第2話:リーダーとして
荒れた道を一台のトラックが走る。生暖かい風が頬を撫で、心に重くのしかかっていく。雷電は御剣と共にトラックで配属先へ向かっている。半ば徒歩だと予測していた。だがそこまで道は荒れていないと秘田達が思ったのだろう。雷電はトラックの助手席でただ揺れていた。
「御剣さん、代わりましょうか? 」
雷電は恐る恐る声をかける。しかし彼は黙ったままハンドルを握っていた。今までの軽そうな印象をガラリと変えたように今は真剣な表情を浮かべている。
「あの……御剣さん? 」
雷電は再び声をかける。何か悪いものでも食べたかと心配になっていた。
「悪い、考え事をしていた。今はオレが運転するからしばらくしたら変わってくれよな」
彼はそういうとミラー越しにニコリと笑う。良かった。あの時の笑顔だ。雷電は急に安心したようにほっと息を吐く。
「分かりました。でも考え事をしながら運転は危ないですよ。何を考えていたのですか? 」
「まぁ大したことじゃない。ちょっと引っかかっていたことがあっただけだぞ」
「あの……何が引っかかっていたのですか? 」
雷電の問いかけに御剣は急に表情を変えた。
「何故オレがリーダーになっているんだって事だ」
そう言えばそうだ。確かに彼ならば疑問に思うところだろう。雷電は彼の疑問を解決したい思いで必死に頭を回す。
真っ先に出てくるのは南都の長である秘田書佳の独断だろう。しかしそうならばリーダーは誰であってもいいはずだ。そして昨日の秘田の声からして誰でもいいという雰囲気は全く感じなかった。
ならばなんだろうか。しばらく頭を捻り、雷電は一つの説を出す。だがこの場合御剣に確認することがあった。彼の答え次第でこの説が崩れる可能性があるのだ。
そうなるのもこの説は御剣が夢の中で出会った相手がミカエルである前提だ。アーク、ラミエル、そしてシステムの修復プログラム。昨日得た情報が線となり、一つの結論を出している。それなのに証拠が見つからず棚にあげることしか出来なかった。しかし今の御剣の悩み事が証拠になる。正直自分の案が正しいとしか思えなくなっていた。
「御剣さんを選んだ修復プログラムのコードネームってなんですか? 」
「コードネーム……あぁ、あれか。確かミカエルとかなんだとか言ってたぞ」
やはりそうか。雷電は心の中で確信すると口を開いた。
「そうですか。僕は御剣さんがリーダーに選ばれた理由がわかった気がします」
雷電はそう言いながら外を眺める。やはり自分の予想していた通りだった。Oシステムの修復プログラムは大七天使を元に作られたのだ。
雷電は無限の可能性という要素がラミエルの因子に反応して選ばれた。ならば御剣もある要素でミカエルの因子に反応して選ばれたのだろう。こちらは彼がミカエルに選ばれた要素はわからない。だがその本人ならば分かるはずだ。雷電はその事を必死に伝えた。
「なるほど……そういうことか」
話を聞き終えて御剣はぽつりと呟く。そしてため息をつくと話を続けた。
「これは他の人達にも伝えなければな。今日の夜でもみんなを集めて言ってみるか」
「そうですね。それがいいと思います」
雷電は賛同したように頷く。それと同時に御剣は運転しながら大きな欠伸をした。
「御剣さん、運転代わりましょうか? 」
「いや、大丈夫だぞ。幻夢は眠たくないのか? 」
「はい。風呂上がってすぐに寝てしまって……」
そういいながら雷電は照れる。
「羨ましいな。オレは一人っきりで色々考えてしまうからな。幻夢は確か……路月と同室だったか? 」
「はい、鍵本さんと同室です。まだ初日しか過ごしていませんが仲良くしてもらってます」
「そうか。ああ見えて優しいやつだからな。ゲームとなるとそうはいかないけどな」
「あの……戦ったことがあるのですか? 」
「あぁ。五年前だが路月とオレはe-スポーツの大会で戦ったことがあるぞ」
「えっ!? 本当ですか! 」
雷電は驚いた。五年前と言えばe-スポーツが爆発的に流行っていた頃だ。ほぼ週一で大会が開かれ、プロゲーマーが生存競争に明け暮れていた。
蠱毒の地。地獄すら生ぬるい言葉にアマチュアゲーマーはその言葉で表していた。
「本当だ。その大会はプロとアマチュアが入り交じる七戦のトーナメントだったな。オレはプロとして、路月はアマチュアとして参加していた」
御剣は運転しながら話を続ける。
「確か路月とは三回戦くらいに戦った。実況が彼の紹介をしていたことは覚えている。数少ないアマチュアの中でプロを打ち破ったとかだったな」
「鍵本さん、強かったんですね」
雷電は彼の話に聞き入る。自分が踏み入れたことの無い世界の話は貴重だった。
「実際かなり強かったぞ。プロでも充分やって行けるほどにはな。でもオレは…………危ねぇっ! 」
彼の声とほぼ同時にブレーキ音が響く。しばらくして体が前に押し出される感覚が襲う。シートベルトがなければ大変なことになっていた。
「幻夢! すまん! 大丈夫か! 」
「大丈夫です。でもどうして急ブレーキを……」
雷電は内心焦りながら答える。心を落ち着かせ、冷や汗を腕で拭ってからシートベルトを外した。
「突然女の子が飛び出して来たんだぞ。ひいてなければいいが……」
御剣はそう言いながら車から降りた。先程の出来事を反芻してみたがなにかにぶつかったような音は聞こえていない。雷電は車を降りて御剣に近づく。彼の横にいたのはこちらに怯えている三歳くらいの少女だった。