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……柔らかな日光と小鳥のさえずりが、長閑で心地の良い朝を彩る。どれ、せっかくだし二度寝でも……。
「んぅ……おはようございます、シークス様……。いい朝れすね……。」
……どうやらほぼ同タイミングで目覚めたらしいアーマリアが、蕩けた口調で話しかけてくる。そういえば、昨日彼女に押し負けて同衾したんだったか。
「今日は教科書購入と制服の採寸らしいれすよぉ……。ちょっと楽しみれすね……。」
そう言って彼女はえへへと笑いながら、強く抱きしめてきた。思わずうっと声が漏れる。まあとりあえず、彼女の言うように今日は色々と予定があるのだ。そのため早起きしておきたいわけなんだが……。
「……起きてもいいか?」
「えぇ? もう少しこうしていましょうよぉ……。」
寝起きの彼女はなかなか離れてくれない。結局、彼女の目が完全に覚めるまで、俺はこのまま抱きしめられていた。
「えーと、身長は百四十九センチメートル、バストは……」
そんな声が響く。学園側の指定した仕立て屋にて、俺は今採寸を受けていた。店主さんは四十代ぐらいの茶髪の女性。彼女曰く、同年代の子よりも俺は少し小柄らしい。ちなみにこの後読み上げられたスリーサイズは見事なまでにキュッ・キュッ・キュッという感じだった。
「制服は何色がいいかしら?」
と、色の違う幾つかの生地を見せられる。どうやらカラーバリエーションはかなり豊富らしく、藍や黒、白や赤まで色々とあった。少し考えた後、黒を選ぶ。
「……よしっ、これで今日はおしまいね。数日後、他の二人の分も併せて制服を贈るわ。お疲れ様!」
「はい、ありがとうございました。」
ぺこり、と一礼して部屋を出る。同じように採寸をしにきた男子が、入れ替わるようにして中へと入っていった。
「お疲れ様ですシークス様。生地の色は黒ですよね?」
部屋を出て一息ついたところで、アーマリアとヴェアティが駆け寄ってくる。
「いやなんで確定みたいな感じなんだよ。まあそうだけどさ……。お前は青か?」
「はいっ、もちろんです。」
それではヴェアティはどうなのだろうかと、二人して目線を向ける。髪の色に合わせて赤か、それとも目の色に合わせて緑か。
「私は白を選んだかな。」
「「白っ?!」」
意外なチョイスに、思わず二人して声を上げた。
「私、一番好きな色が白なんだ。」
「へー、赤か緑だと思ってました。」
「あはは、人は見た目によらないってね。」
笑いながらヴェアティは言う。勝手に赤か緑だと思っていたが……彼女の言う通り、人は見かけによらないな。
ともあれ、あとは教科書を買うだけだ。俺たちは三人揃って店を出た。
さて、今更ながらこの国には当然用いられている通貨がある。鉄貨・錫貨・銅貨・銀貨・金貨という五種類の貨幣が流通しており、それぞれ日本基準で言えば一円・十円・百円・千円・一万円に相当するようだ。紙幣は存在しない。
形状は五角形。真ん中にも五角形の穴が空いており、それを囲むようにして、この国の言葉で「銀」や「鉄」などと刻まれている。錆びやすい鉄や希少価値の高い金・銀については流石に合金を使っているらしい。今持っている銀貨も、「金」と堂々と刻まれている割には少し色味、が……。
「……あ?」
視覚情報の矛盾に、思わず思考が停止する。あれ、こいつ銀貨だよな。金貨じゃねぇよな……?
「……! エラーコインじゃないですか!」
アーマリアは目を輝かせて、俺の手からパチモン金貨を奪う。間違いないと何度も硬貨を見直しながらその場で小躍りする。後でコレクションに加えなくては、と彼女はそれを懐にしまった。
「そんな珍しいのか?」
「はいっ! エラーコインってほとんどが流通する前に回収されちゃうので、すっごく珍しいんです! お金としての価値はもうないんですけど、それがまた魅力で……!」
若干鼻息を荒くしながら彼女は語る。どうやら彼女にも収集癖があるらしい。そこそこ彼女のことを知った気でいたが、まだ知らないことも多いな……。
「二人とも、見えてきたよ〜。」
横からヴェアティが声をかけてくる。見えてきたのは、俺たちが以前本を買った時に立ち寄った本屋だった。
本屋の中は、同じように教科書類を購入しにきた同世代の男女で溢れていた。長い列に並び、俺たちの番が来る。受付に立つのは、どこか無愛想な男性の店員だ。
「お名前と受験番号は?」
聞かれたことに答えると、彼は手元の羊皮紙に横線を引いた。そして足元から教科書の塊を取り出し、受付のカウンターに置く。
「五銀貨になります。」
日本では中学校の教科書は義務教育故に無料だったが、この世界ではそうもいかない。一応国からの援助はあるらしく、そのおかげでこの値段に抑えられているらしい。……にしても、なんか忘れているような。
「……あ、あれ……?」
今手元の銀貨を数えてみたところ、四枚しかないことに気がつく。少しパニックになりながら全身を弄るが、どこにもない。後一枚はどこに……そういえば、エラーコインだったんだ……。
まずい、どうしよう。目の前の店員は特に顔色ひとつ変えていないが、後がつっかえてるんだよな。長く待たせるわけにはいかない。
「……?!」
チャリン、という音に少しびっくりする。後ろの方から銀貨が一枚投げ込まれてきたようだ。振り返ると、ヴェアティが親指を立ててこっちを見ている。
「五銀貨、確かに受け取りました。では、どうぞ。」
店員は特に何かを気にする様子もなく、銀貨をしまって教科書の塊を前に出す。俺はそれを受け取り、そそくさと店を出た。
この後帰路でヴェアティに感謝の言葉を伝えたところ、彼女はニヤニヤとしながら「貸しひとつね」と返してきた。
あれから数時間後。俺たちは教科書を持って帰宅し、昼食を摂って各々の時間を過ごしていた。
「〜♪」
横ではアーマリアが機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら、箱の中を整理している。穴が二つだったり、六角形だったり、マーブル模様だったり。そんなエラーを吐き出した結果お金としての価値がなくなったコインが、その中で丁寧に並べられて保管されていた。
「……随分とたくさん集めてるんだな。何年ぐらいやってんだ?」
「かれこれ……八年ほどですかね。」
四歳くらいのときからか……かなり熱心なようだ。コインの状態を見るに、手入れも欠かしていないらしい。彼女がそこまでのコレクターだとは全く分からなかった。一年弱ほどしか共に過ごしていないからだろうか。まだ彼女について、自分が知らないことは多いのだろうと思う。
「……なんか、お前のこと知った気になってたのが恥ずかしくなってきた。」
「ふふっ。私もシークス様のこと、まだまだ知りませんから。お互い、もっと知っていきましょう?」
彼女はそういってニッコリと笑うと、例のパチモン金貨を箱に納め、そして蓋を閉じた。
「……ところで、そこで何をなされているので……?」
急にアーマリアが、扉に向かってそう声をかけた。気になってそっちの方に目線を向ける。
「……。」
扉の隙間から、僅かに見える赤色。少ししてその緑色の瞳と目が合った。思わず心臓が跳ねる。謎の緊張が、数秒ほど続いた。
「いや入れよ、何やってんだお前。」
俺が耐えきれなくなりそう声をかけると、彼女は言われるままに部屋の中に入ってきた。どこか不機嫌そうな顔をしていた。
「ちょっとほら、二人きりでいると何してるか気になるじゃん……?」
こてん、と少し首を傾げながらヴェアティは言う。まあ確かに分からんでもないが……。その覗き方は不審者だと勘違いするからやめてほしい。少しビビったし。
「そしたら、お互いに知っていきましょうとかってイチャついてるし。それ私ハブられてるじゃん。」
少し拗ねたような声色で話しながら、彼女は俺たちの間のスペースに腰を下ろす。配置的にドイツ国旗が頭の中に浮かんできた。
数秒ほど何か逡巡したのち、顔を若干赤くしながら、ヴェアティは呟くように言った。
「私のことも、知って欲しいな……って……。」
言っている途中でさらに恥ずかしくなったのだろう、言葉の速度が遅くなる。予想外の言葉に、俺もアーマリアも思わずフリーズしてしまった。
「……い、今の発言は無しってことに……。」
彼女が何か言おうとしてたのも気にせず、思わず抱きついてしまった。
「な〜んだお前、かわいいこと言いおってからに〜!」
「もっちろんヴェアティ様のこともいっぱい知りたいに決まってるじゃないですか〜!」
両脇から抱きつかれたヴェアティは、若干その目をグルグルとさせながら「あ、えっと」と珍しく狼狽している。そんな様を見て、二人して抱きしめる力を強くした。
この後、月が昇って夕食に呼ばれるまで、ずっと三人で互いのことを聞き合ったり、自分のことを話し合ったりしていた。無論、自分が転生者であるということは伏せたが。
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