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開式の辞と入学許可宣言が終わり、今俺たちは学園長の祝辞を聞いていた。……異世界でも、こういうときの話が長いのは共通らしい。いいことを言っているのはわかるが、どうしても眠くなってしまう。
うとうとしていると、急に脇腹に何かが突き立てられた。思わず体が跳ねたが、なんとか声は殺すことができたのが幸いだ。
「……ちゃんと聞くのだ。」
「す、すまん……。」
小声でヘルスティアに注意される。……こいつ、思ってたよりも真面目なんだな。
「……というわけで、このエルステ学園は設立されたわけであり……」
そのように話しているのは先ほど演説台に立っていた老人であり、開式の辞も担当していた。祝辞冒頭の自己紹介ではアルター・フォン・ウィーバーと名乗っていた。……ひとまずヘルスティアに起こされた手前、ちゃんと話は聞いておこう。
あれから数分経ってようやく長い話が終わった。ちゃんと聞いたのは途中からだったが、エルステ学園の歴史と生徒としての心得を事細かに語っていたようだ。
「理事長祝辞。」
アルター学園長が降壇したのち、司会の女性がそう告げる。明らかに周囲の空気がうんざりしたものになった。……いや、また長い話が続くのかよ。その言葉に合わせて、一人の中年の男性が登壇する。舞台の壁に飾られた校旗と国旗に向かって一礼し、そして壇上でもう一度礼をする。一呼吸置いて彼は口を開く。
「皆さん、こんにちは。エルステ学園の理事長であり、そしてこの国の宰相を務めています、アイン・フィエルドと申します……」
……いまさらっととんでもないことを言わなかったか?
「……なぁ、俺の聞き間違いじゃなければ今、宰相って言わなかったか?」
どうしても気になってしまい、小声で彼女にそう質問した。
「む、知らぬのか? フィエルド氏はこの国の宰相であるぞ、参考書にも書いてあるはずだが……。」
……ケーニッヒ◯世シリーズの暗記が地獄すぎて宰相の欄覚えきれてなかったんだよな、そういえば……。まあいいや、今覚えた。
「えー、知っている方もいるかもしれませんが、私は元々、この国の人間ではありませんでした。はるか極東にある国の出身なのです……」
……一瞬、極東にある国という言葉に引っかかった。しかし当然ながらこの王国以外にも国はあるだろうし、たまたまその一つが極東にあっただけなのだろう。
「……長々と話しましたが、結局私が何を言いたいのか。それは、人種や種族の違いがあったとしても、その誇りを忘れず、そして諦めないことが大切だということです。誇りは自身の心の支えとなります。諦めないことは夢を叶えるための橋となります。これから始まる九年という長い学生生活の中でも、決してそれを忘れないでください。……以上をもちまして祝辞とさせていただきます。」
そう言って彼は深々と礼をすると、ゆっくりと降壇していった。
そして、入学式は恙無く進行していく。来賓祝辞に来賓披露・祝電披露と続き、在校生代表からの歓迎の言葉。その後の新入生代表挨拶では、総合順位二位であるらしい男子が登壇していた。てっきりヴェアティが登壇するものだと思っていて少し驚いた。名前は確かレルネン・レーラーだったか……。
『……目指すのは一位だけです。勉強も運動も、何事も二位や三位に甘んじてはいけないんです。』
そんなことを言っていたのが妙に印象的だった。直接的ではなかったものの、露骨にヴェアティに向けられていたような言葉。……今後の動向には注意しておいた方が良さそうだ。
在校生等による校歌斉唱を終え、改めてアルター学園長が登壇する。
「閉式の辞。これにて王国暦三百四十二年度、エルステ学園入学式を閉式する。新入生諸君、入学おめでとう。」
その言葉と共に、入学式は締め括られた。一組から順に退堂していくのを、在校生たちは拍手で見送っていた。
教室に戻った後は生徒の自己紹介の時間が取られ、ヘルスティアが自分の番のときに緊張のあまり気絶しかけた以外は特に何事もなく平穏に終了した。
「寮の部屋割は昇降口付近に貼り出されています。ペアの方と共に事務窓口へ行き、生徒手帳を開示して鍵をもらうように。」
ウンター先生はそう最後に説明したのちに学校から寮への地図を配布し、そして解散を宣言した。
荷物を軽く整理していると、横からヘルスティアが話しかけてきた。
「なあハナ殿、共に部屋割を確認しにいかぬか?」
「おう、いいぞ。」
無論二つ返事で彼女の誘いを受ける。当然元から確認しにいくつもりだったし、一緒に確認すれば見つける苦労も減るだろう。
少し歩き、多くの生徒で群がる場所を見つける。その奥には巨大な紙が張り出されており、びっしりと黒文字が書かれていた。生徒たちの波をかき分け、その元へとなんとか辿り着く。
「えーと……。」
うーん、受験の時よりかはマシとはいえ、三百人は流石に多いな。探すの辛い……。数分ほどして、ようやく自分の名前を見つける。
「俺のペアは……。」
「……我だな。」
ヘルスティアが相部屋相手らしい。一瞬出席番号順なのかと思ったが、イニシャルの順番が遠い人物同士が相部屋になっていたりするため本当に偶然のようだ。
「ふふーん、ハナ殿のペアはあのお二方ではない……このヘルだ!」
横ではヘルスティアが自分を親指で指しながら、某奇妙な冒険の第一部のようなセリフを吐いている。別にシビれないし憧れない。というかこの世界には無いと思うんだがなあの作品……。
「んじゃ、一年間よろしくな。」
「うむ!」
ニコニコと彼女は笑みを浮かべながら、元気よく頷いた。俺としても友人と、特に一番最近できた友人である彼女と相部屋になるのは結構嬉しいことだ。まだ知り合って日が浅い故に彼女のことをよく知るいい機会になるだろうし、親睦も一年もあれば深められるに違いない。
二人で事務窓口へと向かい、生徒手帳を提示して鍵を受け取った。長方形の木の棒がストラップのように取り付けられており、「A棟510号室」と刻まれている。当然ながらこの世界の文字でだ。ちゃんと二人分ある。
「新生活かぁ……部屋狭くなけりゃいいけど。」
「学生二人が住む設計なのだ、狭いということはないだろう……多分。」
互いにそんな不安を抱えながら、地図を見ながら寮へと向かった。
学校から徒歩数分、少し閑静な住宅街の奥にA棟は佇んでいた。五階建ての建物であり、実に中世〜近世ぐらいの集合住宅という雰囲気がする。奥の方にはB棟・C棟が並んでおり、一年生全員がこの三棟のどこかで生活することになる。……にしても、そう考えるとこういう建物が王都のどこかにあと二十四棟もあるのか。とんでもないな。
「……なあ、510号室ということは最上階ということよな?」
「そうだな。」
「……なんか、嫌な予感がするのだが。」
「……そうだな。」
彼女が感じている嫌な予感はすぐにわかる。すなわち、外に出るまでの経路が寮の部屋の中で最も長いのではないかということ。寝坊でもすれば遅刻する可能性が跳ね上がるわけだ。後シンプルに上り下りが疲れる。
「……まあ、そんときはもう受け入れるしかないな。」
「……であるな。」
二人して少し憂鬱な気分になりながら、A棟へと向かった。
本人確認のために窓口に鍵と生徒手帳を提示し、A棟のエントランスを進む。ふと掲示板が目に止まった。
「……祝電とか全部貼られてるんだな。」
「明日には撤去されてしまうであろうし、読めるうちに読んでおいた方がよかろう。」
せっかくなのでヘルスティアの進言通り、少し読んでみる。まあ至って普通の内容だ……「入学おめでとう」とか「夢を目指して頑張れ」とか、ざっくりいえばそんな感じのやつ。
「……あ……?」
そんな中で、一つの祝電に目が止まった。なんてことはない普通の内容で、ちょっとおしゃれな紙に書かれている。その端っこ、本来であれば模様の一部として認識してしまうような場所。そこにあったのは、懐かしいような、見覚えのあるような文字。
『この文章が読めたならば、二日後の昼に喫茶店フェアシュテックに来ること。』
……日本語で、そんなことが書かれていた。慌ててその祝電の送り主の名前を確認する。
『エルステ学園理事長兼王国宰相 アイン・フィエルド』
……まさかな、と思っていた。「極東にある国」というだけでは判断するに足りず、なんなら一度は完全に投げ捨てた可能性。
間違いない。この国の宰相は、俺と同類だ。
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追記: 今更ながらキャラクターの姓を間違えていました。申し訳ありません。(2024/8/13 修正済、レルネン・ラーナー→レルネン・レーラー)




