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第16話 リブラ、戦場に入る



 モーガン殿の案内で宮中を端から端まで見て回る。

 客室や応接室、大ホール、小ホール、食堂、どの部屋もぞっとするほど静かで、至るところに埃が積もっていた。

 煌びやかな金の装飾も、落ち着いた美しさの銀の皿も、何もかもがくすんでいる。かつての栄華を誇った面影は一つもない。

 まるで古ぼけたフィルムを見ているかのようだ。


 蜘蛛の巣を払いのけつつ、許されるのなら丸ごとお掃除したいわ、と一人ごちる。

 もしマリルが呼ばれていたら顔面蒼白になって気を失っていただろう。昆虫も爬虫類も大の苦手だったもの。

 幼い頃に、肩にトンボがとまっただけで「お姉さま助けてぇ」と泣きながらその場で立ち尽くしていた事もあった。懐かしい。手のかかる子ほど可愛いとは言うが、かかりすぎも考えものである。



「リブラ嬢? 何か気になった事でも?」


「え? いいえ、できたらお掃除してしまいたいなと」


「あはは。ごめんねぇ、さすがに全部屋は手が回らなくって」


「綺麗だったら逆に心配ですよ。ありがとうございます。モーガン殿ですよね? 私の部屋を整えてくださったのは」



 彼はお礼を言われるとは思ってもいなかったらしく、長い睫毛を瞬かせた。それから少し照れくさそうにまぁねと頬を掻く。



「君ほど綺麗には無理だったけど」


「そりゃあお掃除魔法で生計を立てていたのですよ? いくら大魔法使い様だとしても、簡単に真似されては立つ瀬がありません」


「はは! 確かに。まぁ、君の収集魔法って随分特殊みたいだし、多分、僕はもう真似をする事は出来ないかな」


「もう?」



 どういう意味だろう。含みのある言い方だ。通常ならば模倣できるが、何らかの事情があって模倣できなくなったともとれる。

 怪訝そうに眉を寄せる私に対し、機会があったらねと煙に巻いてすいすい先導していくモーガン殿。話す気はないらしい。まぁ、私もそれほど気になっているわけではないので別に構わないのだが。

 それよりも――。



「私は客人のつもりで案内をお願いしたわけではありませんよ」



 私の言葉に彼は足を止め、そのまましばらく立ちすくんだ。その背中から思案の影が見て取れる。やはり、のらりくらりと引き延ばして肝心な場所から遠ざけようとしていたらしい。

 この大魔法使い様、意外と過保護属性なのかもしれない。



「モーガン殿」


「分かったよ。君が見たいのはこういう場所じゃないんだろう? ついてきて」



 一度も振り返らずに彼は歩き始めた。その足取りは確かなもので、銀糸のような長髪がひらひらと宙を舞う。

 髪も、肌も、着用しているローブのような服も、全体的に白のイメージで統一された姿は、まるで神の使いのような神秘的な美しさがあるのに、彼がモーガン・アンブローズだというだけで救済の対象にはなり得ない。

 それほどまでに、彼の名とお伽噺の悪逆はこの国に根付いてしまっている。

 私なんかより、モーガン殿の方がよっぽど希望だというのに。



「一時の夢を……」



 よし、と腹に力を込めて気合を入れ直すと、小走りで彼を追いかけた。


 

* * * * * * *



 階段を下り、辿り着いたのは地下だった。

 私の身長より何倍も高い白亜の門。掘りこまれた彫刻から、この先にあるのは広大な礼拝堂だと分かった。いや、正確には礼拝堂だったもの、かもしれないが。

 気温が下がったからだけではない。扉の奥からでも伝わってくる圧が全身を刺し貫き、ぞわりと鳥肌が立った。

 ドクリ、ドクリ、と鼓動が早くなっていくのを感じる。



「それでは、戦場へご案内しましょう」



 モーガン殿は左足をすっと後ろへ下げ、恭しく頭を下げた。それはまるで地獄の門を守る死神のようにも見えた。

 ほんの少し前の私だったら何を勿体つけているのかと呆れていたかもしれないが、ここに立った今ならば彼の言葉は全て真実だと理解できる。

 生半可な気持ちでこの門をくぐることは許されない。



「お願い、します」



 私は息を整えてからそう答えた。



「僕たちは発症から経過、そして最期を知っている。だけど君にとっては何もかもが初めてだ。辛くなったらいつでも言ってね。連れ出して、慰めるくらいはしてあげられると思うから」


「案外お優しいですよね、モーガン殿って」


「僕が? ふふ、それだったら君とシーザー君限定だよ。……それじゃあ開けるね」



 モーガン殿の杖の先が扉に触れる。するとそれはゆっくりと開いた。

 隙間から漏れ出てきたのは悲痛なうめき声とすすり泣くような悲鳴、怒号にも似た指示に、慌ただしく走り回る人々の足音。たとえるなら野戦病院。

 比喩でも何でもない。

 ああ、まさしくここは戦場だったのだ――。



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