人工少女、店を営む
登場人物は2人だけです。
機械と人間の、素敵なティータイムのお話。
あなたもピリカたちと一緒に、ティータイムへ。
コン コン コン
朝の心地よい風の中、1体の少女がドアに触れる。
「おはようございます!ティープラントです。今日もお茶を淹れにきましたよー!今日はハーブ・ティーです!」
にっこりと機械仕掛けの可憐な少女が、今日も街に元気をもたらす。
「ロットナンバー ナナヒャクニジュウゴ ピリカです!」
そう。なんと私は素敵なロボットなのです。んー…。ロボットと言うか…人に近い…人形みたいな?そんな感じのただの住民。
…いや。普通の住民じゃないんだ。私は、ティープラントと言う名前の店を営む、立派な住民なのです!
今日はハーブ・ティーの日。事前に乾燥させておいたハーブがちょうど良い色になっていたから、今日はハーブ・ティーの日。
頑張って朝早くから起動したから、なんだか体がだるい。
朝からハーブを煮たからかな?…でもその分良い味に仕上がったから、結果オーライ。
ずっしりと重いバスケットを両手で持ち、家の中から声が聞こえるのを待つ私。
数秒経つと、ドタタッ! と激しく聞こえてくるのは…足音。そして___
「ピリカ! おっはよー!」
「うきゃあっ…! もう…びっくりしたよぉ…。元気ね。私以上に」
そう言いながら、私は家の中へと入って行った
「ね。今日は何? なんのお茶?!」
扉の向こう側にいたのは小さな女の子 一人__
ドタドタ!と足を大きくバタつかせ、子供のように暴れる女の子。
「今日はハーブ・ティーですっ! いやぁ〜朝から頑張ってコトコト煮たハーブだし、絶対おいしいよっ!」
「わぁーー!」
女の子はさらに盛り上がって、謎の踊りまで見せてくれる。
「はいはい。シャワー浴びて、キレイになってからよ。それまで、お茶は渡しませんから。
…中庭で集合!OK?」
「OK!…なんかお茶屋さんなのに…メイドさんみたい!」
「あなたがしっかりしてないからでしょ!」
「ギクッ!……シャワー浴びてきまーす…」
またまたドタタタッ!と激しい足音を立てて、女の子は消えた。
「…今日も元気そうで、よかったです…」
たった2人しかいない、大きな館に、私の呟きは解けていった。
中庭の中央にある木製テーブルにバスケットを置き、早速準備を始める私。
ゆっくりとカップを取り出し、二人分並べ、ミルクとシュガーを用意する。
カップに小さな網のようなものを取り付ければ、準備OK。
茶葉が入った缶の中にティーキャンディースプーンを入れ、必要な分だけ
茶葉を取り出す。あとはティーポットの中にふわりと乗せるように茶葉を入れれば、お茶の準備完了。
あとはティーポットの中に水を入れて沸騰させれば完成だ。
椅子に座って一息休憩。
ふっと漂うのは木のほんのりとした香り、鳥たちが動き始め、街に人々の行き交う声が聞こえる。
だが___この館は2人しかいない。ティータイムをしにきた私を覗くと一人。
………彼女はこんなにも広い館で___
タタタッ。
「ピリカー!お待たせー!遅くなっちゃった。大丈夫かな?」
私の暗い思考を明るい声で満たすのは_女の子。
「うん。大丈夫。ちょうど準備できたとこ…。ちゃんと洗ってきたでしょうねー?」
「え…っと。…うん!」
「本当にー?…信じます。あなたは賢くて__強い子だし」
「___?」
そんな女の子を横目に、私はお茶を作り始める。
カチャッと簡易コンロにティーポットを乗せ、火をつける。
「今日は_ハーブ・ティーだっけ?」
「うん。ティーツリーで芽生えたハーブの木が良い感じに育って」
バスケットの中にある小さな包みをそっと運び、ゆっくりと開封する。
「そして、今日のお菓子はこれ。紅茶風クッキー。うちの紅茶を使ってます」
包みの中身__それは3枚の小さなクッキー。クリーム色の中にある薄茶色が大きく目立ち、さらにほんのりと香りを立たせる。
「うわぁ…!すごい…!」
歓喜して、拍手をしてくれる女の子に、目線で感謝を伝える。
やがて、沸騰したティーポットを持ち上げ、ゆっくりとカップに入れる。
ティーポットから流れ落ちた茶葉を、カップの上の網がキャッチする。
細かい編みをするりと通り抜け流れたティーはカップの中にどんどん溜まっていく。
ギリギリまでティーで満たされたカップを、バスケットから取り出した皿にはめて、女の子に渡す。
自分用にちょっとだけティーを入れ、砂糖たっぷり。
ごちゃごちゃとした物を片付け、机の上をキレイにして、全ての準備が完了した。
私は姿勢を正し、あらためて今日のティータイムの説明をする。
「本日は、ハーブ・ティーと紅茶風クッキーです。ハーブはトワイニング・カモミールバニラを使用。名前の通り、バニラの味がふんわりとするハーブです。では__
シャーロット・フォン・リンネ様。ティープラントの味をご堪能ください」
シャーロット・フォン リンネ
それが、彼女の名前だ。女の子_リンネは貴族の人間だった。
普通に楽しく暮らしていたのは、6歳までだった__。
リンネが6歳の頃、疫病が流行しており、リンネら一族はその疫病でほとんど死んでしまった。 生き残ったのは幼いリンネのみ。リンネは別れの言葉も言えぬまま、家族と会えなくなってしまった。機械で動いている私は人間の病気にはかからない。そのため、この地域での救護者となり、住民を支えた。
その時に私とリンネは出会ったのだ。リンネは一人で一族が朽ちるのを見ていた。
あの幼い目にはなにが写っていたのだろう。彼女には__一体。
「…そうだね。ピリカ。私は…そう。貴族だったよ。もう一人になっちゃったから、貴族って言えないか。あははっ…」
空白の笑みを浮かべ、リンネは顔を俯かせる。
「__…!」
先程の私の言葉は、ティーツリーの言葉。私と…私とティーツリーの契約で必ず言わなければならないものだ。
でも…リンネの名前を言う時、彼女の暗い顔が見えた。なのに私は__。
…これは…私には人間の心がないから…?_否_。私は人間じゃないから。
「……」
いつものことだ。いつものことだけれども。いつも悩む。いつも考える。
__私は何を持って誰のために__と。
「違う…違う違う違う!私は!過去を乗り越えるって…誓ったんだ!母様と父様に…!誰もいない訳じゃない。私の心を優しく温めてくれる、ピリカがいる。こうして満たしてくれる、お茶がある。私は全てを失った訳じゃない。……そう教えてくれたのは、ピリカなんだよ」
「__っ!」
一瞬、ドクッとないはずの心臓が高鳴った。_気のせいではない。確かに。
「だって_!みんなの分まで明るくなって元気でいるのがリンネの役目!」
そして彼女は私の目を見て言った。
「ありがとう。ピリカ。__そして、私は思う。ピリカ…あなたは、人間の優しさがあるよ」
ニンゲンの__ヤサシサ。
決して人間ではない私にある、人間の優しさ。
そう言ってくれたリンネに、感謝の言葉を尽くしたのだった。
「……ぎゃーーーーっ!お茶、冷えてるーーー!?」
ホワホワとした優しい空気に、リンネの絶叫が響いた。
「えっ!嘘っ!?まさか…!?作り…直しますっ?!」
「やっ、大丈夫だよ!ピリカっ!」
「本当に…ごめんなさい」
「いいよいいよ〜っ! さ。早く席に着いて」
ガタリと古めの椅子に座り、私はリンネと目を合わす。そして__。
『いただきますっ』
私たちはそれぞれのティーカップに手を伸ばし、口元に近づける。
そして一口。
機械の私にも味覚はある。 飲んだり食べたりしたものはエネルギーへと変換される。
「…!おいしい…!って甘いね!私砂糖もなーんにも入れてないのに、こんなにもバニラの甘い味がするんだ…!これ、好き!」
「気に入ってもらえて何より。 今度、茶葉を分けるから、その時にあげるね」
「うきゃ〜っ!」
リンネはキャッキャと楽しそうに笑い、つられて私も笑顔になってしまう。
__…彼女は、あの疫病の頃から自分を置いて行ってしまった。
私たちがリンネの手を引いて、明るい未来へ突き進むことが、彼女にとって最大の支えになるだろう。
<人物説明>
・ピリカ
昔からこの街にいる頼りな少女。なんのためにここにいるのかについて深く考える。
自転車を漕ぐのが得意。
・リンネ
貴族の子だが、少々暴れっぽい性格。元気な姿の裏には、悲しい過去がある。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!