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目覚めて少しした後、アーマリアにお風呂に入るように勧められた。
「……いや、でかすぎんだろ。」
視界に飛び込んできた光景に、思わずそう突っ込んだ。いやまあ結構広い脱衣所がある時点で薄々勘付いてはいたけど。ちょっといいお値段の銭湯ぐらいあるだろコレ。にしても、シャワーとかどうすればいいんだろ。流石にそのまま入るのは前世の感覚が許してくれないし。
とりあえず、シャワースペース的なところがあったので、小さな桶を椅子代わりにしてその前に腰かける。シャワーヘッド的なものはない。代わりに、紫色の宝石みたいなのが置いてあった。
「うおっと?!」
気になって手に取ってみると、その宝石からなんかお湯が飛び出してきた。思わず仰け反った結果そのまま倒れて思いっ切り頭を打った。痛い。頭を擦りながら改めて宝石を手に取る。どうやらこれがシャワーの代わりらしい。
「どうなってんだこりゃ……?」
持ち続ければ持ち続けるほど、なんか体から引き抜かれていく感覚がする。これ魔法使ってるときと似てるな。魔石的なサムシングか? 面白いな。とりあえず石鹸で体を洗い、泡を流した。
「あ~……極楽だ……。」
久しぶりに温かい風呂に入った。今までの入浴は川での水浴びだったからな……。頭の上にタオルを載せながら、肩までがっつりと湯に沈める。このままずっと浸かっていたい。
ふと、風呂の扉が開け放たれる。
「シークス様、湯加減はいかがでしょう?」
アーマリアだ。しかも裸。いやまあ風呂だから裸じゃない方が普通におかしいんだけど。シャワーを浴び、こちらへと近づいてくるアーマリアを呆然と眺めた後、自分の顔が熱くなっていることに気が付いた。
「……俺もう上がるわ。」
「えぇ? まだ入ってから数分も経っていないでしょう。もうちょっといましょうよ。」
ええい離せ。普通に中身は男だからなんか恥ずかしいんじゃい。というかこいつ結構力強いな、びくともしないんだけど。
結局諦めて大人しく入ることにした。でも視線はなるべく逸らしておく。
「……にしても、シークス様って髪の毛本当に長いですよね。」
「ああ……特に切る機会も無かったからな。」
というか髪切るのってめんどくさいんだよな。自分でやったらなんか取返しのつかないことになりそうだし。ていうかこれ髪まとめた方がよかったな。がっつり湯に沈んでら。
「でもこのまま切らなくていいと私は思いますけどね。すごく似合ってますし。」
「そうか?」
「あ、でも短くてもいいかも……。ポニーテールも……。うーん……。」
なんか首傾げて唸ってるんだけどこの人。もしかしてそのうち俺着せ替え人形とかにされる? その後もしばらく唸っていたが、なんか決まったようで小さく「よし」とつぶやいていた。これそのうち着せ替え人形かなんかにされるな俺。確定したわ。
「ところでシークス様。」
「?」
「シークス様って寂しがり屋なんですか?」
なにも口に含んでないのにちょっと吹きかけた。
「私と久しぶりに会ったときに"寂しかった"って言ってましたし。実際どうなのかなと思いまして。」
「……まあ、最近自覚したけどそうらしい。」
ここは素直に言っておこう。わざわざ隠す意味もないし。ちょっと恥ずかしいけど。
「へぇ……。」
なんとなく彼女のほうに目線を向けてみる。なんかすごくニコニコしてるんだけどこの人。
「つまり、私がいなくなって寂しかったんですね?」
「……。」
表情を悪戯っぽい笑みに変えて、俺の真意を確かめてくる彼女。のぼせたわけでもないのに顔も耳も熱くなった。こいつ、いつの間にこんな術を……。答えないでいると、頭に手が載せられた。そのまま撫でられる。
「ふふ、これでこの前の仕返しは完了ですね。」
……やられた。騎士ご一行の目の前で頭を撫でられた挙句からかわれたことを相当根に持っていたらしい。
風呂に入ってさっぱりした後、せっかくなのでもう少し話そうと居間に連れてこられた。高そうなシャンデリアが天井から吊るされ、その下に大きめのテーブルが置かれている。その周囲には椅子が八脚ほど。あとはキッチンやトイレに繋がる通路があるくらいだろうか。
「……ところでよ、なんで俺はこの屋敷にいるんだ? 運ばれてきたっていうのは分かるんだが。」
アーマリアの淹れた紅茶を飲みながら、彼女に問いかける。ちなみに紅茶を啜るのはマナー違反らしい。
「あぁ……。実はシークス様のことをお父様とお母様に話したときのことなんですけど……」
と、彼女は詳細を教えてくれた。俺のことを両親に話したところ、「感謝の言葉を伝えたい」ということで直接俺のところへ行こうとしたらしい。だが騎士とアーマリアは、万が一のことがあったらいけないと二人を止めた。代わりとして彼女をここに連れてくるという案が出され、とりあえず可決。結果俺がここに連れてこられた……とのこと。ちなみに提案したのはドミニクなんだとか。
「迷惑だと思われたのなら謝罪します。でも、お父様とお母様は行動力の塊みたいな人たちですから仕方がなくて……。」
「まあ、あと数年すれば街に出るつもりだったからな。明日は旅行気分で過ごすさ。」
「でしたら、明日は食べ歩きなんて如何でしょう。この街ゲールツはグルメの街だなんて言われるくらい、食文化が盛んですから。」
「おおそりゃ楽しみだ。」
もしかしたら久しぶりに塩を食べられるかもしれない。にしても今更ながら、塩も取らずによく一年も生きてたな、俺。
「ふぁ……。少し、眠くなってきました。先ほどまで寝ていましたのにね。」
口元を手で隠しながらあくびをするアーマリア。そうか、もうそんな時間か。
「んじゃ、そろそろ寝るか。」
正直、そんなに眠くはない。ただまあ、明日の活動時間を増やすためにも今日はもう横になったほうがいいだろう。
アーマリアと共に洗面台の方へといき、何かの動物の毛が使われた歯ブラシで歯を磨く。そして俺と彼女は部屋の前で一度別れる……と思ったのだが。
「……あれ、もしかして同じ部屋っすか?」
「ええ、そうですわね。このお屋敷、部屋数は多いのですけれども、その多くが騎士と使用人のお部屋になっています。なのでまあ仕方ありませんよね。」
なんか嬉しそうだなお前、めっちゃニコニコじゃん。いやまあぶっちゃけ俺も嬉しいけどさ……。……あれ、この発言をおっさんがするのは不味いか?
「では、おやすみなさい。」
「ん、おやすみ。」
久しぶりの彼女との同衾は、なんか恥ずかしかった。
「おはようございますシークス様、今日も良い天気ですよ!」
「……ん。」
懐かしく感じるこの感覚。朝が苦手な俺を、アーマリアがこうして起こしてくれる。ただ今回違うのは、いつものあの小屋ではなく巨大なお屋敷であるということだ。それも貴族様が使うような。
「もうお父様とお母様、それにラインハルトやドミニクはもう起きているみたいですよ。朝食の準備も出来てるみたいなので、一緒に行きましょう?」
なんでそんな詳しいんだと思ったが、まあそりゃ俺よりも早起きしてるからか……。俺よりも先に起きた後、一回部屋を出た後に俺を起こすよう言われたんだろう。
「うい……。」
眠い目を擦り、重い体を引きずるようにしながら部屋を出た。少し歩いて、昨日ぶりの居間にたどり着く。見知った顔がすぐに飛び込んできた。
「数日ぶりです、シークス様。」
「また会いましたねぇ、シークス嬢。」
「……ああ、お前らか。」
金髪の騎士ラインハルトに、茶髪の騎士ドミニク。彼らが椅子に腰掛けてこちらを見ていた。そして、彼らの隣。
「初めましてになるね、シークス君。」
薄く髭を生やした、白髪混じりの茶髪に碧眼を持った、どこか武者のような雰囲気が漂う男。そしてその隣に座る、アーマリアによく似た金髪に、緑色の瞳を持った、落ち着いた雰囲気の夫人。もしかしなくても彼らは……。
「私のご両親の、ヴィンドお父様とアッフェルお母様です。」
……やっぱりか。
「……ハナ・シークスと申します。娘さんとは仲良くさせていただいております。」
深めに俺はお辞儀をする。少しだけ、二人が口角を上げたような気がした。
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