プロローグ
投稿不定期です。
内容に殺しが入ります。苦手な方はここでバックを推奨です。
青き湖底に焦がれ、青き天空に焦がれ
険しき山々に立ち向かい、荒々しき川へも立ち向かう
安住の地を求めて我々は、北に光る星を頼りにただただ足を進めるのみ
調子っ外れな声で元気よく歌う四人の子供は私の周りをくるくる回る。
「これが、ここに伝わる歌だよ」
鍋などの荷物を背負う少年は歌い終えると感想を求めるかのように目を覗き込んできた。きらきらと輝く瞳に私は微笑んだ。
「孤高の一族と言われるだけあってとてもかっこいいね」
ひたすら歩きどれだけ時間が経ったかも定かでない中,子供たちはそれぞれ胸に巣喰い始めた恐ろしさを少しでもかき消すためにずっと話し続けている。
ランタンを手に持ち、感覚を頼りに時折大きな石に躓く子供に手を貸す。
「そろそろ外は夜なのかな」
しっかり者のおさげが可愛らしい少女がついに言った。
外。
ジメジメした、私の持つランタンのみが光源の洞窟の中にほぼ一日ずっといる子供たちはその言葉に口を閉ざした。
洞窟の天井から滲み出る水が落ちる音がやけに大きく響く。
「お姉ちゃん、お腹すいたよ」
一番年下の子が私の袖を引っ張って小さく言った。
朝早くに洞窟に入り、村の人たちに持たせてもらった食料は朝と昼に消えてしまった。現在,食料はない状況だ。
「どこかに川でもあれば魚を獲れるんだけども」
とりあえず懐に常備している携帯食を小さく砕いてそれぞれの子供の口に含ませる。
「ほんの少ししかお腹が膨れないだろうけど。唾液でよくふやかして噛んで食べて」
私はまだ大丈夫だったので食べずに仕舞い込んだ。
子供たちは皆ありがとうと言って嬉しそうに食べる。
しかし、何故このような、一歩間違えれば子供達の命がなくなってしまうような儀式を行っているのだろうか。
それから、少し元気の出た子供たちはまた元気に話し続けた。途中,一番小さい子が足が痛くなったようで私に抱っこをせがんできたので抱き上げ、今夜の野営地を探しながらひたすら歩いた。
歩いて歩いて。
子供達の声と、時折響く洞窟の奥に住む蝙蝠の声以外聞こえない中,ふと水が優しく流れる音を耳が察知した。
「みんな。ちょっと静かにしてもらえる?」
そういえば子供たちは神妙な顔で神妙に頷くものだから、こんな場面だというのに少し吹き出してしまった。きっと、今の状況がとても悪いと子供ながら感じているこの子達なりの反応なのだろうが、おかしいものはおかしい。
緩んだ顔を厳しくさせ、じっと耳を澄ませればすぐ近くに池のようなものがあることがなんとなくわかった。
そして、その音の反響から言って、その近くに野営にぴったりの広間があることも。
そのことを告げ、今夜はそこで寝泊まりしてはどうかと言ってみれば皆賛成した。どうやらとても疲れているらしい。
今夜の寝ずの番は私一人でやることになりそうだと内心苦笑いをしていると一気に子供達の歩く速度が上がった。
「休憩だ」
「座れる」
「池があるなら魚もいるかも」
「お姉ちゃん、自分で歩くよ」
意気揚々と,洞窟に入りたての頃のように足取り軽く、鼻歌を歌いながら歩く子供達の背中を見て私も足を速める。
何故か分からないが、背中に担いでいる大剣をすぐ抜けるようにした方が良いように感じたので柄に手をかけながら、足音を殺していた。もっとも,子供達が小石を蹴散らしながら歩いていたので私一人が足音を立てずに歩いても意味がないことではあったが。
そうして、しばらく歩いて湖を見つけた。
「わあ」
子供のうち一人が歓声を上げて、キラキラと輝く湖の水を手で掬った。サラサラと指の間から溢れる綺麗な水に子供たちは歓声をあげて口に含んでは小躍りしている。
「鍋の中に水を入れておいて。私は魚を捕まえるから」
微笑ましくその風景を眺めていたが、誰かのお腹が鳴ったことでそろそろ夕食の時間であることに気づいた。
鍋を背負っていた子供が頷いて水を掬う。
近くに広間があったのでそこで待っているように伝えて私は湖に戻った。
じっと目を凝らすと湖の中心近くで魚が鱗を煌めかせて泳いでいるのが見えた。体に魔力を纏わせて優雅に泳ぐ魚はまるで自分が湖の主であるかのように堂々と泳いでいる。
私は気づかれないように空を飛び、魚の真上に来た瞬間に魔力をぶつけて魚を気絶させた。そして、手で触れないように持ち上げて手際良く締める。
結構良い感じにできたので満足げに頷いていると、少し洞窟の空気が揺れ、血の匂いが鼻についた。
魚の血かとも思ったが、魚からは生臭い匂いしかしていない。
「まさか」
私はギョッとして子供達を置いてきた広間へと引き返す。暗くてはいけないだろうと思って焚いておいた松明が私の来た勢いで揺れて地面の影が動いた。
血の匂いに混じって肉の焦げる匂いもする。
魔力で浮かせていた魚が地面に落ち、ビチャという音を立てた。
『もう一人いたのか』
口を血に濡らし、子供を咀嚼する大蛇が私を見据える。
『その魚に免じて、お前の命は見逃してやろう』
六つの黄色い目が私をジロリと見る。それぞれ独立して動く頭に顔を強張らせることしか出来なかった。
「あなたは」
掠れた声しか出てこなかった。
『この地を護る大蛇だ。数年に一度、供物を人間からもらうことでこの地に平安をもたらしている』
『あの地で不要とみなされた子供の命と引き換えにな。短命の子供というのは総じて魔力が多い』
『それを知らぬ人間どもは貴重な魔力を私に捧げている。後々人間どもを服従させるつもりだと知らずに。滑稽なことだ』
鼻で笑う大蛇は私の背中にある大剣を見る。
『おや、その剣は』
何か言いかけたが、その言葉の続きは話される事はなかった。
「お姉、ちゃん」
一番小さい子が声をあげたのだ。
体が小さかったせいか、大蛇の体で締め上げられている他の子は骨を砕かれていたにもかかわらず、その子は息をしていた。
「生きているのか」
その声で体にかかっていた呪縛が解け、大剣に手をかけた。
『ほう、なるほど』
大蛇は興味深げに私を見て、三つの頭を高くもたげた。そして、急降下。
慌てて横に飛び、大蛇の攻撃を避けたが、その地面は大きく抉れていた。
大蛇の頭の一つは面白そうに、一つは気怠げに、一つは忌々しそうに私を見て、舌を出す。
大蛇の頭の攻撃を避けながら子供の方へとじりじり近づいていく。
子供は泣き叫び、私の方へと必死に手を伸ばしていた。
「待っていて。助けるから」
小さく、口の中で言うと思い切り地面を蹴って大蛇の頭のうち一つの片目に深々と剣を刺した。
大蛇の一つの口から鼓膜を破るような甲高い声が漏れ、首を激しく振った。
刺されていない二つの頭についた四つの目は今までとは違う、剣呑な光を帯びていた。
『姑息な』
そして、唯一生きていた子供を無惨に喰い千切る。
のたうち回っていた頭は目から血を流しながら口を大きく開き、毒を含んだ唾液を私に吐き出してきた。
『殺す』
本気を出した大蛇の前に私はなすすべはなく、ただただ逃げ回ることしか出来なかった。
人間と大蛇の体力の差は歴然としており、すぐに体力が底をつく。
ついに、大蛇の胴体にあたった体が洞窟の壁に強く打ち付けられて手首を折ってしまった。
『忌々しき血』
『そう、お前を喰えない』
『でも、殺してやる』
絶体絶命。
私は両手を地面につき、濁る視界にため息をついた。
ここまでか。
覚悟を決めて目を瞑った瞬間、地面が少し凸凹していることに気づいた。
薄く目を開いて微かな線を見て、はっとする。
「転移陣」
何百年も放置されてきて、すでに魔力のなくなった転移陣がそこにあった。
それも、見た感じランダムに転移するものである。
でも、ここにいて大蛇に食い殺されるよりかはマシか。
体に微かに残っていた魔力を振り絞って転移陣に込める。
瞬間、ふと体が軽くなり、景色が歪んだ。
『何、転移だと』
大蛇が恐ろしい顔で迫ってきた。消えゆく私の体に口を開き、思い切り閉じようとしたが、その口が閉じられる前に私は転移をした。
轟音を立てて地面に叩きつけられ、周りにあった古そうな物たちが一瞬地面から離れた。
「何事だ」
がやがやと上の方から声が聞こえる。
私はジメジメとした、監獄のような場所にいることを認識し、そのまま意識を手放した。