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「……なるほど。」
ヴェアティからの説明を受けて、ようやく理解した。あの男……ヴァイスはヴェアティとの交渉により、仲間を裏切ることにした。そして、さっきは彼女の拘束を解くために苦戦していた……と。
「にしても、ハナって見た目に似合わず結構動けるんだね。」
自由になった両手を何度も握りながら、意外そうな顔を浮かべるヴェアティ。まあ言われてみれば、我ながらかなり華奢な方だ。とても動けるようには見えないだろう。
「……元とはいえ騎士なんだぞ……」
一方ヴァイスは、元騎士というプライドを傷付けられたせいかなんかブツブツ呟いていた。ごめんって。ちなみに結局彼がヴェアティの縄を解いた。
「ハナ単独で助けに来たわけじゃ無いんでしょ? 誰が来てるの?」
「ああ、ヘンドラー家にいる騎士どもだ。」
「ふーん。じゃあなんで来たの?」
「いや、そりゃお前を助けるためだろ。」
「それは分かってるけど、そうじゃなくて。」
小説のテンプレだと、「なんで私なんかを……」みたいなセリフでも言っているんだろうが、こいつがそんな言葉発するわけないよな……。
「なんでハナがわざわざ来たの? 騎士に任せれば良かったのに。」
「そりゃお前、心配だったからに決まってるだろ。」
こいつはかなり聡いから、嘘偽りない言葉を返す。隠す理由も無いしな。でもなんか恥ずかしい。
「ふーん。」
ヴェアティは特に興味も無さげに、自身の手のひらを眺めている。まだ麻痺が残ってるのだろうか。というか自分から聞いてきたのに反応薄すぎるだろ。せめて嘲笑ってくれたりした方が気持ち的には楽というか……。
「っていうかほら、とっととこんな所出るぞ。外で他の奴らが待ってるし。」
彼女の腕を掴み、立ち上がらせようとする。しかしどういうわけか彼女は全く動こうとしない。全く顔を上げようとしないし、その手も岩のように動かない。
「おい、何して……。」
そこでようやく、彼女の耳が真っ赤になっていることに気がついた。己の口角が上がるのが分かる。
「なーんだ照れてんのかよお前~!」
「……うるさい。」
自分がニヤついてるのはすぐに自覚できた。見て見ぬふりをしてやるほど関係も遠くない。すぐにいじってやる。
「んんっ、早く出よう! ヴァイスもそこでグチグチ言ってないでさ!」
わざとらしい咳をして、俺から顔を背けながら立ち上がるヴェアティ。あまりにも露骨な彼女に、ニヤつきが抑えられなかった。ヴァイスは深くため息をつき、立ち上がる。この地下牢の出口へと向かった。
事情を知らないアダムとドミニクが、危うくヴァイスと戦闘になりかけるというアクシデントこそあったものの、なんとか作戦目標を達成することができた。
「……よし、こいつで最後だ。」
ドミニクが最後の男を縄で縛り上げ、その上で別の騎士が回復魔法をかける。頭の傷が見る見るうちに塞がっていき、若干の跡を残して完治した。すごいな、回復魔法って……。適性がないのが悔やまれる。
「いやー、特に何事もなくて良かったですねぇ。」
ドミニクよ、それは現代日本ではフラグと言うのだぞ。……まあ、言っても通じないだろうけど。
「死者ゼロ、怪我人も結果的にはゼロ。カウフマン嬢も特に怪我もなく……。」
「いや、蹴られたよ。一応回復魔法お願いしたいんだけど。」
ドミニクの言葉を遮るようにして、ヴェアティが言う。咄嗟にヴァイスを睨んだ。
「違ぇよ。依頼主が蹴っ飛ばしたんだ。」
元仲間の顔を一人一人確認していた彼は、すぐにそう否定した。回復魔法を受けている最中であるヴェアティも、彼の言葉に頷く。
「そうそう。テーリッヒ……ミュラー商会の会頭にやられたんだよね。」
あっけらかんと言い放つ彼女。
「……は?」
一瞬、その言葉を聞いて呆然とした。自分の中にドス黒い感情が渦巻くのが分かる。当然ヴェアティに向けられたものではなく、テーリッヒに向けられたもの。今まで抱いたことがないその感情に、内心戸惑ってしまった。同時に、ナイフを握る手に力が籠る。
「落ち着いてよハナ~、無事終わったんだしさぁ。あとは帰るだけだよ?」
「……お前がそう言うなら。」
彼女の言でとりあえず自分の感情を抑え込む。それでもやっぱり、この感情は隠せない。ヴェアティは少し苦笑いしていた。
「……おい、本当にとっ捕まえたのはこれで全部か?」
「……ああ。」
「……二人足りない。」
アダムの肯定に対し、ヴァイスの口から不穏な一言が発せられる。
「単に逃げたとかじゃねぇのか?」
「……。」
俺の言葉に対して、ヴァイスは何も言わない。だが、冷や汗をかいているのが分かる。顔も青い。そんなにやばい奴らなんだろうか。
「お前たちはこいつらを街の衛兵の詰所まで連れて行け。恐らくは大量の余罪も出てくるはずだ。」
ドミニクの指示により、約半数の騎士たちが、縛り上げられた男たちを連れてこの場から立ち去った。
「……ふう、よし。あとはカウフマン嬢を屋敷に届ければオレたちの作戦は終了ですね。」
「うんうん、私の救出作戦ご苦労様~。」
ヴァイスの不穏な言葉が聞こえていなかったらしい二人は、少し離れたところでそんな呑気なことを言っている。そんな二人の様子を眺めながら、アダムはヴァイスに問いかけた。
「……その二人の詳細は?」
「御頭と若頭。本名は分からねぇが……下手な騎士や衛兵よりかは実力があるのは間違いねぇ。」
……正直、彼の言うことをあまり信じられない。少なくともあの男たちは戦ってみてそんなに手応えが無かった。油断もあったのだろうが、それにしてもはっきり言ってしまえば弱かった。そんな連中の集まりでトップ二人が異様に強いなんてことあり得るのだろうか? いや、それともあんな治安の悪そうな奴らを束ねられているからこそ強いのか……?
「まあ、そいつらに出会う前にとっとと退散すればいいだろ。」
「……そうだな。」
ヴァイスは若干呼吸を整えると、ゆっくりと立ち上がる。まだ冷や汗はかいているが、比較的顔色はマシになった。
「おーい、お前らも遊んでないで撤退するぞー!」
後ろでしゃがみ込んで何かしているドミニクとヴェアティに声をかける。二人して地面に何か落書きしていたらしい。具体的には炎を吐いているドラゴン。……もしかしてこの世界ってドラゴンがいるのか?
「いやー、ドミニクって結構絵心あるんだね。」
「カウフマン嬢こそ中々じゃないですか。」
なんか仲良くなってるし。親しみやすい印象が確かにあるドミニクと、コミュ強なヴェアティだからまあ頷けるか……。
「んじゃヴァイス、道中の護衛よろしくね。」
「……了解。」
全員の準備が整ったところで、開け放たれた正門へと向かう。ここから出れば後はもう楽だ。まっすくカウフマン商会本館まで戻ればいい。ただそれだけだ。
「貴様ら、儂の屋敷で何をしている!」
ふと、そんな声が聞こえてくる。正門の方に立っているのは、えらく金のかかっていそうな趣味の悪い服装をした男。明らかに怒りの籠った声色と表情で、こちらに唾を飛ばす。
「……依頼主。」
小さな声で、ヴァイスが呟いた。彼と騎士たちはすぐに剣を構え、臨戦態勢を取る。
ああそうか、こいつがテーリッヒ・ミュラーとやらか。ナイフを握る手に、力が籠った。
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