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「娘から話は聞いているよ。とりあえず座りなさい、食事が冷めてしまう。」


 促されるままに、彼の前の席に座る。あーもうなんか緊張するな……。隣にはアーマリアが座った。他の席には彼の妻の他にもラインハルトやドミニク、あと二人のメイドが着座していた。目の前には柔らかそうなパン、黄金色のスープ、サラダが並べられている。思ったよりも質素な食事だなぁ。


「では、いただくとしよう。」


 彼の言葉と共に、食事が始まった。とりあえず貴族様の手前であるから、ある程度はテーブルマナーは守らねば。……うっわ久しぶりにパンとか食べたな。フカフカで、小麦の香りがする。


「あらあら、上品ね。」


 感心したような声でアッフェル夫人が言った。読んでてよかったテーブルマナーの本。読んだのが昔すぎてうろ覚えだったけど。


「……。」


 意外そうな顔でアーマリアがこっちを見てくる。いやまあ、いつもだったら姿勢悪くて口いっぱいにモノ突っ込んでるし食べ方も雑だけどさ。


「そんなに堅苦しくなくて良いのだぞ?」


「いえ、私はあくまでも客人ですから。」


 ヴィンド卿の言葉はありがたいが、こちらにも面子というものがある。先ほども述べたように、流石に貴族の前で普段の無礼な食事を見せるわけにはいかないのだ。


「……ふむ、そうか。」


 こちらの心情も理解してくれたのだろう、すぐにヴィンド卿は引き下がってくれた。


 食事が終わり、程よくお腹いっぱいになった頃。メイドの二人は皿を回収していき、洗い物をしにキッチンへと向かっていく。ラインハルトはドミニクに一言断りを入れ、彼女らを手伝いに行った。今この空間にいるのは俺とアーマリア、ヴィンド卿にアッフェル夫人、あとドミニクになる。


「さて。せっかくならば世間話とでもいきたいのだが……事情が事情であるからな。」


 ちらりと俺を見たヴィンド。まあ森に住んでた奴と世間話とか、何を話せばいいんだってなるしな。世間が違いすぎる。


「まず、私たちの娘を助けてくれてありがとう。アーマリアには悪いが、この子は運動が苦手でな……。君がいなければ今頃どうなっていたことか。」


「いえいえ……。放っておけなかっただけですよ。」


 横で紅茶を飲んでいたアーマリアが、少しニヤニヤしながら口を開いた。


「今じゃ、私がシークス様のことを放っておけないですけどね?」


 待て、何を言うつもりだ貴様。


「アーマリア、どういうことかしら?」


「ふふ、実は……。」


 アッフェル夫人の問いかけに答えるため、彼女は俺の色々とだらしない部分を次々と語り出した。ええいやめろぉ! でも人様の家だから下手に実力行使できない!


 結局、彼女に全部語らせてしまった。


「はっはっは! 確かにそれは放っておけないな!」


 ヴィンド卿が豪快に笑い、その横でアッフェル夫人が口に手を添えて上品に笑う。ドミニクはニヤニヤと笑みを浮かべているし、アーマリアは何か勝ち誇ったような顔をしている。あーもう本当に顔が熱い。でも同時に、彼女が俺のことをしっかりと見てくれているのを、嬉しく感じてしまっている自分がいた。


「……本当に、お嬢はシークス嬢のことが好きなんですねぇ。」


 ひとしきり笑ったドミニクが穏やかな顔をしながらそう言うと、少しだけアーマリアは顔を赤くした。


「ま、まあ? 初めてできた友達なわけですし。……好きじゃないわけがありません。」


 ……なんでこいつこういうところは素直なの? 余計顔熱いんだけど。頭から煙出てるよ多分。


「……うぉっほん! 話が大きく逸れてるので戻しましょう!」


 わざとらしく咳をして仕切り直しを試みる。ヴィンド卿は笑いながら頷いた。あーもう、まだ顔熱い……。


「さて、君には娘を助けてもらった恩があるわけだ。そこで提案なんだが。私たちと共に、暫くここに滞在してくれないだろうか?」


「「え?」」


 その提案に、俺とアーマリアは同時に声を漏らした。彼女の様子を見るに、どうやらそのことは彼女に伝えられていないらしかった。


「衣食住は私たちが提供しよう。それが私たちの恩返しだ。悪い話ではあるまい。」


「い、いや。もうアーマリアと騎士たちに恩返しはして貰いましたから、別に……。」


「娘は"助けてもらった"恩返しをしたのだろう? 私たちは、"娘を助けてもらった"恩返しをしたいのだよ。」


 うーん言葉の使い分けが上手いなこの人。さすが貴族といったところだろうか。


「それに、これはアーマリアのためでもある。」


「私のため……ですか?」


 こくり、とヴィンド卿は頷いた。


「私たちはあと数ヶ月もすればこの街を出ていくことになる。お前とシークス君は長く別れることになるのはわかるな。」


「……はい。」


「だからせめて、お前とシークス君には多くの思い出を作って貰いたい。もっと多くの時間を一緒に過ごして欲しいんだ。」


 優しい声色で、アーマリアに語りかけるヴィンド卿。


「……。」


 ちらり、とアーマリアは俺を見た。期待と不安が入り混じったような、そんな顔をしていた。俺の返事ひとつで、顔色が大きく変わってしまうのがわかる。


「……はぁ……。」


 深くため息をついて、口を開く。


「分かりました。暫くよろしくお願いします。」


 あんな顔されたら、断るわけにはいかないだろ。まあそれとは別に全部バラしたことは許さんけど。


「!」


 一瞬でアーマリアの顔が喜色に染まるのがわかった。深く頷くヴィンド卿に、優しい眼差しで俺たちを見てくるアッフェル夫人。ドミニクはなんか何度も頷いていた。


 まあ、ということで今日から俺の新生活が始まることになった。






 せっかくだから街を見てこいと、ヴィンド卿とアッフェル夫人に外に出された。アーマリアが街の案内役として色々教えてくれるらしい。


「〜♪」


 そんなアーマリアは、機嫌良さそうに鼻歌を歌っていた。


「まさか、あんな提案をされるなんてな。」


「ええ。本当に驚きましたけど、でも嬉しいです。」


 まあ、それは俺もだ。突然の提案ではあったが、彼女と一緒にいれるというのは正直嬉しいことだ。


「……ところで一個聞きたいんだが、なんであんなに俺の恥をバラしたんだ? ガチで恥ずかしかったんだぞこちとら。」


 本当にこれは不思議に思っていた。訳もなく彼女がバラすとは思えないが、それにしても相応の理由がないと許せない。


「あ……、えーと……。」


 どう言うわけか少し顔を赤くするアーマリア。言い辛そうに少し目線を動かすと、ゆっくりと口を開く。


「……その、シークス様が緊張していましたので。緊張をほぐす方法が、あれしか思いつかなかったのです。」


 少し小声になりながらも彼女は答えた。予想外の答えに、一瞬思考が止まる。


「……はぁ。いや、まあ確かに緊張は吹っ飛んだけどよ。」


 思わずため息をついた。まあ、肩どころか全身から力が抜けたのだから効果覿面ではあったのだろう。緊張がほぐれたというよりかは恥ずかしさで全部吹っ飛んだという方が正しい気はするが。


「すみません……。」


「ま、でもありがとな。」


 少なくとも、彼女は俺のことを想って行動してくれた訳だし。その心遣いに感謝するべきだろう。


「そういや、あのドヤ顔はなんだったんだ?」


「あ、シークス様。あそこに串焼きの屋台がありますよ!」


「おい。」


「早く行きましょう!」


 うーん露骨な逸らし。さっきの言葉は本当なのだろうが、風呂での揶揄いじゃまだ復讐したりなかったのだろう。結構根に持つタイプなんだな……。


「……はぁ。おーい待てよー!」


 ため息をつき、彼女の後を追いかける。せっかくだ、初めての異世界の街を楽しもう。

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