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13.5 ヴェアティ視点

 初めて友達が出来た。しかも二人。黒くて少し声の低い女の子ことハナ。ふわふわした金髪の、お貴族の娘さんことアーマリア。それが私の初めての友達。


 健啖家なアーマリアの胃袋に振り回されたり、ハナの遠慮のない言動に振り回されたり。あと、私の悪戯で振り回したり。互いに振り回しては振り回されるそんな関係だけど、それが凄く楽しい。何の気無しにあの日外に出たお陰で、あれから毎日がすごく楽しい。


「ローン、平和のみ1000点!」


「あー! 一位だからってそりゃないよ!」


 ……まあ今のにはちょっとイラついたけどね? 逃げ切り勝ちだからってそりゃないよ。


「ドラいっぱいでしたのに……。」


 そう開かれた彼女の手牌には、三枚の赤ドラと六枚の表ドラがあった。……うん、こっちに打つよりかは遥かに良かったかもしれない。


 まあ、なんだかんだで三人で楽しく麻雀を打ちながら時間が過ぎていく。そしてオーラス、アーマリアの親番。


「……ツモ! 天和九蓮宝燈、32000オールです!」


 ……点棒を渡す手が震えていたのをよく覚えている。あの子、運良すぎじゃない?






「んじゃ、バイバーイ!」


 商会の本館近くで彼女たちと別れる。今日は凄く楽しい一日だった。初めて友達を部屋に呼んで、初めて友達とゲームをして。同い年ぐらいの子ならもう既に経験してそうなことだけど、それが本当に楽しかった。


 ……同時に、なるべく外に出ようとしなかったことを初めて後悔した。自分から望んでしたことなのに。


「……たまには、勉強しなくてもいいんだよね。」


 今日はただ、この余韻に浸っていたかった。戻ったら何をしよう。トランプにも一人遊び用のゲームがあるらしいからそれでもしようかな。いや、暇すぎて結局勉強しちゃうかもしれない……。


 そんなことを考えていたせいだろう。後ろにある気配に全く気が付かなかった。


「……っ!?」


 急に後頭部に走った、あまりにも鈍い痛み。脳みそが一気に揺さぶられて、全身の力が抜けた。少し土っぽい、冷たい地面の感覚を感じる。


「おい、もう少し手加減しとけよ。依頼は生きたままだろうが。」


「こういうのは少し強めにやったほうが変なタイミングで起きねぇんだよ。いいから手足縛っとけ。」


 曖昧になっていく意識の中で、そんな男たちの会話と、馬車が近づいてくる音が聞こえた。


 ああ、私は誘拐されるんだね。






 ……どこか遠いところに行ってた意識が、徐々に戻ってきた。石特有の冷たさを感じながら、まだ痛い後頭部をさすりながら重い体を起こす。そこで気がついたけど、どうやら両手両足が縄で縛られているらしい。さっきまで芋虫みたいな体勢してた。


「……おい、目を覚ましたぞ。」


 男の声がしたかと思えば、足音と扉の開閉音が聞こえてきた。そっちの方に目線を向けると、鉄格子が視界に入った。壁に立てかけられた松明だけが光源で、鉄格子越しには換気口と扉が見える。あと監視役らしい鎧姿の男が一人、近くの木箱に腰掛けていた。鎧も剣も、そこそこ良いもののように思える。


「……。」


 とりあえず軽く睨んでおく。特に意に介さない様子だ。


 少しして、扉の奥から二人ぐらいの足音が聞こえてくる。すぐに扉が開かれ、趣味の悪い、金のかかった格好をした男と、ガタイのいい男が入ってきた。


「やあやあ、初めましてフェカウヘンの娘よ。」


 汚い笑みを浮かべながら牢屋の中に入ってくる男。特に何も答えないでいると、彼が思い出したかのように口を開いた。


「ああ、自己紹介が遅れた。儂はテーリッヒ・ミュラー。ミュラー商会の現会頭だ。」


「へー。あのミュラー商会?」


 私の言葉を聞いて、少し機嫌良さそうにテーリッヒはこっちに問いかけてくる。


「おやおや、ご存知か。」


「もちろん知ってるよ。」


 自分でも嫌な笑みを浮かべているのがわかった。


「昔の古臭い慣習や常識に未だに執着し続けている、いつ解散するかも分からないような零細商会だってね!」


「っ! 貴様ァ!」


 テーリッヒが顔を真っ赤にしたかと思ったその時、思いっきり腹を蹴り飛ばされた。


「恩知らずの貴様の親父がっ! 儂の商会をっ! ここまで追いやったのだろうがっ!」


 何度も顔を踏みつけられ、カウフマン商会……というよりお父さんへの恨みをぶちまけられる。あーもう、痛いな。私には関係ないのに。


「……ふんっ! 交渉材料だからな、ここまでにしておいてやる。次余計なことを言ってみろ、目玉の一個無くなると思え!」


 最後に一発腹に蹴りを入れると、そのままテーリッヒたちは立ち去っていった。……本当に痛い。


「……。」


 二人の男の後ろ姿に対し、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる監視役の男。お、もしかしたらワンチャン交渉できるかもしれない。でもいままで交渉らしい交渉をしたことがなかったしなぁ……。


 結局話しかける勇気が湧かなくて、気がつけば数十分経っていた。うーん、でもやってみなきゃ分かんないか。当たって砕けろだ!


「ねぇ、ちょっと痺れてきたから縄緩めて欲しいんだけど!」


 なんとか緊張を隠しながら、男に声をかけてみる。ちらり、と彼はこっちを見た。


「……無理だって分かって言ってるだろ。」


「あ、バレた?」


 まあ、お仕事上そんなことは出来ないよね。いやでも本当に痺れてきたんだけどなぁ。どんだけキツく結んだんだろ。


「んー、じゃあなんかお話ししようよ。縛られてるから暇つぶしもできなくてさ。」


「……そんぐらいなら。」


 お、やっぱり交渉の余地ありか。仕事上、本来は相手に情が湧くようなことはしちゃダメなはずだしねぇ。会話なんてその最たる例。相手のことを知れば知るほど情は湧いちゃうから。まあ仕事意識が低いだけの可能性もあるけど。


「じゃあ早速聞くけど。それ、随分と良さそうな鎧と剣だよね。どこでそんなの手に入れたの?」


 お話しといっても、ぶっちゃけなにか話題があるわけでもない。だから初手からこういうのをぶち込んでいくしかないんだよね。


「……。」


 男は明らかに目線を逸らした。いや答えてよ、お話しできるって言ったのはそっちじゃん。にしても、姿勢がいいなこいつ。鎧といい剣といい姿勢といい、上半身だけ見ればまるで……。


「ああ、もしかして騎士?」


「……元な。」


 予想的中。


「元? どうして騎士辞めちゃったのさ、給与はいいはずだけど。」


 私の問いかけに対して、男は深くため息をついた。そして鎧を脱ぎ出す。


「……これを見れば分かるか?」


 そう言って、彼は自分の腕を見せた。右の肩から手首にかけて走る切り傷の跡。深くやられたらしく、その部分の皮膚があからさまに白かった。


「ふーん。ここ十数年戦争は起きてないって聞くけど?」


「……そこまで聡いなら分かんだろ。」


 彼はこっちを睨みながら、鎧を着直す。まあ、少なくとも戦いでああなるはずがない。さっき言ったようにここ十数年戦争なんて起きてないからね。となれば……同僚か、先輩か、もしくは後輩か。どれかはわからないけど、おそらく仲間に、しかもわざとやられたんだろう。可哀想に。


「ところでさ。」


「……なんだよ。」


 さて、いい感じに会話をしたところで爆弾をぶち込もう。


「さっきの様子から察するに、今の仕事あんまり好きじゃないでしょ。」


「っ……。」


 男は一瞬だけ、目を見開いた。分かりやすい反応をしてくれるなぁ。


「どうして今の仕事が嫌い?」


「……あいつらは、無法者すぎるんだよ。」


 顔を逸らしながら話す。


「強盗、殺人、強姦。金さえ積まれれば、なんの躊躇もなしにやっちまうんだ。それが気に食わねぇ。」


「じゃあ、なんで今の仕事に就いてるの?」


「……騎士をやめさせられてから日雇いの仕事で食い繋いでいたところを、アイツらに雇われたんだ。これでもまだ素人以上に剣は振るえるんでな、それを買われた。」


「今の仕事、辞めたい?」


「……辞めれるなら辞めたいさ。でもよ、また日雇いで食い繋ぐ毎日には戻りたくねぇんだよ。」


 なるほどなるほど……結構色々答えてくれたし、そろそろやるとしますか。


「じゃあ、私と交渉しない?」


「……交渉だと?」


 よっし食いついた。


「そう、交渉。私をここから出してよ。代わりに、貴方に安定した仕事を斡旋してあげる。」


「……それが本当ならいいんだけどな。お前の要望は今この場で遂行できるけどよ、お前の出した対価は今すぐこの場で支払えるって代物じゃねぇ。お前が裏切る可能性も十分にある。」


 おおっと、思った以上に彼はちゃんとしていたみたいだねぇ。二つ返事でOK貰えるって思ってたんだけどなぁ……。


「……じゃあ分かった、うちで雇うよ。お父さんには私から言うし、その場には貴方も同行させる。私が裏切るようならすぐに制裁を加えられるでしょ?」


「……。」


 無言でこっちを見つめてくる男。沈黙の時間が長く感じた。


「……分かった。商人の娘という信用に賭けてやる。信頼はしねぇがな。」


 よっし、生まれて初めての交渉成功。こういうのって緊張するけど、結構楽しいなぁ。


「うんうん、じゃあ交渉成立だね。名前は?」


「……ヴァイス・シュミット。」


「よし。私はヴェアティ・カウフマン、よろしくね。んじゃ早速だけど拘束解いてくれない?」


 ヴァイスは懐から鍵を取り出し、檻の扉を開ける。そのまま芋虫状態の私に近づいてきた。


「……あ、実は嘘でしたーって襲ってこないでよ?!」


「ガキには興味ねぇよ。」


 なんかはっきりと言われるとそれはそれですごく腹立つ。いやまあそっちの方がありがたいんだけどさ。


 彼はまず、私の足のロープを解こうと手を動かし始める。でも結構雑で、めっちゃ体が揺れた。


「乱暴だなぁ、もう少し優しくしてよ!」


「あいつら思った以上にガチガチに縛ってるな?!」


 彼が解くのに苦戦している間に、くるぶし同士がくっついて、そのまま互いを押し付けあい始めた。何これめっちゃ痛いんだけど!


「痛い痛い! 痛いそれ!」


「うるせぇな、大人しくしてろ!」


 そんな会話をしていると、急に扉の方から物音が聞こえた。十字の切れ込みが入ったかと思うと、そのまま扉が大きな音を立てて吹き飛ばされた。


「ヴェアティ!」


「……ハナ!?」


 腰まで伸びた綺麗な黒髪に、金と黒のオッドアイ。見覚えのある女の子がそこに立っていた。次の瞬間ヴァイスが蹴り飛ばされたかと思えば、彼は綺麗に関節を極められていた。


「ストップストップ! その人味方だから!」


 少し呆然としたが、我に帰って慌てて彼女を止める。「えっ?」って感じの表情がちょっと面白かった。

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