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目の前には何台も並ぶ馬車。次々とそれに乗り込んでいく使用人たちに、馬に跨り警備にあたっているラインハルトら騎士。
「ちゃんとご飯は食べるのよ! あと、何かあったらすぐにシークスちゃんやヴェアティちゃんに相談するんですからね!」
「はいっ、もちろんです!」
いくつもの助言を投げかけるヘンドラー夫妻に、元気良くそれに頷くアーマリア。その横では、昨日の予測通り大号泣しているフェカウヘンさんが、ヴェアティを抱きしめていた。
「ヴェアティ、学園でもちゃんと頑張るんだぞぉぉぉ……。」
「もう、分かってるよ!」
呆れ混じりに、満更でもなさそうな表情を浮かべているヴェアティ。それぞれの家族を眺めていると、自然と口角が上に上がってしまった。
「いやー、寂しくなりますねぇ。」
不意に後ろから声をかけられた。振り向いてみると、馬に跨っているドミニクがそこにいた。普段の軽薄そうな印象とは違い、ちゃんと騎士の佇まいをしている。外したヘルムを小脇に抱えているのも、なかなか様になっていた。
「ドミニクか……なんか用か?」
「いえ、ちょっと後輩の顔を改めて見ておこうかと。」
後輩? と首を傾げていると、少しだけ声を顰めるようにして彼は言った。
「まあ実はオレも、エルステ学園出身なんですよ。」
「ええっ?!」
流石にこれには驚きの声が漏れた。
「ははっ、みんなその反応するんですよねぇ。」
苦笑し、自身の頬を掻きながらドミニクは呟く。どうやら若干気にしているらしい。
「種族は人族から魔族まで、地位は平民から王族まで、エルステ学園は本当にいろんな種類の人間が集まるところでしてねぇ。あちこちでトラブルが頻発するんですよ。」
と、彼は話し始める。魔族というゲームとかでしか聞いたことがないような単語が出てきたが、それについては後ほどアーマリアらへんに聞くとしよう。
「まあシークス嬢なら大丈夫だとは思いますが……とりあえず、トラブルに巻き込まれないように気を付けてくださいね。では、オレは警備に戻りますので。」
彼はそう言ってヘルムを被ると、馬を反転させて去っていった。王族とかいるのかぁ、まあ予想はしていたが……権力争いとかはごめんだぞ。別に俺はちょっと刺激があるぐらいの学生人生を送れればいいんだ……。
そして十数分後。別れの挨拶を終えた保護者三人は馬車へと乗り込んでいく。
「私たち、頑張りますからねー!」
アーマリアはそう叫びながら、彼らへと向かって手を振る。ヴェアティも、何かを堪えるような顔をしながら手を振っていた。
「ヴェアティ〜〜〜ッ!」
フェカウヘンさんが大号泣しながら馬車から身を乗り出し、大きく手を振っているのが見えた。すぐにヘンドラー夫妻に引っ込められる様はどこかおかしくて、思わず笑ってしまった。
「……お世話になりました。」
俺はそう呟いて、深いお辞儀をする。数秒ほどで姿勢を元に戻し、去っていく馬車列へと向けて、彼らが見えなくなるまで手を振り続けた。
「……行ってしまいましたね。」
寂しそうな表情を浮かべながら呟くアーマリア。しばし馬車列の向かった方を眺めたのち、足元にある鞄を持ち上げた。中身は大量の教科書や筆記用具、私服にいくつかの私物といったものらしい。ちなみに俺たちは今制服姿だ。
「……ほら、いこ。」
少し震えた声でヴェアティも鞄を持ち上げると、そのままそそくさと歩き出した。時折空いている方の腕を顔の方に持ち上げながらだ。……流石に、ここで彼女を揶揄う気にはなれなかった。
「おう。」
他の二人よりかは幾分余裕のある鞄を拾い上げ、俺も歩き出した。
数分ほどして、目前に校舎が見えてきた。そしてその校門前からは、色とりどりの制服を身に纏った学生たちで賑わっている。その姿も様々で、頭に角が生えていたり、制服から尻尾が出ていたりと言った感じだ。……にしても初めてだな、人以外の種族を見たのって。地球じゃ当然ながら人しかいないわけだし。
「……あっ、お三方〜!」
ふと、後ろの方から声をかけられる。振り向いてみると、灰色の制服と黒いローブを身に纏ったヘルスティアがこちらに駆け寄ってきていた。ローブとかつけてて大丈夫なのかよと思ったが、どうやら制服さえ着ていればその上からどんな格好をしようが自由らしい。
「お三方、数日ぶりであるな!」
「おう、元気そうで何より。」
彼女は嬉しそうな表情を浮かべた。次の瞬間、ヴェアティが横から彼女に抱きつく。
「おっはよヘル〜!」
「ひゃいっ?!」
突然のことに変な声が飛び出るヘルスティア。若干周囲の視線を集め、彼女の顔がみるみるうちに赤くなった。
「ヴェ、ヴェアティ殿っ!」
「あっはは、ごめん!」
流石にちょっと恥ずかしくなったのだろう、ヴェアティも若干頬を赤くしていた。
「ふふっ、お二人って仲良いですよね。」
「本当に知り合って数週間かよ、お前ら?」
そんな風に軽いヤジを飛ばす。二人とも少し恥ずかしそうに笑った。
「ほら、とっとと入るぞ。今日は入学式なんだからな。」
そう言って俺は、真っ先に校門をくぐる。少し遅れて、他の三人も校門をくぐった。
1-6教室、今日から俺が所属することになる教室だ。一部の大学のように、奥に行けば行くほど段状に高くなっていく構造をしている。長机を複数人で共有して使うらしい。
「ふぅ……お主と同じクラスでよかった……。」
横では、ヘルスティアが教科書の詰め込まれた鞄を机に置き、一息つきながらそう呟いていた。ちなみに座席は出席番号順なのだが、どうやらこの世界でのアルファベット順で決められているらしい。
「他の二人はちと教室も遠いしな。ま、もっと仲良くしようぜ。」
「うむ!」
アーマリアは1-1教室、ヴェアティは1-3教室。ものすごくというわけではないが、わざわざ遊びにいくには少し距離があった。まあそれゆえ、必然的に彼女と会話する機会も多くなるだろう。
数分ほど彼女と談笑していると、扉から中年ほどの男性が入ってきた。途端に教室が静まり返り、全員が席へと戻ってくる。眼鏡をかけているその男には、どこか見覚えがあった。
「……全員、揃っているようですね。」
あ、この人あれだ、試験監督だ。
「それでは自己紹介を。1-6の担任となりました、ウンター・レーラーと申します。担当科目は数学で、今回の入試問題の数学部分の制作を主導しました。」
途端に彼へと向けて、教室中から殺意が向けられた。
「ははは……私含めて製作班全員が満点を取らせまいと張り切ってしまいましてね。……まさか満点者が二人もいるとは思いませんでした。」
ちらり、と彼は俺に目線を向ける。実は数学で満点を取っていたのは、俺とヴェアティだけらしい。採点時から目を付けられていたと思うと少し怖くなってくる。というか張り切りすぎだろ……。
この後入学式まで時間があるからということで、入学式の説明が終わった後に、短く談笑の時間が取られた。これと言ったアクシデントもなく、ゆっくりと時間が過ぎていく。
「……さて、そろそろ時間ですね。廊下に出て出席番号順に並んで下さい。」
ウンター先生がそう言って、先に教室を出る。遅れて、次々とクラスメイトたちが廊下へと出ていった。
さてこの学園、一学年三百人という大所帯である。九学年あるので、単純計算で生徒数は二千七百、教員や他の職員も入れればさらにその人数は多くなる。全校集会等を行う場合、当然ながらその人数を収容できるような施設が必要になるわけだ。
「……いや、デカ過ぎんだろ。」
……その施設というのが、今俺たちのいる大講堂というところだ。学校に隣接するように建築されているここはコンサートホールのような構造をしている。舞台の方を向いて扇状に座席が並べられており、段上になって奥に行けば行くほど高くなっていく。二階席まであって、少なくとも三千人以上は収容できそうだ。あちこちに光る魔石が埋め込まれており、しっかりと明るい。
ウンター先生に案内されるまま座席に着くと、横からヘルスティアが話しかけてきた。
「こう、本当に入学したんだなという気になるな。」
「だなぁ……。……はぁ、なんか緊張してきた。」
自分の体が強張る感覚を覚えながら、彼女に返答する。何分、こんな行事に参加するのは実に二十年近くぶりなのだ。
「ふはは、我もだ。……そろそろ、始まるようであるな。」
「……おう。」
壇上に演台が設置され、一人の老人が立つ。騒がしかったホールは静まり返り、時折聞こえる咳払い以外何も聞こえなくなった。
無意識のうちに、背筋が伸びる感覚を覚えた。
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