つめる。
「……んじゃ、俺先行ってるわ。また後でな。」
そう言って彼女は急に歩き始めた。アーマリア殿を置いて。
「シ、シークス様?!」
困惑した表情を浮かべるアーマリア殿。リーラ殿……こやつにはまだ殿付けはしたくないな。リーラは何処か、複雑そうな顔でハナ殿を見つめていた。
「え、あ、ちょ、ハナ殿!」
慌てて我は彼女を追いかける。若干不機嫌そうな顔をしていた。
「流石にアーマリア殿が可哀想だぞ、ハナ殿。」
「……そうだけどよ。」
少々、何か含みのありそうな声色。少しな沈黙ののちに、彼女は呟くように言った。
「嫌なもんは嫌なんだよ。」
「……お主らしくないな。」
「俺らしいってなんだよ」と、軽く肩を小突かれた。ただ、寝起きのときとは違って、どうしても悪い意味で彼女らしくないと思ってしまったのだ。
なんだか少しもやもやする心境のまま、我々は学園へと向かった。
「もうっシークス様! 朝のは酷すぎますよ!」
恙なく午前の授業を終え、我々は食堂に集まっていた。その道中でアーマリア殿がハナ殿にそう話しかける。
「いや、それは本当にごめん……。」
頬を膨らませているアーマリア殿に対して、彼女は頭を下げた。横ではヴェアティ殿が不思議そうな顔をして、その光景を眺めている。とりあえず彼女には軽く事情を説明しておこう……。
「だってよ……あんまりあの二人とは一緒にいたくねぇしさ……。」
素直にハナ殿はそう言った。
「むぅ……でも相部屋ですし……。」
「だろ? まあこうして一緒に昼食とれてるんだからいいだろ。俺も一緒に登校したいけどさ……。」
そう言ってハナ殿はチキンを齧る。アーマリア殿は納得できないようなうめき声をあげた後、スープを口に運んだ。
「……見られておるな。」
ふと、何処からかの視線に気がついた。視線を感じる方向を特定し、そっちの方を視界に収める。
「……っ。」
そこにいたのはウェーバー兄妹。少し距離こそ離れているが、それでも露骨だ。兄の方はガッツリこちらに体を向けている。一方妹の方は、少し気まずそうな感じだった。
「……私、注意してきます。」
アーマリア殿はそう言って席を立った。若干複雑そうな顔をして、ハナ殿は彼女を見送る。
「なんでそんな顔してんの?」
「いや、後で難癖つけられるかもしれないと思うと……ちょっとな。」
ヴェアティ殿の疑問に対して、ハナ殿はそう答える。「ありがたいんだけどな。」と彼女は付け加えた。
「そういえば、この前私も難癖つけられたなぁ。ガン無視したけど。」
「ははは、なんかお前らしいな。」
うむ、まさにヴェアティ殿らしい。そんなこんなでアーマリア殿が戻ってきた。
「ふぅ……。リーラ様はすぐに説得できたのですが、アイス様が頑固で……少々手古摺りましたがなんとか。」
「お疲れ。ありがとな。」
そう言ってハナ殿は彼女の背中を優しく叩いた。それに対して、アーマリア殿は嬉しそうに笑った。
「では、早く食べましょうか。午後の授業の準備もしなくてはなりませんし。」
アーマリア殿の言葉に、全員が頷いた。
食事を摂り終え、教室に戻る途中。
「貴様、アーマリア様に何か吹き込んだな?」
ハナ殿の懸念通り、アイスが彼女に難癖をつけてきた。妹の姿が何処にも見当たらないあたり、彼女は先に教室にでも戻ったのだろう。
「あぁ? 吹き込んでねぇよ。睨んでくるお前らが悪い。」
「睨んでなどいない、アーマリア様に付き纏っている貴様らを監視しているのだ。」
「付き纏ってんのはそっちだろ。」
すぐにこの二人は口論を始めてしまった。このままではまたハナ殿の機嫌が悪くなってしまう……よし、であればこうだ。
「ハナ殿、早く戻るぞ。」
「あ、ちょっ。」
二人の間に割り込み、強引に彼女の肩に腕を回し、そしてアイスから引き剥がす。このまま言い争っていては準備する時間も無くなってしまうのだ、これがおそらく最善手だろう。
「おい、まだ話は終わっていないぞ!」
そんな声が聞こえたかと思うと、手首を掴まれた。振り払おうにも相当強い力で掴まれているらしく、まったくできない。鈍い痛みが骨に伝わり、思わず顔を歪めた。
「……てめぇ、何してんだ。」
数秒ほどして真横から聞こえてきたのは、あまりにも低い声だった。普段からハナ殿の声は低めではあるのだが……それ以上のお腹に響くような声だ。腕の中からいつの間にか抜け出したハナ殿が、アイスを見つめている。
「っ……?!」
アイスの顔が、驚きと怯えの両方が混ざったものに変わった。対照的に、ハナ殿の顔は真顔。一見なんの感情も孕んでいないように見えるが、その黒と金の瞳の奥からは怒りを感じる。気がつけば、アイスは我の手を離していた。
そして彼女が手のひらを振り上げたかと思うと……次の瞬間、パンッという乾いた音が響いた。
「……は……?」
振り抜かれた彼女の腕。地に尻をついて頬を抑え、唖然とした表情を浮かべるアイス。周囲から集まる視線。
「二度と触れんな。」
吐き捨てるようにハナ殿は言うと、騒然とする周囲を無視して、唖然としていた我の手を取る。
「ハナ殿……?」
「ほら、保健室行くぞ。」
そう言って、彼女は少し乱暴に我の手を引っ張る。そして、まだ付き合いの浅い我でも分かった。
ああ、彼女は本気で怒っているのだ。
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