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 この国で最も人口が多く、最も発展している都市"王都"。正式名称が無く、ただ単にそう呼ばれているだけのこの都市は、どうやら世界の技術や流行の最先端を走り続けているらしい。遠隔通信のための人工魔石を開発したのも、"王都"にある研究機関によるものだとか。それに清潔で治安も良く、区画整備もされており、住み心地はかなりいいらしい。


 とまあ、なぜこんな説明をしているのか。理由は簡単だ。


「……おお。」


 草原の向こうに聳え立つ巨大な宮殿。その麓に広がる城下町と、それを取り囲むようにして耕された広大な畑。この国最大の都市と言われているのも十分に納得できる。


 そう、俺……いや、俺たちは王都に向かっているのだ。数日間馬車に揺られ、時折酔って吐きかけながらもここまで来た。他の馬車にはヘンドラー夫妻にフェカウヘンさんが乗っており、もちろん護衛としてラインハルトやドミニク、アダムやヴァイスまでいる。中々の大所帯だ。


「わぁ〜……!」


 平野に広がる都市を窓越しに、ワクワクとした様子で眺めるアーマリア。


「……あのお城、どれくらい費用かかったんだろうね。」


 一方、少しズレたところに関心を持っているらしいヴェアティ。商人の娘らしいといえばそうなのだろう。確かに気になりはする。なお、今回が初めての王都らしい。


「……やっとかぁ……。」


 正直、馬車の乗り心地はあまり良くなかった。動物に走らせている分速度のムラがすごいしかなり揺れる。その上で長時間座りっぱなしなので、腰にも関節にも全然優しくなかった。首を少し横に倒せば、バキバキと音が鳴る。


「ふふ、そのうち慣れますよ。」


 うんうんとヴェアティが頷いている。何だか腹が立つが、この世界に来たからにはきっと移動のメインは馬車か徒歩になるだろう。となれば、慣れるほかない。……正直、もう乗りたくないんだけどな。






 綺麗な石畳で整備された、多くの人々で賑わう大通り。綺麗な服をガラス越しに展示している服屋。道端で行われている大道芸に、それに群がる子どもたち。


「わぁ〜! すっごい活気ですね!」


 俺たちは王都に足を踏み入れた。最低でも試験とその結果が発表されるまでの数週間、長ければ数年レベルで過ごすことになる場所だ。目をキラキラと輝かせながら、キョロキョロとあちこちに目線を向けている。なんなら、今にもどこかに行ってしまいそうなぐらいには距離が離れている。


「アーマリア。初めての王都にはしゃぐのはいいが、迷子になるんじゃないぞ。」


 そう言ってヴィンド卿は釘を刺す。はっとした表情を浮かべたアーマリアは、申し訳なさそうな顔をしながらこっちに駆け寄ってきた。


「はっはっは。私も初めて王都に来た時は、彼女のようになりましたよ。ヴェアティ、お前ももう少しはしゃいでいいんだぞ?」


「私はそんな子供じゃないし〜。」


 そんなことを父親に言っている彼女だが、俺には分かる。実のところ、彼女も内心興奮しているのだろう。ずっと手遊びをしているし、どこか落ち着きがない。声も若干高い。フェカウヘンさんも気づいているのだろう、ニコニコと笑みを浮かべていた。


「ちょっと、誰が子どもですか?!」


「誰だろうね〜。」


 そんな抗議の声を上げているアーマリアと、おどけてみせるヴェアティ。そんな様子を笑いながら眺めていると、ヴィンド卿が声をかけてきた。


「君は本当に落ち着いているね。」


「……内心、ワクワクはしているんですがね。それ以上に腰が……。」


 と、軽く腰を拳で叩く。彼は笑いながら、「分かる、分かるぞ」と頷いていた。


「まあ、早いうちに王都での生活に慣れておくといい。きっと数年以上暮らすことになる。」


「……まあ、まず合格できるか分かりませんから。」


 ヴィンド卿は苦笑しながら口を開く。


「いいや、受かるさ。君たちの努力は知っているからな。」


「……だといいんですが。」


 正直、あまり自信はない。数学と国語ならまだしも、理科と社会はこの世界独自の要素がかなり多く混ざっている。その独自の要素に振り回されて、若干苦手意識さえも持っているのだ。


「……とりあえず、別荘に着いたらあとは自由に過ごすといい。明日はそうもいかないだろうからな。」


 彼はそう言うと、またどこかに行こうとしているアーマリアを見つけてそっちの方へと去っていった。説教の声が少し遠くから聞こえてくる。ちなみに、今回の宿はヘンドラー家の所有する別荘なんだそうだ。フェカウヘンさん御一行もそこに滞在するらしい。ヴィンド卿のご厚意を受けたとヴェアティは言っていた。


「ハナー! ヴァイスが酔っ払いに絡まれてるー!」


「こんな真昼間っから?!」


 ……突然のヴェアティからの報告に、思わずツッコんでしまった。本当にこの街は治安が良いのか……?






 ヘンドラー家の所有する別荘は、王都の中心部付近にあった。周囲にも似たような建物が立ち並んでおり、どうやらこの都市の一等的な場所らしい。内装はかなり綺麗であり、十何人が泊まり込んでも部屋が有り余るほどだ。


「……ふぅ。」


 自分の空間となった部屋に入ってようやく一息。柔らかなベッドに腰掛け、そのまま身を投げ出した。


「……一人部屋、か。」


 自分以外には誰もいない部屋で呟く。普段はアーマリアが隣にいた分、正直寂しい。……どうやらこの世界に来てから、完全に俺は寂しがり屋になってしまったようだ。中身四十過ぎのおっさんなのにな、と自嘲する。……にしても、そうか。明後日の試験に落ちたら、かなり長い間二人とは離れ離れになるんだよな。


「……。」


 もう耐えきれなくなって、自分の部屋を出た。扉を閉める直前、横からいきなり声をかけられる。


「あれ、ハナじゃん。」


「ひゃうっ?!」


 ヴェアティだった。普通にびっくりして変な声が漏れる。心臓がバクバク音を立てていた。普段なら多分驚かなかったんだがな……。


「あっはは! 本当にびっくりしてんじゃん。」


 ケタケタと笑う彼女に、なぜか腹が立った。普段ならそんなことないのに、不安と寂しさが俺の心を少し荒れさせているらしい。


「……いいよな、お前は不安とかなさそうで。」


「……。」


 そんな嫌味混じりの発言を彼女にしてしまった。直後ハッとなって、自分の口を押さえる。ヴェアティは顔に浮かべていた笑顔を引っ込めた。


「す、すまん。今のは本心とかじゃなくて……。」


 取り繕おうと必死になっていると、彼女は俺の腕を掴んできた。


「……本当に、不安とかなさそうって思う?」


 そう言って彼女は、開きっ放しの部屋に俺を引っ張り込む。そのままの勢いでベッドに押し倒された。


「ヴェアティ……?」


「……私、隠すのが上手いだけだよ。」


 いつになく真剣な顔で、彼女は語り出した。


「難問が出てきたら。解答ミスをしたら。……試験に落ちたら。そんな時のことを考えるたびに、不安な気持ちになるんだ。」


「……。」


「もしも誰かが落ちて、離れ離れになったらって。貴方たちも受験するって聞いてから、そんな不安も出てきたの。」


 俺の腕を握っている彼女の手に、力が籠るのがわかる。


「だから、その。ごめん。ちょっと傷付いた。」


 彼女の悲しそうな声色と素直な言葉が、俺の中に渦巻いていた罪悪感を何倍にも増大させてきた。


「……ごめん、本当に。さっきの言葉は全く本心じゃないんだ。」


「……。」


「お前と同じ不安があったんだよ。……そんなときに笑われて、ちょっとムカついたんだ。」


「……それは、ごめん。」


 互いの心情を吐露し、そして互いに謝罪する。先ほどまで少し悪くなっていた空気は、かなりマシになっていた。


「……いつまでこの状態なんだ?」


「あ、ごめん。」


 いつもの調子に戻り始めて、ようやく現状にツッコむことができる。彼女が退こうとしたその時だった。


「……シークス様?」


 扉の方から、アーマリアの声が聞こえる。信じられないものを見るかのような目で、彼女は俺たちを見つめていた。


「……えーと。違うんだ。」


「……いえ、いいんです。ちょっと悲しいだけですから。」


 そう言って彼女は、走るようにして部屋の前から去っていく。慌てて彼女を追いかけようと体を起こした。


「あっはは! 勘違いされちゃったね!」


 そう言って笑う彼女の笑顔は、どこか吹っ切れたようなものだった。


 横から茶々を入れてくるヴェアティのせいで、彼女の誤解を解くのには中々に時間がかかったことだけは言っておく。

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