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「も、もう無理です……。」


 横から聞こえてきた苦しそうなヘルスティアの声に、思わず笑ってしまった。横ではヴェアティも俺と同じような顔をしていて、一方アーマリアはちょっと残念そうな様子。


 筆記試験を終えた俺たちは、実技試験までの一時間ほどの休憩時間を利用して昼食を摂っていた。やっぱりゲールツよりかは味が劣るが、それでも普通に美味い。


「むぅ、マギア様もあまり食べないんですね……。」


 そんなことを言いながら、アーマリアはパンを口に放り込む。


「お前が食い過ぎなだけだろ。」


「でも、実際ヘルは細いもんねぇ?」


 どうやらヴェアティは彼女にすでに愛称を付けているらしい。ヘル……なんか、どうしても地獄が頭の中に浮かぶ。閑話休題。彼女の言うように、ヘルスティアはかなり華奢な体をしている。食事の量も俺たちよりかは少ない。アーマリアに鍛えられたのもあるが……。


「にしても、この後は魔法の実技試験か……。きついな……。」


「あれ、シークス様って魔法苦手なんですか?」


 アーマリアが首を傾げて聞いてくる。


「苦手じゃあねぇんだがな……。」


 そう、苦手では無い。実際使えるし。……ただ、最後に使ったのがいつだったか。多分数ヶ月は前だ。


「そもそもハナって魔法の属性なんなの?」


「えっと、確か……光・闇・音だったか?」


 そこも正直うろ覚え。……うーん、少しは確認しておくべきだったか。


 ふと、アーマリアとヴェアティがフリーズしているのに気がついた。


「「さ、三属性?!」」


 二人して同時に叫び、周囲からの視線を集める。俺が首を傾げていると、横からヘルスティアが話しかけてきた。


「ああ、知らぬのか? 魔法の属性は通常一属性、良くて二属性が基本だ。三属性以上となるとかなり限られるのだよ。」


 へー……。……あの神様、それについて説明してくれてもよかっただろ。今思えばあいつ割と説明不足だな。ちなみにヘルスティア曰く、火と水や光と闇のような、対になっている属性を持っているのはさらに珍しいんだとか。


「ところで、お前はどうなんだ?」


 と、ふと気になってヘルスティアに聞いてみた。


「え? あ、えーと……。」


 少し戸惑ったようにしたのち、言い辛そうに口を開く。


「ぜ、全属性……。」


「へー、すごい……んだよな?」


 二人に確認してみるが、一切返事がない。気になってそっちの方に視線を向けてみると、目を見開いたまま彼女たちは硬直していた。


「「全ッ?!」」


 十数秒後、二人はこれまでで一番の大声を出した。思わず俺もヘルスティアも耳を塞ぐ。店にいるお客たちがかなり迷惑そうな顔をしていた。


 ちなみに無事、このあと店員に注意された。






「全属性……全属性ですか〜。」


 学校へと戻る道中、アーマリアが目をキラキラと輝かせながら呟く。なんでも伝説程度でしか聞いたことがないんだとか。


「……その、あんまり、いいものじゃないですよ。」


 暗い顔をしながら、呟くように答えるヘルスティア。


「えー? でも炎も水も、なんなら回復魔法も使えるんでしょ? すごく良いと思うけど。」


 ヴェアティが率直な疑問を彼女にぶつける。少し間を置いて、彼女は話す。


「……使える属性が多い分、それだけ練習時間が分散してしまって。結局、器用貧乏になってしまうんです。」


 あー、と納得の声を俺たちはあげる。


「じゃあ、どれか一つか二つに集中すればいいんじゃないの?」


 ヴェアティはまた問いかけた。それを聞いて、少しヘルスティアは俯く。


「……それができたら、よかったんですけどね。」


 ……他にも、どうやら彼女なりの事情があるらしい。少しだけ気不味くなる。


「ご、ごめん……。」


「あ、謝らないでください!」


 真剣な顔で謝る彼女に、ヘルスティアは少しあたふたする。


「ええと、えっと。で、でもその分こんなこともできるんですよ!」


 と、彼女はその場で魔法を使い始める。空中に現れた、バスケットボールほどの黒い球の中で、一粒一粒と小さく光が瞬いていく。


「わぁ! うわぁ〜……!」


「えぇ、すごいじゃん!」


 そこに出来上がったのは、小さな夜空だ。光の濃淡が天の川を作り、銀河のバルジを作り、腕を作る。アーマリアがその目をより一層輝かせながら、その空間を見つめていた。懐かしいな、森で見た夜景とそっくりだ。


「ちょ、ちょっとした特技なんです。その、なにか役に立つわけではないんですけど。」


 と、彼女は少し胸を張りながら言う。近くにいた子供達が寄ってきて、アーマリアと一緒に目をキラキラとさせながら夜空のジオラマを見つめていた。


「じゃあ、湖みたいなのも作れるのか?」


「つ、作れるぞ!」


 彼女はそう言って、少し白い球を作り出す。水と土が中に現れ、さらに植物まで生えてきた。そして僅か一分ほどで、空から光の差し込む湖のジオラマが完成する。


「すごいな……。」


 思わず、素直な感想が口から飛び出した。少し照れ臭そうにしながら、ヘルスティアは笑みを浮かべる。


「……まあ、難しい魔法など一つも使っていないのでな。きっと評価はされないであろうが。」


 と、彼女はどこか諦めた様子だ。


「全属性使えるって時点である程度評価されるんじゃねぇの?」


「それはあくまで才能だ。実力が無ければ意味がないであろう?」


 ……なるほど、確かに一理ある。これ、あまり俺は口出ししない方がいいかもしれんな。魔法に詳しくない分やらかしてしまいそうだ。


「じゃあ、試験じゃどんな魔法使うつもりなのさ。」


「……その、少し無理をするしか、ないと思います。」


 彼女はそう返して、再び俯いた。どこかばつが悪そうな顔をしながら、ヴェアティは頭を掻く。


「こんな精密に作れるんですね……!」


 じーっとジオラマを見つめていたアーマリアは、そんなことを呟いている。


「……そうじゃん。なんで気付かなかったんだろ。」


 どうやら何かに気付いたらしい。深くため息をついて、自嘲気味に笑いながらヴェアティは呟く。


「ねぇ、試験は絶対にこれやってみせた方がいいよ!」


 と、彼女はジオラマを指差しながらヘルスティアに言葉を投げかけた。


「で、でも、それは簡単な魔法しか……」


 彼女は先ほど言った言葉を復唱しようとする。途中でヴェアティがそれを遮るようにして言った。


「それでも、普通はこんな精密にできないでしょ。一個ならともかく、光・闇・水、三属性もだよ?!」


 少し彼女の言葉に違和感を覚えて、湖のジオラマに手を突っ込んでみた。中にある土が手に当たる……と思いきや、そのまま貫通していく。だが水は本物らしく、ちゃんと手が濡れる。……どういうことだ? 土も植物も本物にしか見えないのに、感触なく腕を突き抜けている。


 少しして気がついた。どうやら光魔法で色と形を再現したものらしい。つまりグラフィックだけが用意されていて、当たり判定がないということ。


「それに、難しいことに挑戦して失敗するよりも、確実にできることをやった方が……必ずとは言わないけど、いいに決まってるじゃん!」


 彼女はぐいぐいとヘルスティアに近づいて行く。


「え、えと、その、それはそうですけどっ……!」


 ほぼゼロ距離にまでなり、ヘルスティアはその顔を赤くした。目をぐるぐるとさせながら、あわあわとしている。


「だから、ね! 試験でこれやってよ、絶対上手くいくから!」


「う、うぅ……。」


 物理的にも精神的にもヴェアティに気圧されて、彼女は呻き声を上げる。しばらく迷っている様子を見せた。


「……わかり、ました。やってみます。」


 と、渋々といった様子ではあるが彼女は首を縦に振った。その言葉を聞いて満足そうにしながら、ヴェアティは彼女から顔を離す。顔をまだ赤くしながらも、ヘルスティアはため息をついた。


「……ダメだったら、許しませんからね。」


「あはは、じゃあ取引する?」


 と、彼女は提案する。もしも実技で上手くいったら、ヘルスティアは彼女の言うことを何でも一つ聞く。失敗したら彼女がヘルスティアの言うことを何でも三つ聞く。といったものだ。自分から提案したにしては彼女にとってかなり不利なものだが、それだけ自信があるらしい。


「……自分から、言ったんですからね?」


「もちろんもちろん、商人嘘ツカナイ。」


 ……なんでわざわざ怪しい言い方するんかね、こいつ。ヘルスティアは少しジト目になりながら、彼女を見つめた。


「……ほら、はやく学校戻るぞ。」


 話に区切りがついたところで、俺は彼女たちを急かす。すぐに彼女たちは頷き、歩き始めた。


 曇っていた空が、少し明るくなったような気がした。

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