第7話:激動の日の終わり
「あっ! もうこんな時間だわ」
白百合の声に全員が時計を見つめる。
午後九時。まさかこんな時間になっているとは正直思っていなかった。ふと雷電は夕飯を食べていないことに気がつく。しかし不思議とお腹が空いていない。
「これはやばいな。秘田さん、オレ達このまま帰っていいのか? 」
御剣は慌てたような表情で秘田に訊ねる。すると彼女は考え込むような仕草をしながら口を開いた。
「いえ、今日はここで泊まっていただきます」
「えっ、帰らせてくれないんですか!? 」
雅楽が驚きの表情を顕にして叫ぶ。雷電も彼女と気持ちは同じだった。明日にはまた講義があるのだ。いや、この状況では講義どころではないだろう。あまりに疲れているのか頭から抜け落ちかけていた。
「ごめんなさいね。帰りたい気持ちは分かるけれど……これは命令だから」
彼女の言葉で場が一気にざわめき出す。
「秘田さん! 命令ってどう言うことなんですか! 」
その場を落ち着かせるように朝火が問い詰める。しかし彼女は無視するように雷電達からそっぽを向いた。
まさかこのまま黙り込むつもりなのだろうか。ふと雷電は怒っていることに気がつく。だがこの怒りをぶつける言葉が見当たらず段々と困惑に変わり始める。
「秘田さん、こちらの事情も考えてください! 説明もなしに命令に従えばいいだけだなんて……あんまりではないか! 」
「朝火さん、気持ちはわかるけど言い過ぎだよ」
朝火の口撃を止めたのは上地だった。
「秘田さんもちゃんと説明して欲しいな。このままだと誰も納得してくれないよ」
彼女の言葉で秘田は痺れを切らし、大きなため息をつくと口を開いた。
「不測の事態に備えてあなた達にいて欲しい。そんな理由でいいかしら? 」
場が一気に静まり返る。その空気に耐えきれず雷電は御剣に目を移す。内心は納得していないのか目に困惑の色が浮かんでいる。しかし口論でこれ以上時間を無駄にしたくないのだろう。彼は何も言わず黙り込んでいた。他の人見る限り似たような表情を浮かべている。
「着いてきて。部屋へ案内する」
複雑な表情を浮かべている雷電達をよそに秘田は部屋を出ていく。そんな彼女に対してただついて行くことしか出来なかった。
「雷電幻夢、鍵本路月。あなた達はこの部屋に泊まってもらうわ」
秘田に言われ、雷電と鍵本は部屋の中に入る。目に入ったのはかなり質素な部屋だった。ベッドに無機質な机と椅子。全て白に統一されており、色彩感覚が麻痺してくる。
「確か……名前は雷電幻夢だったよな」
「はい。鍵本さん、よろしくお願いします」
「あぁ。よろしくな」
鍵本はこちらを見つめ、にこやかに手を差し伸べた。雷電も思わず彼の手を握って握手する。
「さてと、今から手分けして部屋の中を見るか。幻夢は左側を頼む」
「はい、分かりました」
雷電は彼の言うとおり左側を見回す。すぐに目に付いたのは入口とは違うドアだった。開けてみると三点ユニットバスが視界に入る。ホテルで過去に見た事があるが使うのは初めてだ。トイレが使えるのを確認しようとした時、鍵本の声が聞こえた。
「幻夢、こっちに来てくれ」
雷電はすぐさま鍵本の元へ急ぐ。彼はクローゼットの前にいた。どうやら開けた後らしく二人分の服が見える。真っ白なブレザー。金色の留め金がついている白いシャツとズボン。水色のネクタイがそれぞれ三着ずつある。そして隅っこには水色のラインが入ったブーツが置かれている。サイズもピッタリで全て新品のようだ。
「幻夢、お前はなにか見つけたか? 」
「はい。見つけました」
雷電は鍵本を三点ユニットバスの方へ案内する。ふと頭の中に御剣の事が浮かぶ。彼のような高身長がこの部屋に入ると頭を打ってしまうのではないだろうか。そんな一抹の余計な不安が頭を過ぎる。
「幻夢、お前が先に風呂に入ってくれないか? 」
「は、はい。お先に失礼します」
鍵本はこちらの態度を見てクスリと笑う。
「そんなにかしこまらくてもいいぞ。オレとお前は同室でもあり……共に戦う仲間だからな」
彼の言葉に雷電はドキリとする。確かに彼の言うとおりだ。口に出されると不思議な気持ちになるのは何故だろうか。気持ちの正体は分からない。だが嫌な気持ちでは無いのは確かだ。
「そうですね。お互い頑張りましょう」
雷電はニコリと笑う。そして三点ユニットバスのある部屋へ向かった。
シャワーの水が体をゆっくりと濡らしていく。
その水は生温く感じた。だが調整の仕方が分からないのでそのままに使うしかない。しばらくしてシャワーの水を止めたあと、洗面所で鏡を見る。
そこには自分の顔が映し出されていた。黒髪をかきあげて改めて見る。自分の黒い瞳が明らかに疲れを訴えかけているのが分かった。
その目を見て急に眠気が襲ってくる。もう寝た方がいいだろう。そう思いながら急いで自身の体を拭く。
「お風呂上がりましたよ」
雷電は鍵本にそういった後に毛布にくるまる。かなり疲れていたのだろう。雷電は布団に入ると直ぐに寝てしまった。