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神様の趣味に若干呆れたところで、改めて周囲を見渡してみる。そこでようやく、足元に中身の入ったナイフケースやショルダーバッグ、小さな手帳があることに気がついた。これまたご丁寧に全部黒地に赤い縁と統一されている。あの神様黒と赤が好きなのか?
「……ま、統一感がある分まだマシか。」
そんなことを呟きながら、ナイフケースの中身を取り出してみる。真っ黒な刃に赤黒い柄が特徴的な、厨二心のくすぐられる雰囲気のナイフが出てきた。造形的にはサバイバルナイフに近いだろうか。試しに振るってみると、あっという間に手に馴染んだ。
ナイフを仕舞い、次に手帳を開いてみる。最初のページから見慣れた文字……というよりガッツリ日本語で文章が書かれていた。
『まずは異世界転生おめでとう六花くん。この手帳はボクお手製のガイドブック的サムシングだから、大切に扱ってね。次のページにはボクからのアドバイス、その先のページからはスキルや魔法の使い方について書かれているから、それを参考に色々すると良い。』
これはこれはご丁寧に。ざらっと流し読みしてみたところ、おおよそ4分の3程度までびっしりと書かれたのち、以降は「日記欄」と称して空白になっているようだ。
とりあえず、1ページめくる。
『それでは、ボクからのアドバイスだ。一先ずしばらくは、近場の森を拠点にすると良いだろう。食料となる植物や小型の野生動物が生息し、魔物も弱いものばかりだ。奥に行けば川があるし、かつてその森に住んでいたらしい人間の遺した小屋もある。』
転生させてあとは頑張れという感じじゃないのは割と好感が持てる。とりあえず言われた通り近場の森にでも行こうと体を動かす。
「うっは、めっちゃ軽いぞ!」
思わず声が漏れた。信じられないくらい体が軽い。よくよく考えてみればそうだ、この体は前のものとは違う。肩凝りからも首凝りからも腰痛からも膝の痛みからも、疲労や加齢による全ての障害から解放されているのだ。正直凄く感動している。
道中、俺はずっと走ったり跳ねたりしていた。
森に着くまで100メートル以上はあったが、全力疾走しても息切れひとつしなかった。若い頃でも流石に100メートル全力疾走は疲れた記憶があるが、どうやらこの体は体力お化けらしい。それに、なんか異様にジャンプ力が高かった。某アフリカ民族並み。スキルの効果だろうか。ひとまず、落ち着ける場所に着いたらあの手帳に一通り目を通しておこう。
森の中は少し湿っていて、そこそこ涼しい。少し見上げればオレンジのような果実が実っており、食料には困らなさそうだ。遠くからはせせらぎが聞こえてくる。あの手帳にあった川のものだろう。
「ま、音の聞こえる方に行けばいいか……。」
なんか、独り言が増えた気がする。まあそれは良いだろう。とりあえず音のする方へと足を進めていく。
しばらくして視界が大きく開けると同時に、せせらぎの音源に辿り着いた。
「おお……。」
予想以上に広い川幅に、上流にある小さいながらも割と迫力のある滝。底まで見えるほど透き通った水。あまりにも綺麗すぎる川には魚がいないらしいが、本当に1匹もいない。少なくとも体を洗ったり、飲み水として使う分には問題なさそうだ。まあ仮に毒があったとしても病毒無効でどうとでもなるが。それでも気持ち的には汚い水で体を洗いたくないし飲みたくもないに決まっている。
一口水を含み、口の中で少しもごもごした後に飲み込む。うん、味的にも問題はなさそうだ。
「……ここなら少し落ち着けそうだな。」
木に寄りかかって、バッグから手帳を取り出す。ざっと目を通しながらページをめくっていく。魔法の属性や種類、消費魔力量だとかを懇切丁寧に書いてくれているようだ。スキルも似たような感じだが、こちらは消費魔力量の欄が削除され、代わりに発動時の効果が書かれている。
「……ステータス欄か。」
そして日記欄の1ページ前。魔法やスキルの説明がなくなり、代わりに数字が多く散見されるページがあった。数カ所に区切られているらしい。
姓名: ハナ・シークス
性別: 女
年齢: 11
種族: 人間
体力: 20,000
魔力: 5,000
まず最初の区切りはここまで。この姓名、六花→シックス・ハナ→シークス・ハナ→ハナ・シークスってことだろ。まあ異世界風にしてくれたのだろうと思うことにする。そして年齢……実年齢より30以上低い。間違いなく今後どっかしらで支障が出てくる気がする。最後に体力と魔力だが……いかんせん数値化されても多いのか少ないのか。それに体力がHPとスタミナのどちらを指すのかが分からん。体感的にはスタミナな気がするが。
戦闘スキル
ナイフ術Lv.3 弓術Lv.3
魔法スキル
光魔法 闇魔法 音魔法
耐性スキル
病毒無効 性感無効 精神苦痛耐性Lv.7
体術スキル
跳躍Lv.5 疾走Lv.5
特殊スキル
超回復Lv.5
次の区切りまでがこれ。なるほど、謎にジャンプ力が高かったのも頷ける。というか性感無効ってなんだよ。いや名前からしてわかるからこれ以上追求しないけど。
……気を取り直して。この魔法スキル、多分使える魔法の属性を示しているのだろう。ラノベだと全属性使えます的なのが多かったが、そこは甘くないようだ。だが闇、光、音という組み合わせ、なんとなくあの神の趣味が出ているような気がする。
ナイフ術、弓術は転生特典のものだろう。前の人生では刃物は包丁とカッターナイフ、あとハサミぐらいしか持ったことがなかったし。弓はそもそも触ったことさえない。妙にあのナイフが手に馴染んだのもスキルのおかげだろうか。
加護
生と死の神リーフェの加護
そして最後の区切り。加護については説明が何もないしよく分からん。持っていればなんかいいことでもあるんだろうか。
とまあ、ざっとこんなものだろうか。一息ついて手帳を閉じたところで、日が少し傾いていることに気がついた。そういえば、手帳に「小屋がある」って書いてあったな……。探してみるか。
「うーん……。」
思わず声が漏れる。一応目的である小屋はすぐに見つけることができたのだ。川からあまり離れておらず、地面はあまり凸凹していない。立地的にはかなり良い。しかし……。
「肝心の建物がこれじゃあ、なぁ……。」
ツタが建物全体を覆うレベルにまで伸び散らかしており、さらに煙突から侵入したツタが窓をこじ開けて小屋の中からもその腕を伸ばしている。ドアは蝶番ごとぶっ壊れているらしく、ドアフレームの前で寝そべっていた。
深くため息をついて、腰に下げたナイフケースからナイフを取り出す。面倒臭いが、野宿はしたくない。そのためには最低でもこの小屋の中を片付ける必要がある。ナイフの切れ味がどれほどのものかは知らないが、少なくとも蔦ぐらいは切れるだろう。素手で引きちぎるよりかは効率的なはずだ。
俺は、小屋の中に足を踏み入れた。
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