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 受験に合格した、その日の夜のこと。


「それでは、三人の合格を記念して、乾杯!」


「「「かんぱーい!」」」


 そんなヴィンド卿の音頭とともに、グラス同士のぶつかる音が一斉に響く。数時間前、合格発表を聞いたヴィンド卿は大喜びし、パーティの準備をすぐさま騎士と使用人たちに指示した。アッフェル夫人にフェカウヘンさんもそれに加わり、あっという間に会場は完成。そしてこの屋敷にいる全員を呼び出してパーティを初めたわけだ。


「おお、ヴェアティ……! お前なら絶対合格してくれると思っていたよ……!」


「ちょっと、お父さん……! みんないるから……!」


 視線の先では、ヴェアティが大号泣している自らの父親に思いっきり抱きしめられている。恥ずかしがっているものの、なんだかんだヴェアティもまんざらではない様子だ。なんか、ヴェアティが狙われたのもこれは頷けるわ。この人娘大好きすぎる。


「お料理がいっぱいですね、シークス様!」


 一方横では、目をキラキラと輝かせたアーマリアがあちらこちらを見ている。今日は普段と比べてもかなり豪華な食事だ。彼女がこうなるのも頷けはするが……こう、自重してくれるとよいのだが。


「食いすぎんなよ、ほかの人たちも食べるんだから。」


「わ、わかってますよ!」


 一応、釘を刺しておく。一瞬ぎくっとなったのを俺は見逃さなかった。こいつ絶対全部食うってことしか考えてなかっただろ、食いしん坊め。


「お二方、合格おめでとうございます!」


「めでたいことですねぇ。」


 駆け寄ってきたラインハルトとドミニクが、祝福の言葉を述べてくれる。片手にはグラスが握られており、中にはワインが注がれていた。軽く「ありがとう。」と返す。


「こんな勉強したの、本当に久しぶりだったなぁ……。」


 ちょっと感慨深いものがあり、思わず呟いてしまった。ここまでまともに勉強らしい勉強をしたのは二十数年前が最後になるだろうか。えもいわれぬ満足感がある。


 ふと、三人が何やら温かい目でこちらを見ているのに気がついた。


「……なんだよ。」


「「「なんでもないです。」」」


 三人の声が見事に綺麗にハモった。仲良いなお前ら。


 数分ほど談笑したのち、ヴィンド卿とアッフェル夫人がこちらへと歩み寄ってきた。騎士二人はそれを見て、「それでは」とその場を立ち去る。


「アーマリア、シークス君。改めて合格おめでとう。」


「貴方たちの努力が実ったこと、本当に嬉しく思うわ。」


 優しい笑みを浮かべながら、二人もまた祝福の言葉をかけてくれる。アーマリアは嬉しそうな顔をして、自らの両親に抱きついた。


「お父様とお母様の応援があったからこそです!」


「ははは、そう言ってもらえるのは嬉しいな。」


 そんな微笑ましいやり取りを挟み、しばし三人は親子での会話を繰り広げる。親としての優しい顔を見せる二人に、子供らしい無邪気な表情を浮かべるアーマリア。


 ……流石に、あの輪には入れそうにないな。家族ゆえに積もる話もあるだろうし、家族としかできない話も多いだろう。それを邪魔するわけにはいかない。……ちょっと、羨ましく思ってしまった。


 気を取り直し、適当な料理を皿に取っていると、若干疲れた様子でヴェアティが近づいてきた。


「……お父さんが離してくれなかった……。」


 そう言いながら、彼女も料理を皿に取っていく。


「フェカウヘンさんがそれだけ娘を愛してるってことだな。それとも嫌か?」


「……嫌じゃないけどさ。」


 俺の意地悪な問いかけに、彼女は頬を赤らめながら答える。思わずニヤついてしまった。


「……なにさ。」


「いや、かわいいところもあるんだなって思ってな。」


「……っはぁ?!」


 俺の返答に、その顔をさらに赤くしながら声を上げるヴェアティ。やっぱこいつかわいいな、反応が一々素直だ。


「ははっ、合格発表のときの仕返しだ。」


 何も言えなくなったのだろう、ヴェアティは顔を赤くしたまま黙り込んでしまった。特に気にせずにサラダを食べていると、少しして彼女も手元の料理を食べ始めた。


「……いいなぁ、家族って。」


 本当に無意識のうちに、そんなことを呟いてしまった。一応高校までは親と同居していたし、それなりに仲も良かった。しかし大学に入ってからは滅多に会わなくなり、さらには転生する十年前に二人とも死んだ。……まあ、それから俺は孤独の身であったわけだ。だからこそ、彼女たちが自らの親と仲睦まじくしている様子を見ると、少し寂しく感じてしまう。そして羨ましく思ってしまう。


「ハナって、両親いないんだっけか。」


「……まあな。顔も覚えてねぇし。」


「……そっか。」


 少しだけ空気が重くなる。正直、あんまりこの空気は好きではない。そもそもとして苦手だというのもあるが、致し方ない理由があるとはいえ、俺の吐いている嘘が原因であるからだ。


「……じゃあその分、私とアーマリア、それにヘルが埋めてあげないとね。」


 彼女はそう言って料理を一旦置くと、そのまま抱きついてきた。


「私、あまり誰かを励ましたり慰めたりするの得意じゃ無いからさ。こうする。」


「……ありがとな。」


 互いに顔を赤くしながら少し笑った。


「……あーっ!」


 ふと、後ろからそんな声が聞こえてくる。振り返ってみると、アーマリアが頬を膨らませてこっちを見ていた。


「急にどこかにいってしまわれたと思ったら、ヴェアティ様とイチャついていたんですね?!」


「いや、そういうのじゃなくてだな……。」


 弁明しようとしたそのとき、横からヴェアティがニヤニヤと笑いながら茶々を入れてくる。


「アーマリアが構ってくれないーってハナが泣きついてきたんだよ!」


「なっ、そういうことでしたら言ってもらえればよかったんですのに!」


 あーもう、余計にややこしくなった! まあある意味間違いではないんだけれども……。


「とりあえず、シークス様とも話したいことがいっぱいあるんです。一緒に来てください!」


 そう言って彼女は俺の手首を掴み、引っ張る。ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、ヴェアティは手を振っていた。






「なぁ。あんとき、なんであんな強引だったんだ?」


 恙なくパーティが終了した後のこと。自室で俺とアーマリアは少し喋っていた。ふと疑問に思ったことを彼女に投げかける。


「……だって、シークス様とヴェアティ様がイチャついていたんですもの。」


 頬を膨らませながら、少し拗ねた様子で彼女は返答する。


「なんだ、嫉妬かよ。」


「……多分、そうですね。いつものスキンシップだというのは分かっていたのですが、なんだかちょっと、心がもやもやとしてしまって。」


 彼女の素直な言葉に、少しだけ驚いた。それと同時にそれだけ好いてもらっているのだなと思い、嬉しくなる。


「……でも、どうして急にあっちの方に行ってしまったんですか?」


「あー……その……。」


 正直に言おうかどうか散々悩んだ結果、素直に話すことにした。ヘンドラー一家の団欒を見ていて少し羨ましく思ってしまったことと、それを邪魔するわけにはいかずに離れたことを。


「……なんだ、そういうことでしたか。」


 彼女はため息を吐くと、肘をつきながら言う。


「騎士たちも、使用人たちも。それにシークス様も、みんな家族ですよ。一緒に住んで、みんなで笑って、互いに助け合えるのなら家族です。だから、シークス様もそう思っていいんですよ。」


 優しい声色でそう言われて、危うく涙腺が緩む。目が潤った程度だが、すぐにアーマリアはそれに気付いたらしく、少し微笑んだ。


「……その、ありがとな。」


「ふふ、いいんですよ。」


 少し間を置いて、「ところで」と彼女は話を切り出した。


「家族なんですから、一緒に寝るのって当たり前ですよね?」


「……はい?」


 思わず変な声が漏れた。確かに朝起こしに来る以外で珍しく彼女が部屋に来たなと思ったが、もしやこいつ最初からこれが目的だったのか?


「ですよね?」


「……はい。」


 ニコニコとした笑みの裏にある圧に気圧され、首を縦に振ってしまう。まあ、別に嫌ではないからいいのだけれども。


「久しぶりに補給できますね……。」


 えっ何を補給するつもりなのこの人、怖い。


 数日ぶりの彼女との同衾は、なんだか抱きしめられる力が強かったのと同時に、いつもよりも暖かく感じた気がする。

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