9・クエストで実戦
戦う、残酷な表現があります。
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ジルをライアンの家に預けたキトリーは、ライアンと共に酒場に向かっていた。
キトリーがライアンの母に挨拶をした際、一瞬母親が期待した表情でキトリーを見たが、ライアンが渋い顔で首を横に振ると残念そうに眉を下げていた。そしてキトリーがジルが世話になる事の礼を述べると、ジルを見て目を輝かせた。
「ジルちゃん、きっと母の着せ替え人形にされてるわよ。アタシもよくされてたもの」
ライアンは歩きながらジルを案じた。キトリーはクスリと笑って答える。
「普段着る事の出来ない素敵な服を沢山着られて、きっとジルも楽しんでいますよ」
「そうかしら?まぁアタシは嬉しかったけどね~。母の見立てで可愛くなったり格好良くなったりするの。でも聞く限り、他の家の子息達はそうじゃなかったわよ~?そういうの、面倒くさいんですって」
暗くなりつつある道を、ライアンとキトリーは並んで歩いている。ライアンはシンプルながらも上品さを感じさせる服装をしていて、喋らなければ素敵な男性に見える。体は大きすぎる気がするが……。
ライアンの動作は上品であったが、動きの端々に艶めかしさを漂わせる妖しさがあった。
酒場に着くと既に皆揃っていた。酒場に入って来たキトリー達に気付いたギャエルが手を上げてキトリー達を招く。全員揃った事で、気だるそうな雰囲気の色っぽい店員に酒を注文した。勿論キトリーは初めて十一班で飲んだ時と同じくジンジャーエールだ。
「では、ベルナール、キトリー、初遠征お疲れさま~」
ライアンの合図で乾杯をすると、皆美味そうにビールを飲んだ。早速飲み干したらしいギャエルが店員を呼んでいる。
ライアンが好きなスパークリングワインが置いてある事に喜び、飲み頃だと伝えられた年のものを注文した。そのボトルは皆が飲みたがった為に、すぐに空になってしまった。
「あ~染み込む~」
上品にフルートグラスを傾けたライアンが、スパークリングワインの華やかな香りと爽やかな味わいにうっとりとしている。美しく明るい黄金色の液体の中を、細やかな炭酸が踊るように絶え間なく立ち上る。
「で、どうだった?バジリスク討伐は?」
ライアンが艶やかな笑みを浮かべて聞くと、ベルナールは表情を曇らせた。
「自分の出来る事をしました。活躍は出来ませんでしたが、次はきっと活躍して見せます」
ベルナールの曇っていた表情は、決心したような強いものに変わりライアンを見た。
「そう?皆がやりたがらないバジリスク討伐に行ったってだけでもすごい事よ?今回は早かったけど、数日かけてバジリスク発見から討伐をするのって、かなり消耗するからね。いつもお疲れ様です、ギャエル」
「んなら、たまには代わって下さいよ」
ギャエルは悪い笑顔で悪態をつきながらライアンとグラスを合わせた。
「確かにうちの班なら鏡は倍以上運べるしね~。でもそしたらキトリーとラウルちゃん借りるわよ」
「結局他の班が行っても俺は行かなきゃなんですか~?そりゃないっすよ~」
ラウルが軽い調子で文句を言うと、皆大きく笑った。そしてカンタンがライアンに忠告する。
「キトリー連れてくなら、絶対ラウルは必要っすよ。キトリー、バジリスクを激怒させて来たんで、めっちゃ怖かったっすから」
「ほんとな。あの足音聞いた時は駄目かもと思ったぜ」
「仕方なかったんですよ!バジリスク食事中で、空腹に負けて追い掛けてきてくれなくなったら困るからって、石像全部壊してたらあんな事に~」
カンタンにオレールが同意すると、キトリーは慌てて言い訳をした。その様子を見た一同は面白そうに、だが暖かく笑っている。
「今は四班五班六班が小隊を組んでロック鳥討伐に出てるって聞きましたよ」
「ロック鳥?あれ一昨年発見された卵は処理したんじゃなかったっすか?」
「きっとどこかに隠れてたやつがあったんだな。それか、他国からやって来たか。被害とかあったのか?」
「近隣の人里には無かったらしい。ただ、あの山の魔物はかなりやられたみたいだ」
「人に被害が出る前に気付けて良かったですね……」
話はいつの間にか他の班の話題へと移っていた。ギャエルは苦い顔をしてその話に割り込む。
「流石にロック鳥みたいな大物は中々出んが……いやバジリスクもかなりの大物なんだぞ。次は普通に暴れられる魔物を頼んである。……ったくお前らは」
「班長最高~」
呆れ顔でため息をついたギャエルを、カンタンとラウルはグラスを上げて持ち上げた。
酒と雑談を楽しんだ一同は、ライアンに礼を言い解散した。
キトリーはジルを迎えに、夜道をライアンと歩いている。
「休日明けは副団長の鍛錬があるのね?」
「そうなんです。お恥ずかしい話ですが、私、これまで戦う為の訓練をした事が無かったので、副団長が見てられないと」
「うふふ。副団長が見てくれるのなら、きっと立派な騎士になれるわよ。貴女、将来有望ね。そうだ、キトリー、うちに養子に来ない?」
「え?」
重大で急な誘いを軽い口調で言ったライアンを、キトリーは目を丸くして見た。
「いや、私、あの、すいません……貴族になるとか、無理です……」
「そう?残念ね~」
タジタジと断ったキトリーを、残念そうに見つめるライアン。ライアンの屋敷に着くと、ライアンの予想通り着せ替え人形にされていたジルが照れながら迎えてくれた。
休日明けの鍛錬の日、遠征中も縄跳びをした甲斐あってかキトリーはエリクの走り込みに付いていけていた。走り込みが終わり、一緒に走っていたエリクが少し呼吸を荒くしながらヘロヘロと歩くキトリーの肩を労うように叩く。
「しっかりやっていたようだな。持久力がついている」
「ありがとうございます……」
最後まで走れたものの、余りにも疲れすぎていたキトリーは力無く答えた。その後もストレッチをしながらバジリスク討伐の際の活躍を労ってくれる。
今日のエリクはいつもよりも厳しさは感じなかった。だがそれも午前中まで。午後になるといつもと同じ魔王副団長が降臨した。
「剣の握り方を教えただろう!その握り方では素早く切り返す事は出来ないぞ!」
「棒立ちになるな!足を動かせ!」
ヒィヒィ言いながら鍛錬を受け、やっと帰宅時間になった。キトリーは疲れ果ててはいたが、挨拶だけは背筋を伸ばしてしっかりと頭を下げた。
「キトリー、次の鍛錬日には実戦を行う。冒険者支援協会で魔物の討伐クエストを受け討伐する。剣を使い魔物と戦った事はあるか?」
「ありません……」
キトリーは魔物と戦う際、レーザービームばかり使用していた。魔物と距離をとって戦える為に恐怖心が少ない。だが接近戦は……。キトリーは少し緊張した様子で答えた。エリクはすぐにそれに気付き、安心させるように力強い声で言う。
「討伐には俺もついて行く。危なそうであれば加勢する。ああ、個人携行救急セットは持って来るようにな」
そう言うと、エリクは建物に入って行った。キトリーは緊張しながらその背中を見送った。
そしてその実戦となる三日後の鍛錬日はすぐ来てしまった。キトリーは腰に救急セットを入れたウエストポーチを身に付け鍛錬場に来ると、騎士団のものではない鎧を身に付けたエリクが待っていた。エリクはギャエルと話をしている。
「副団長、班長、おはようございます」
「おう、キトリー。今日は魔物討伐だってな。頑張って来いよ」
「はい!頑張ります!」
ニカッと歯を見せて笑ったギャエルに、キトリーは大きな声で答えた。それを見て笑みを零したギャエルは、エリクに小さく頭を下げた。
「副団長、よろしくお願いします。」
「ああ。では行ってくる。キトリー、行くぞ」
「はい!よろしくお願いします!」
キトリーはエリクの後に続き冒険者支援協会の建物まで来た。鍛錬日以外の日には、王都の内外で巡回をする為協会の場所は知っていた。だが中に入るのは初めてだ。
鈍い音を立てて扉が開くと、中は薄暗い。入るとすぐにカウンターが置かれ、受付の職員が座っていた。エリクは受付に進むと、職員が顔を上げた。
「これは副団長、どうなさいました?」
「新入団員に実戦を積ませたいので、幾つかクエストを受けさせて下さい」
「勿論です」
受付はニッコリ笑うとエリクの選んだクエストの受注処理をしてくれた。
町を出てエリクは森の方へ歩いて行く。小さな川が流れている森の入口は明るく静かで、長閑な印象を与える。
「では先ず、この辺りに出るゴブリンを討伐して貰う。他にもコロビやヴァルフの討伐クエストも受けているから、見掛けたら狩ってくれ」
「分かりました」
キトリーは神妙な顔をして頷いた。今からこの森で魔物を討伐する。少し震えている手に長剣を出し握った。鍛錬中散々エリクに注意を受けていた事を思い出し、正しい握り方で長剣を持つ。
冒険者支援協会で発行してくれた冒険者カードはウエストポーチの中に入っている。受けたクエストの魔物を討伐すると、冒険者カードに表示される。魔法のかかったカードだと言っていた。再発行にはお金がかかるらしいので、キトリーは大事にカードを仕舞った。
ゴブリンを探して森を歩いていると、土色の毛皮の狼が低く唸りながらこちらとの距離を計っているのに気付いた。ヴァルフという魔物だ。
キトリーは頭を低くして移動しているヴァルフの数を数えた。八体。五体討伐の依頼だったので、この群れを討伐すればこのクエストは達成だ。
ヴァルフはキトリーを囲むように動いている。キトリーは腰を少し落とし、剣を握る手に力を入れた。
示し合わせたようにヴァルフが数体キトリーに向かって走って来た。キトリーはそれを見て瞬時に地を蹴る。ヴァルフはキトリーに噛み付こうと口を大きく開くも、キトリーは足を止めずにその口を長剣で薙ぎ払った。キトリーの向いている方向に、更にもう一体居たので切り返しで薙いだ。
パワードスーツの剛腕と長剣の切れ味に、二体のヴァルフは切り裂かれ立ち上がる事も出来ない。二体共血溜まりに倒れ弱々しく呼吸をしている。
キトリーを襲うヴァルフは、彼女を四方から攻めていた。だがキトリーの素早さに付いて行けず、更には瞬く間に仲間を切り倒されてしまった。足を止めたヴァルフは、怒りに鼻筋に皺を寄せて唸り声をあげる。
キトリーは、激しく動く心臓と、耳の奥に聞こえる血流の音を煩く感じながら、ジリジリ近付くヴァルフと向き直った。