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「んで、ここは三平方の定理を使って……。」
「えーと……あっ、本当だ!」
あれから数日。俺は屋敷でアーマリアと共に勉強するようになった。参考書片手に、文系科目は彼女から教えてもらい、代わりに俺が理系科目を教えるという形だ。……にしても、数学の用語が地球そのままだ。俺以外の転生者でも関わってんのか……?
にしても、十二歳はどちらかと言えば小学生、行っても中学一年生の年齢だ。地球基準ではあるが、そんな子供に文字式とか三平方の定理とかを使わせるのってなかなか鬼畜なのでは……?
「……思ったよりもシークス様って、ちゃんとお勉強ができているんですね。」
「それ馬鹿にしてんのか?」
「あ、いえ、そういうわけではなくて……。その、勝手なことなのですが。シークス様は学校に通われていなかったのではと結構前から思っておりまして。」
……まあ、確かにそう思われても仕方ない節はあるか。確かに俺は森で暮らしていたし、この世界の学校には実際通っていないし。
「……まぁ、親に読み書きだけ教わって、あとは自分でやってたんだ。」
そう答えた瞬間、彼女の表情が一瞬で悲しそうなものになった。この顔久しぶりに見た気がするぞ。
「……その、配慮の足りないことを聞いてすみませんでした。」
「いや、んなことないが……。」
ちょっと気まずい空気になんとなくバツが悪くなり、俺は頭を掻いた。こいつの勘違い、解くべきか解かぬべきか。
その後も暫く勉強を続けたのち、普段よりも少し遅い時間帯に就寝した。
「そういえばさー。」
眼鏡をかけたヴェアティが話しかけてくる。最近、この三人で勉強会をするようになった。少し外で遊んだらヴェアティの家に集まってやるという感じだ。ちなみに彼女は全科目得意。眼鏡をかけているのは意識の切り替え的なものらしい。
「エルステ学園って全寮制なんだけど、全部相部屋らしいよ。」
「ふーん……。」
嫌なやつじゃなければルームメイトは誰でもいいんだよなぁ。まず受かるかどうかも分からんけど。……にしても寮か、昔憧れはあったな。
ふと、横から聞こえていた鉛筆のカリカリという音が聞こえなくなる。気になってそっちのほうを見ると、アーマリアが口を開けて固まっていた。
「シ、シークス様がどこの馬の骨かも分からぬ人物と生活空間を数年間共にする可能性があると! 今そうおっしゃいましたか?!」
「……あ? 何言ってんだお前。」
「あながち間違いじゃないけどさぁ……。」
彼女があまりにも深刻そうな、真剣そうな顔で言うものだから一瞬そうかもしれないと思ってしまったが、結局ツッコんでしまった。ヴェアティも困惑した顔を浮かべている。
「私の……私のポジションが……!」
……本当に何を言ってるんだこいつは。
「……え、もしかして二人って同じ部屋?」
「同じ部屋どころか同じベッドだな。」
今度はヴェアティが口を開けて固まった。かけていた眼鏡が顔からずり落ち、かたんと音を立てて地面に着地する。
「……ねぇ、二人とも。」
「んあ?」
「はい?」
「今日はうちに泊まらない?」
いや、突然すぎるだろ。自分でも困惑の表情が浮かんでいるのがよくわかる。
「お、お泊まりですか!」
一方アーマリアは、実質初めてであろうその経験に、目を思いっきり輝かせていた。
「そうそう。別にお屋敷に絶対いろってわけじゃないんでしょ? 夕ご飯食べたらうち来てよ。」
「うーん、でも夜は危険ですし……。」
「騎士たちに守って貰えばいいじゃん。」
「……それもそうですね! シークス様も構いませんよね?」
「……いやまあ構わんけど。」
やった、とアーマリアは嬉しそうな顔を浮かべる。一方ヴェアティは、何か企みのありそうな黒い笑みを浮かべていた。
夕食後、ヴィンド卿とアッフェル夫人からの二つ返事の承諾を貰い、俺とアーマリアは護衛を連れてヴェアティの家へと向かった。
「いーらっしゃい!」
と彼女は妙に張り切った様子で出迎えてくれた。その場で護衛とは別れ、彼女の部屋へと向かう。
「……片付けたのか。」
「まあね。せっかく泊めるんだし。」
足元に乱雑に積まれていた本やボードゲームが、ちゃんとジャンル分けされて棚や端のほうに並べられている。ちゃんと掃いたらしく、明らかに部屋は小綺麗になっていた。……なんか、怪しい。こう、友達を泊めるためだけで掃除をするような人間だろうか、彼女は。もう少し大雑把な気がする。
「色々トランプとか麻雀とか、ちゃんと綺麗にしといたから。お茶でも淹れるから、飲みながらやろうよ。」
……お茶と明言されているにも関わらず、飲みながら、と言われて脳裏にビールと柿の種が思い浮かんでしまったのは仕方ないだろう。こんな夜中に飲むというのは大抵晩酌であることが多かったし。
「んじゃ、ちょっと入れてくるから待ってね〜。」
そう言って彼女は部屋から出て行った。
「……なんか、夜なのにお屋敷にいないのはすごく新鮮ですね!」
ワクワクとした様子で、部屋を見回すアーマリア。場所が違うだけでも、彼女にとってはかなり新鮮なのだろう。
「……ま、そうだな。」
麻雀とトランプの準備でもしようと思い、立ち上がる。ボードゲームの棚へと近づくときに、なんとなく彼女の机に目線を向けた。
「……。」
何やら完全に潰れた、白い小袋が一つ。かなりの清潔感を与えるものだが、逆にその清潔感がなんとも言えない違和感を生み出していた。机の上はどうやら清掃されていないらしく、軽く汚れている。仮にこの小袋が前々からあったものなら、もう少し汚れていてもおかしくないはずだ。
「どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない。」
……まあ、そこまで気にするようなことでもないかと思い、とりあえず麻雀セットとトランプを引っ張り出した。
麻雀のセットとトランプのセットを終えたところで、ヴェアティが手にお盆を持って戻ってきた。
「おう、準備しといたぞ。」
「ん、ありがと〜。実は今日ちょっと珍しいお茶が手に入ってさ……。」
差し出されたのは、紅茶よりも濃い赤色をしたお茶。烏龍茶のような香りがする。
「緋色茶っていうらしいんだけどね〜。みんなで飲もうと思って。」
と、彼女は自分の分を手に取りながら言った。透き通った赤い水面に彼女の顔が反射する。
「……。」
手元の緋色茶を覗き込む。確かに自分の顔が映り込んだ。しかし、どこかぼやけているような、そんな感じがする。
「どうしたの?」
「……いや。飲もうか。」
違和感を感じながらも、乾杯し、一口含む。……特に毒とかは入っていないようだ。濃い烏龍茶の中に緑茶のような渋みのある、結構好みの味だ。
「あ、意外とイケる。ゲテモノ感覚で出したんだけど。」
「なんで自分でゲテモノだと思ったもの出すんですか?!」
「面白そうだから。」
こいつはそういう奴だからなぁ……。アーマリアもそれは分かっているんだろうが、どうしてもツッコまずにはいられないらしい。
「……んじゃ、麻雀でも始めようか。」
彼女の言葉に俺たちは頷くと、そのまま手牌を取り始めた。
あれから二時間ほど、麻雀とトランプに興じていた。おそらく時刻は二十時半を過ぎた頃だろうか。
「……。」
「なんだ、眠いのか?」
うとうととしてきたアーマリア。普段は二十二時ぐらいに彼女はこの状態になるのだが、それよりもかなり早い。
「あ、じゃあいいものがあるよ。」
と、彼女は少し部屋から出ると、数十秒して何かを持ってきた。
「じゃーん。最近王都で人気のやつなんだけどさ。」
そう言って、彼女は手に持っているものを床に手早く敷いた。めちゃくちゃ地球で見覚えがあるもの……敷布団だ。
「……ツモ。すみません、ちょっとお借りします……。」
そう言って彼女は最後にツモを宣言し、手牌を倒す。点数申告もないまま、彼女はベッドに潜り込んだ。
「……純正四連刻の四暗刻ってなんだよ……。」
「あははっ……ちょっと怖過ぎて笑えないかなぁ……。」
緑で彩られた、「一一一二二二三三三四四四五五」という綺麗な手牌。思わず少し引いてしまった。ヴェアティもかなり顔が引き攣っている。
「……さて。実質二人きりだね、ハナ。」
速やかに寝息を立てたアーマリアを一瞥しながら、ヴェアティは言う。何となく悪寒がした。
「……まさかとは思うが、お前薬とか盛ってねぇよな?」
今までの情報を推理して行き着いた可能性。それを言葉にして出すと、彼女はニヤリと笑みを浮かべた。
「あーちゃー。流石にバレちゃった?」
「お前……。」
「そんな怖い顔しないでよ。入れたのはただの睡眠薬。貴方が眠らなかったのはちょっと想定外だけど。」
ケロッとした様子で、彼女は補足を入れながらもあっさりと自白した。やっぱり俺にも盛られていたか……病毒無効の効果か? というか何がしたいんだよ。ちょっとやり過ぎだぞ。
「ま、ちょっとこっちおいでよ。」
ベッドに腰掛け、その隣を叩く彼女。とりあえず、彼女の指示通りにその隣に腰掛けた。
「今だっ!」
「うわっ?!」
直後、思いっきり抱きつかれる。ベッドに倒された。逃れようとしてもかなりガッチリロックしているらしく、全く動けない。
「ふふーん、今日はもう離さないからね。」
「……何がしたいんだお前。」
彼女は俺をがっつりホールドしながら、足で器用に毛布を引っ張る。そのまま俺ごと包まった。
「……だって、アーマリアと一緒に寝てるんでしょ?」
「まあ、そうだけど。」
「じゃあ、友達である私にもハナと一緒に寝る権利はあると思うんだー。」
「何で???」
何でもなの、と彼女は子供らしい返事をしてきた。何だこいつ。……不覚にも、ちょっと可愛いとは思ったが。
「……んじゃ、何で薬盛ったんだ? 言ってもらえればしてやらんこともなかったのに。」
「……直接お願いするのが恥ずかしかった。」
だーもう! 変な行動力はあるのに何でこういうのは恥ずかしがるんだよ! かわいいな!!!
「じゃあ何でアーマリアにも?」
「……口出してきそうだったから。」
……なんか、それは分かる。
「……抱き心地いいね。」
「……うるせ。」
……お茶の効能もあったのだろうか、この日はぐっすり眠れた。
その後、添い寝していた俺とヴェアティを見て、何かを勘違いしたアーマリアが少し発狂したのはまた別の話。
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