6・枯れた森へ
整備科の部屋に入ったキトリーは、他の班員達の姿を見つけてそちらに足を向けた。
「おうキトリー、戦闘糧食か?盾も持ってくか?」
「戦闘糧食と救急セットを貰いに来ました。盾は必要無いです」
オレールがキトリーに気付いて問うと、キトリーは半分頷き答えた。その答えにラウルが反応する。
「盾要らないんだ。パワードスーツって毒効かないの?」
「そうみたいです。試した事は無いんですけど」
「マジか!すげぇ」
パワードスーツの性能にラウルとカンタンが驚いていると、レジスが釘を刺した。
「バジリスクの毒は岩をも砕く強毒だと言うから、気を付けるに越したことはない。盾は必要無いかも知れないが、無闇に突っ込むなよ」
バジリスクの恐ろしい毒の威力に、キトリーは青い顔でコクコクと頷いた。そして用意された戦闘糧食と救急セットの内容を確認する。
「戦闘糧食は三日分ですね。確認出来ましたらサインを」
キトリーがサインをすると、三日分の戦闘糧食と救急セットを袋に纏めてくれた物を渡された。それ等を受け取り、次は資料室だと部屋を出るとベルナールが待っていた。
「キトリー、このまま帰るか?」
「班長にバジリスクと、ここからコルドソ地方までの地形と魔物の勉強しとけって言われてるから、資料室に行くわ」
「おっ俺も行く」
固い表情をした、いつもと様子の違うベルナールと共にキトリーは資料室に向かった。手分けして資料を集め、テーブルに広げる。
まずは魔物図鑑でバジリスクのページを捲った。ギラギラとした瞳に鋭い牙と爪を持つ、巨大な蜥蜴の絵が描かれたページを見て、キトリーは喉をゴクリと鳴らした。ベルナールも固い表情のまま絵を凝視している。
「これと、戦うのか……」
「猛毒を持つ魔物、その毒は岩をも砕き、バジリスクの住む土地は枯れ砂漠になる程……。視線にすら毒が宿り、視線を合わせた者は石像と化してしまう。成体のバジリスクの体長は、尾を含め四メートルにもなる。怖ぁ……」
キトリーとベルナールが図鑑を見て小声で話していると、急に影が差し暗くなった。顔を上げると目の前にバジルが立っていた。
「お久しぶりですね。どうしたんです?」
「明日からバジリスク討伐に行くので、予習してました」
「バジリスク!流石は第一部隊ですね~」
バジルが驚き声を上げると、奥からバジルと同じ位大きな男がやって来た。
「こらバジル。何油売ってんの?仕事しなさい仕事~。ん?その変な鎧、ギャエルんとこの新人ね。どしたの?」
低い声で女性のような話し方をする大男は、小首を傾げて訊ねた。
「はい。明日からのバジリスク討伐の為に勉強しておりました」
「ああ~。ま~たギャエルの班が担当すんのね~。ラウルちゃんも居るからってのは分かるんだけど、他の班にも経験積ませなきゃって思うけどねぇ。ま~ぁバジリスク相手じゃぁ尻込みもするわよね~。アンタ達新人は、ギャエルや先輩の指示をちゃんと聞く事よ」
「はい!」
大男の助言にベルナールとキトリーは背筋を正して返事をした。その様子を見た大男は満足そうな笑みを浮かべる。
「アンタ達、名前は?」
「ベルナールです」
「キトリーです」
二人が立ち上がり答えると、大男はニッコリ笑う。
「よし。ベルナール、キトリー、無事に帰って来たら、このライちゃんが奢ってあげるわ」
「ライアン・セギュール様です。ベルナール、キトリー、セギュール様とお呼びください」
「こらぁ。ライちゃんで良いっての。飲み会にはアンタも来るのよ、バジル。じゃ、頑張ってね~」
手を振るライアンとバジルはまた資料室の奥に戻って行った。急に騒がしくなり急に静かになった資料室で、ベルナールとキトリーは再度本に向かう。
恐れ慄いていた二人の気持ちは、ギャエルがよくバジリスク討伐に向かっていたらしい事、ラウルが鍵を握るらしい事を知り、少しだけ落ち着いていた。
結局いつもの鍛錬が終わる時間まで資料を読み耽り、二人は家路に着いた。キトリーは途中孤児院で明日からの事を院長に話し、家の前で会ったニノンにもしばらく留守にする事を話した。
「バジリスク……!お姉ちゃん、気を付けてね……」
部屋に戻りジルに話すと、不安そうな顔をしながらジルはキトリーの無事を願ってくれた。キトリーはジルを抱き締めて、絶対に無事に帰ると約束をした。
その日の夜、キトリーはパワードスーツを装着したまま眠りに着いた。寝苦しく感じる事も無くすんなりと眠れ、気付いたら朝だった。
戦闘糧食等を背負った袋に入れたキトリーは、ジルを孤児院に預け騎士団本部前で班員達を待っていた。少し早かったかと思っていると、エリクがやって来た。
「キトリー、おはよう」
「副団長、おはようございます」
ビシッと直立し綺麗なお辞儀をして挨拶したキトリーに、エリクは美しく微笑んだ。鍛錬時でなければ女神様なんだよなぁ、とキトリーはつい見蕩れてしまう。
「遠征中、鍛錬を見てやる事が出来ないからな。朝晩十分ずつ縄跳びをしてくれ」
エリクは美しい笑顔のまま、昨日使った縄をキトリーに手渡した。
「分かりました……」
鍛錬時でなくても魔王様だった。キトリーは苦笑いで縄を受け取りながらそう思った。
エリクが建物に入るとすぐに他の班員達も集まって来た。そしてギャエルも現れ、キトリーとラウル以外に大きな板状の物が入った袋を渡した。
「割れ易い物だから、気を付けて運んでくれ」
ギャエルが注意すると一行は厩舎に向かう。用意された馬にそれぞれ跨ったが、キトリーは申し訳無さそうにギャエルに言った。
「班長すいません。私馬に乗った事が無いので、飛んで行っても良いですか?」
「そりゃ構わんが、疲れないか?荷物もあるし」
「大丈夫です。馬に乗るより疲れません」
ギャエルや他に班員達に心配されたが、馬のスピードに合わせて飛ぶのは気持ちが良かった。アラルゼ村から王都まで飛ばして来た時のスピードに比べたら、かなりゆっくりだ。
昼頃の休憩には、ギャエルから軽食と飲み物を受け取り談笑しながら食べた。皆、キトリーが空を飛ぶのを見るのは初めてで興味津々に話を聞きたがった。
「本当に疲れないのか?どのくらいまで早く飛べるんだ?」
「一番早く飛ぶと、アラルゼ村から王都まで三時間もあれば着きます。この時は魔力を消費しますので疲れますけど、今の速さでしたら疲れません」
班員達は、想像以上の速さに目を点にしてキトリーを見た。分厚いハムが挟んであるサンドイッチと果物だけという昼食を手早く食べ終え、一行はまた馬に跨った。夕方には町や村に到着し、宿をとり休む。そんな旅をして七日。ついにバジリスクが出るという場所に近い村に到着した。
小さな宿に馬を預け、依頼を出した村長の家へ向かう。村人達は、バジリスク討伐の為に来てくれた騎士団員を歓迎してくれていた。
「遠い所、来てくださってありがとうございます」
「いえ。当然の事です。問題の魔物について、詳しくお話を聞かせて貰えますか?」
村長は森の木が枯れ始めているのを、猟師が発見した事。更にはその枯れた木の周辺に、小型の魔物の石像が幾つか立っていた事を話した。その猟師はその現象に深入りする事無く村長に報告した為、毒や石化に侵される事無く、違う方角で狩りをしているらしい。
その猟師からもう少し話を聞きたいと願うと、夜ならば可能だと言うので村の酒場で待つ事にした。
「すんません!お待たせしまして!」
ドタドタと慌てて入って来たのは親子らしき二人組の猟師だった。ペコペコと頭を下げる二人に、ギャエルは座るよう促した。
「こちらこそ急にお呼び立てして、驚かせてしまったようで申し訳ございません。バジリスクについて詳しくお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「勿論です。森の異変に気が付いたのは、息子の方でして……」
猟師の息子は、森の動物達が数を減らしている事に気が付いたと言う。魔物に殺められたのか、逃げたのか分からないが、確実に少なくなっていた。そして枯れた木々と石像を見つけ、きっと魔物の仕業だと報告したらしい。
ギャエルは地図を出し、大体の場所を教えて貰うと丁寧に礼を言い、二人を帰らせた。
「村から離れていたのが幸いだったな。異変以来、村人達がこの森に近付かないようにしていた事も良かった。明日からバジリスク討伐だ。しっかり食べておけ」
キトリーは明日の討伐に緊張しながらも、ギャエルの言葉通りしっかりお腹いっぱいになるまで食べてぐっすり眠った。
翌日の朝食後、馬を宿に預けたまま件の森の入口にやって来た。そこでギャエルが作戦を話し出した。
「今回、キトリーのパワードスーツが毒も石化も防ぐ事、素早く飛行出来る事からキトリーに陽動して貰う事にする。木が枯れている場所まで向かい、キトリーはそこからバジリスクを探してくれ。見つけたらバジリスクを俺達が待機している所まで陽動。ラウルはいつも通りに。それ以外は俺の指示に従ってくれ。オレール、アレは出来ているか?」
「はい。こちらにあります」
オレールは袋からコロンとした小袋と、葉の浸けられた小瓶を取り出した。それを班員全員に配る。
「キトリー、必要無いかも知れんがお前も貰っておけ。ヘンルーダという薬草のポプリと薬だ。バジリスクの毒に効果があると言われているが、気休め位だと思っておけ。毒は浴びるなよ。視線も合わせるな」
ギャエルは班員達に怖い顔をして忠告した。班員達が真剣な表情で頷いたのを見ると、ギャエルは立ち上がる。
「よし。行くぞ」
ギャエルの声で、十一班は縦陣の陣形で森の中に入って行った。