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45・譲れないものがある

 





 キトリーはエリクに抱えられ、レザンに乗っていた。初めて乗ったレザンの乗り心地はとても良く、顔に当たる風も心地良い。

 だがキトリーを抱えるエリクの見せる思い詰めたような表情と、キトリーのお腹に回されたエリクの腕に時折強い力が入る事が気になっていた。


「エリク様、あの……今回は本当に……ご心配お掛けしてすみませんでした……」


 キトリーが躊躇いがちに声を掛けると、エリクは一瞬驚いたように目を見張った。


「ああ、すまない。少し考え事をしていた……そうだな……本当に、君が無事で良かった」


 エリクは微笑んでキトリーを見た。その微笑みが無理をして笑っているように見え、キトリーは胸を締め付けられた。


「私、もっともっと強くなります。エリク様を心配させる事の無いように」


「はは……それは無理だ。例え今回のような、強大な相手でなくても俺は心配する。どんな任務でも……君が騎士団に所属し働いている限り……」


 エリクの表情が曇り、キトリーは言葉に詰まった。

 キトリーは騎士として民を守り働く事が生き甲斐で、それが使命だと思っている。女神に願い手に入れたスキルを、エリクの為に眠らせておく事は女神への裏切りとなってしまうだろう。それにキトリー自身が、騎士を辞職するのは嫌だった。


「……エリク様、ごめんなさい……私は、騎士を辞める事は出来ません……こ……婚約……破棄も、仕方ないと思います……」


 言いながら、キトリーの目からポロポロと涙が(まろ)び出た。

 キトリーはエリクの事が大好きで大切に思っている。だからエリクの願いは叶えてやりたいが、これはどうしても譲れないものだった。

 エリクのキトリーを抱く腕の力が強まった。何も言葉を返さないエリクの顔を見るのが怖くて、キトリーは俯き涙を流す。

 婚約破棄は仕方ない。大好きな人との結婚をキトリーも楽しみにしていた。だから悲しい。騎士を続ける道を選んだのは自分だけど、やっぱり悲しい。

 じわりとまた涙が込み上げ、瞬きをするとポロリと一粒涙が頬を伝った。


「……婚約破棄はしない。君が任務に出る度に心配で不安にはなるが、俺の為に我慢や譲歩をさせようとは思わない。俺の為に君の信念を曲げさせるつもりはないよ……」


 エリクの言葉を聞いたキトリーの目から、また涙が零れ落ちた。それをエリクが優しく拭う。


「だからキトリー、俺から離れようなんて言わないでくれ。俺は、君がいない人生なんて考えられないんだから」


「……はい……ごめんなさい……エリク様……!ありがとうございます……私っ強くなります!絶対に、エリク様の元に戻って来ますから……!」


 泣きながらエリクに謝るキトリーを、エリクは優しく抱き締めた。キトリーの涙を拭っているハンカチは、半分ぐっしょりと濡れている。


「ああ。信じる。君の言葉と強さを、信じるよ」


 エリクが優しくキトリーの顔を見ると、キトリーもエリクを見上げた。キトリーの瞳が涙で潤み輝いている。

 キトリーがエリクからハンカチを受け取り涙を拭くと、エリクはキトリーの波で濡れて張り付いた髪を優しく指で払った。


 キトリーは戸惑っていた。エリクの顔がやけに近いせいだ。鼻先が触れそうな程に近くて恥ずかしさに俯こうとするが、エリクに顎を手で上に向けさせられた。

 吃驚して視線をエリクに向けると、深緑色のエリクの熱い瞳がキトリーの瞳を捕らえた。

 キトリーが瞼を閉じると同時に、キトリーとエリクの唇が重なった。少し唇を吸われ、離れる。キトリーがゆっくりと目を開くと、愛しそうにこちらを見つめるエリクと目が合った。


 恥ずかしさと幸福感で胸がいっぱいのキトリーは、エリクを見上げたままふにゃりと笑った。その笑顔を見て、エリクも同じように笑う。


「可愛い」


 エリクはそう言いながら、またキトリーに口付けを落とした。





 エリクとキトリーが王都に到着したのは、エリクの休みの最終日だった。エリクはキトリーと過ごす為に、レザンをゆっくり飛ばし到着を遅らせていた。


「もう少し早く顔が見れると思っていたが……まぁ、元気な顔を見れて嬉しいぞ、キトリー」


「往路でレザンに無理をさせてしまい、復路ではレザンを休めながらとなりましたので。特に心配はされなかったのでしょう?」


 団長は揶揄うような笑顔を二人に向けていたが、エリクは平然と返した。キトリーの方は緊張気味に直立している。


「ご心配おかけしました!この通り、回復しております」


「うむ。流石だな!ドリオトレスの首が到着したら、祝勝パレードが行われる。キトリー、お前は主役だから、俺の隣で馬に乗って貰うぞ」


「馬ですか!?」


 キトリーが驚き素っ頓狂な声を上げると、団長が呆れたように片眉を上げた。


「何だキトリー、まさか馬に乗れないのか?これまで移動は……そういやドリオトレスの時も自分で飛んでたな。必要無かったからか。じゃあ、ドリオトレス到着までに乗れるようになってくれ。もし乗れるようになってなかったら……ふっ、ドリオトレスを運ぶ台車に乗って貰うぞ」


「……はい。精進します……」


 キトリーは、民衆が見ている中ドリオトレスの首の横で棒立ちになり運ばれている姿を想像し眉を寄せた。


 十一班はドリオトレス討伐に召集されたものの、ゴーラレンヌ支部まで馬で向かっていた為に参戦出来なかった。その為撃退の報せを受けると直ぐに、王都へ帰って行った。現在は、キトリーとラウルを除いた六名で違う任務についている。その為キトリーは十一班が戻るまで充分乗馬訓練をする事が出来た。パレード中に台車に乗る必要は無くなり、キトリーは胸を撫で下ろした。






 パレードの日が近付くにつれ、日に日に町は賑わっていった。王都周辺からも、パレードを見に来る観光客が来ていた。

 キトリーには恥ずかしい事であったが、町中でも酒場でも吟遊詩人がキトリーを題材にした詩を歌っていた。その詩は人気があった為にキトリーはあらゆる場所で耳にする事となり、パワードスーツ姿でいる時は恥ずかしい思いをした。




 よく晴れた青空に花火が打ち上がった。サミ魔術部隊長特製の花火で、青空に美しく鮮やかに映える色とりどりの火花が咲き乱れた。

 その花火を皮切りに、賑やかな音楽が流れ人々の歓声が上がる。


 旗を持った騎士を先頭に、馬に乗った団長とキトリーが王都に入った。二人の後ろに侵略部隊、協力してくれた冒険者達、前線部隊、後方部隊、そしてドリオトレスの首の順番に続いている。


 色とりどりの花弁が舞い、パレードを見学している人々は騎士達を讃え手を振っている。団長が手を振り返しているのを見たキトリーは、兜の下で笑顔を作り見学者達に手を振り返した。それを見た人々が嬉しそうに大きく手を振り返している姿を見て、キトリーは照れくさいながらも心が温まった。


 パレードは城の前の広場を通り、そこから騎士団本部まで続いた。遠く見える城のバルコニーから王族がパレードの様子を見ていると聞き、キトリーは背筋を伸ばして馬を歩かせた。


 パレードも終わり団長が解散を告げると、侵略部隊のテランス隊長がキトリーに声を掛けた。


「キトリー、今日竜熊亭で祝勝会するからな。キトリーが主役なんだが、来れるか?」


「行きます行きます~!私が主役なのはおかしいですけど……皆で戦ったんですから……」


 パレードが終わり兜だけ外していたキトリーは、テランスの言葉に眉を寄せて不満を顕にした。しかしロックがニヤリと揶揄うような笑みを浮かべる。


「いや主役だろ。パワードスーツの乙女~」


「わーーーー!揶揄わないで下さいよ!」


 町で流行っている詩を真似たロックに、キトリーは真っ赤になった。自分を讃える詩が何だかすごく恥ずかしい。


「悪い悪い。でもキトリー、本当にすごい事なんだぞ。国を救った英雄だってのは、大袈裟じゃない。皆、お前が誇らしいんだよ」


 ロックが嬉しそうな笑顔でそう言うが、キトリーはやはり照れくさくて、困ったように眉を寄せるしか出来なかった。




「……これでキトリーも、第一部隊一班とかに引き抜かれるんだろうなぁ」


 祝勝会が始まり酒が進んだギャエルは、やれやれと溜息をついた。ベルナールも侵略部隊に入る為に鍛錬を重ねている。今回活躍したキトリーも、きっと優秀な人材が集まる班が欲しがるだろう。


「ええ?班長、私十一班に居られなくなるんですか?」


 独り言を呟いていたギャエルは、目を丸くしてこちらを見ているキトリーに驚いた顔を見せた。まさか聞かれているとは思ってもみなかった。

 キトリーは真ん中のテーブルで、他の騎士達に囲まれて褒め讃えられていた。だからギャエルは、くさくさと隅の方で飲んでいた自分の近くまでキトリーが来ていると気付かなかった。


「うちは第一部隊の中でも下の方だからな。上を目指すなら、一班や二班の方が有利だぞ。キトリー、お前は英雄だから、願えば移動出来るだろう」


「え、私、上とか目指してないですし……今の指示を受けて戦うのが向いてると思うんです。頭使って戦うの、苦手なんですよ……」


 作戦を立てるような難しい事は考えられない、とキトリーはギャエルの向かいに座り腕を組んで眉根を寄せた。

 ギャエルはそれを、仕方ないな、と笑って見ている。


「移動の命令が来たら、従うしか無いからなぁ……お前なら、何処でもやっていけるさ」


「ええ~」


 諦めたような笑顔のギャエルに、キトリーは不服そうに唇を尖らせた。それを見たギャエルは面白そうに笑っている。

 賑やかな竜熊亭で、吟遊詩人はリュートを奏でキトリーを讃える詩を美しい声で歌っていた。一緒になってロックとラウルも歌い始めたものだから、キトリーはギャエルの前で顔を覆い小さな悲鳴を上げた。

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