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 まず結論から言ってしまうと、中は地獄だった。予想通り中は植物まみれ。蔦の他にも笹みたいな植物が床を貫通して生えていたし、ありとあらゆる隙間から雑草が顔を出している。しかしそれ以上にこの小屋を地獄たらしめている存在がいて……。


「ぎえええええ!! こっちくんな!」


 ……中で虫が王国を築きあげているのだ。たった今足によじ登ってきた一匹をナイフで弾き飛ばしたところ。ガチでキモい、本当にキモい。蟻とゴキブリを足して2で割ったみたいな見た目をした、しかも結構スピードがあってサイズもあって数もいるとかいうこの世の終わりみたいな存在。こいつを絶滅させる方法を今すぐ知りたい。


 ひとまず小屋を飛び出して、震える手で手帳を開く。


「なんか、なんかいい魔法とかございませんかね……?」


 使う相手なんていないのに敬語なんか使いながら、ページをパラパラとめくっていく。なんか、いい感じにあのキモい奴らを追い出せるか塵も残さずに消し去れる魔法は無いのだろうか。そして、1つの魔法に目が留まる。


名称: 誘導灯

属性: 光

種類: トラップ

消費魔力量: 20MP/分

詳細: 昆虫類が強く引き寄せられる光の球を生成する。この球は術者の半径20メートル以内ならば自由に移動させることができる。


 これだ。間違いない。


「えっと……、魔法の使い方は……。」


 ページを少し遡れば、すぐに記述が見つかった。体内にある魔力が一点に集まるイメージを持ちながら、使いたい魔法を強くイメージし、そして魔法の名前を唱える。うん、まあやってみればわかるだろう。


「えーと……魔力が一点に……。」


 とりあえず、雪を固めるイメージをしてみる。密度の低いふんわりとした雪が、握り込まれることで圧縮され、そして氷のように固く、小さくなる……。そんなイメージだ。


 直後、体から何かが抜けていくような感覚と同時に、目の前の空間から軽く圧を感じる。イメージには成功した……という認識でよいのだろうか。


 とりあえず成功したという体で手順を進める。使いたい魔法を強くイメージし、そして魔法の名前を唱える……。とりあえず、昆虫用の紫外線トラップを強くイメージする。夏の時期に活躍するあれだ。


「……"誘導灯"。」


 うおっ眩し……。反射的に閉じた目を再び開ける。青~紫程度の光を放つ球が、目の前で浮かんでいた。試しに数メートルほど奥に飛んでいくイメージをしてみれば、イメージした通りの位置に移動していく。


「よし、これなら……!」


 光の球を小屋の中に移動させ、数秒ほどしてから外に出す。予想通り、というか予想以上に例のクソキモい虫が大量に出てきた。数えるのも億劫になるレベルの量だ。とりあえず光の球をできる限り遠くにまで移動させ、虫を追っ払う。


「……はぁ、とりあえず一安心か。」


 深くため息を吐いて、その場に座り込む。


「にしても、そうか。今のが魔法か……。」


さっきは虫のことで頭がいっぱいで感動する余裕なんてなかったが、そうだ。俺は今、魔法を使ったんだ。子供の頃に夢見て、学校で科学を勉強してから現実を知った、魔法という存在。地球ではフィクションである魔法が、この世界では実在している。そして実際に使うことができる。ちょっと、いやかなり感動した。子供の頃の夢をまた取り戻したうえで叶えた、そんな感覚がした。


 ……でも、初めて魔法を使った理由が虫を追い払うためっていうのはなぁ……。






「おおっ、めっちゃ切れる。」


 さて、今は蔦を除去するために小屋の中に入っていた。なまくらじゃなければいい程度に思っていたナイフだが、信じられないくらい切れ味が良い。引っ掛かる感覚なんて一つも無く、スパスパと蔦が切れていく。間違えて指に当たったりでもしたら、と想像したら少し怖くなった。にしても、この蔦はかなり丈夫なようだ。少なくとも手では引き千切れない。


 ともあれ、空っぽになった例の虫の巣に遭遇してまた奇声を上げたというハプニングはありながらも、数時間ぐらいかけてなんとか蔦や隙間から生えてきた植物は除去することができた。


「……流石にこうなってるよなぁ……。」


 蔦に包まれていた、使えないレベルでボロボロになっているベッドを見ながら呟く。そりゃ長らく放置されていたみたいだし、大量に虫もいたし。暖炉は全然使えそうだが、本棚や椅子といったものは全て虫食いで使えなくなってる。まあ、ある程度予想はついていたことだ。……はぁ、今日は硬い床で寝ることになりそうだ。小屋自体はそんなに虫食いの被害を食らっていないことが幸いか。


 にしても、さっきから体が重い。働き過ぎたのかとも思ったが、それとはまた違う感覚の重さだ。どちらかといえば体から力が抜けたような、風邪を引いた時の重さに近い。


「……。」


 気が付いたら、視界の半分くらいが木目で埋め尽くされていた。どうやら俺は倒れたらしい。視界がぼやけるし、頭が嫌なほど重い。……眠い。


 自分でも意識が遠ざかっていくのが、嫌でも分かった。






「……んぅ……。」


 目が覚めた。少し差し込んでいた日の光で多少明るかった小屋は、もうすでに真っ暗になっている。どうやら夜になってしまったらしい。よほど深く眠っていたのだろう、夢なんて全く見なかった。にしてもなんで寝ちまったんだ俺。寝る程疲れるようなことした記憶なんて……。


 ……そうか、魔法か。あの誘導灯とかいう魔法は、たしか毎分20の魔力を消費すると書いてあった。魔力切れを起こすとぶっ倒れるのかもしれない。思い当たる節といえばそれしかなかった。


 まあ、いい。異世界で過ごす初めての夜だ。せっかくだし夜景でも拝もうじゃないか。時折風が吹き込んでくる玄関から足を踏み出し、頭上を見上げる。


「……おお。」


 少し声が漏れた。まさに満天の星という表現がぴったりだろう。星々の濃淡が天の川のような帯を作り、色とりどりの小さな光が降り注いでいる。地球と明確に違ったのは、夜空に二つの月が浮かんでいることだ。そのうち1つは地球のものと比べてはるかに暗い。まるで夜空にぽっかりと穴が空いているようだった。


 ふと思い立ち、川の方へと足を運ぶ。暫く歩けば、先ほどよりも遥かに素晴らしい絶景が視界に飛び込んできた。先ほどの夜空に加え、透き通っていた川面に星空がそっくりそのまま描かれ、穏やかな波によってそれが僅かに揺らめいている。写真でしか見たこともないような風景が、今こうして目の前に広がっているのだ。地球では、きっと今後一生見ることもなかったような、そんな風景が。


「……。」


 無言でその場に座り込み、川のせせらぎを音楽に、ぼーっとその風景を眺める。カメラだとか、そういうモノを持っていないのがあまりにも惜しい。この風景を写真に収め、いつまでも飾っていたいと心の奥底から思う。


 ふと、それでいいのだろうかと疑問に思う。写真としていつでも見れる状況になったら、きっとこの感動というものは無くなってしまうだろう。いつでもどこでも見れるのではなく、そのときにそこにいるからこそ見れる。それがこの特別感を生んでいるのではないか。そんなことを考えてしまう。


 しばし、時が流れるのも忘れてこの風景を見つめ続けていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「数えるのも億劫になるレベルの量だ。とりあえず光の球をできる限り遠くにまで移動させ、虫を追っ払う」 集めた虫は、焼き殺すか、石で叩き殺すかすると思ったよ。
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