第4話:ズュートタワーへ
「全く……幻夢は凄いな」
御剣は助手席に座りながらため息混じり呟いた。少女は泣き疲れてしまったのか彼の横で眠っている。いい夢を見ているのだろうか。頬を緩ませてすやすやと寝息を立てている。
「そんな大したことでは無いですよ」
雷電は運転席に座るとトラックを発進させる。
「そうか。だがお前のおかげであの状況を切り抜けられたからな。本当に凄いし誇っていいと思うぞ」
こんなに他人に褒められた事などあっただろうか。雷電は思わず頭の中が真っ白になる。言葉を紡ごうとしても上手くいかず、ただ黙ることしか出来なかった。
「ううん……」
どうやら少女が目を覚ましたようだ。やわやわとしたあくび混じりの声が聞こえてくる。
「ここはどこなの? どこに行くの? 」
しばらくして少女は今の状況に気がついたのか周囲をキョロキョロし始めた。雷電は運転しながらポツリと呟く。
「今から君のお母さんやお父さんを探しに行くよ」
「本当!? 」
少女の喜びの声が聞こえてくる。少しは疑いをかけてくると思っていたがそんな素振りは感じられない。雷電は彼女の純粋さに助けられた反面、強い罪悪感を覚えた。
「あぁ、幻夢の言う通りだな。それよりも君の名前はなんて言うんだ? 」
「咲那――」
少女の言葉に雷電の心臓が跳ね上がった。頭が爆発しそうな感覚と共に記憶に手がかかる。だが再び記憶の壁に阻まれた。思い出そうとすればするほど頭の外へと零れていく。
「咲那ちゃんか。いい名前だな」
御剣はにこりと笑うと咲那の頭を撫でた。
「うん、お兄ちゃん達の名前は? 」
「オレは御剣。今運転してるのは雷電だ」
素っ気ない答えが来るとは思っていなかったのだろう。少女は困惑したまま御剣をじっと見つめている。
「咲那、君のお父さんとお母さんが見つかるといいな」
「うん! 」
雷電は必死に彼女の両親の無事を祈る。これまではちっぽけな自分が祈っても無駄だと思っていた。神仏の存在を認めていない訳ではない。祈っても運命は変えることが出来ないと悲観的な自論があるからだ。それ以降、祈ることなどしないつもりだった。だが今はそのような事を忘れただ祈り続けていた。
しばらく車を走らせていると青い電波塔が見えてくる。ズュートタワーに到着する。雷電は運転しながら唾を飲み込んだ。そう言えば特殊部隊が先行している事を自衛隊の隊員から聞いていた。だがかなり近づいても人の気配を全く感じない。
「幻夢。なんかおかしいよな」
御剣も違和感を感じたのか怪訝な表情を浮かべている。ズュートタワーで一体何があったのだろうか。そう思いながら雷電は車を止めるとシートベルトを外した。
「そうですね。でも……何も無い可能性もないとは言えません。確認のためにも行きましょう」
雷電は内心嫌な予感がしていた。だが行かなければ秘田の叱責が待っている事など分かっている。何としてでも行かなければいけないのだ。そう心に言い聞かせながら車を降りる。
外に出るや否や異臭が鼻を突いた。エラーの体液とは違うどこか濃密で鉄っぽい臭いだった。
「お父さんとお母さんがここにいるの……? 」
雷電は咲那の疑問に答えなかった。彼女の両親を探しにここに来ている訳では無い。その事実を彼女には言えなかった。
それよりも異臭はどこから来ているのだろうか。このような臭いは普通ならするはずがない。雷電は嗅覚を頼りに周囲を散策する。車の近くは特に何も無かった。
だがズュートタワーへ近づくほど臭いが強くなっていく。しばらく歩いていると赤い山のようなものが目の前に立ち塞がった。
あまりにも生々しすぎて本物に思えない。だが触れることはおろか近づくことさえできなかった。
積み上がっている特殊隊員の死体の山。彼らの胸や腹は貫かれており、絶命しているのが見て取れる。
「ごめん、咲那」
雷電は即座に咲那の目を手で塞ぐ。あまりの恐怖に塞いでいる手も声も震え上がっていた。臭いが襲いかかり吐き気が込み上げてくる。
「なんなんだこれは……」
後ろを振り返ると御剣がその場に立っていた。表情を見る限り強烈な血の臭いに参っているようだ。
「お兄ちゃん。ねぇどうしたの? 」
二人の声をちゃんと聞いていたのか咲那は不安そうに訊ねる。雷電の手で視界が遮断されているが雰囲気で良くないものを見ていることが分かったのだろう。
「咲那、大丈夫だ。オレが見てくるから幻夢と咲那はここで待ってくれよな」
御剣は覚悟を決めたのか死体の山に近づいていく。しばらくして何かを拾う様な仕草をする。
「すまん、待たせたな。帰ろうか」
御剣は申し訳なさそうな顔をする。そしてこちらを押しのけるようにして現場から遠ざけた。