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43・禁呪

 

 残酷な表現、虫が出てきます。


 ーーーーーーーーーー




 エリクは特殊部隊隊長グラニット率いる特殊部隊と、第二部隊三班を連れゴーラレンヌ地方のジラール侯爵領の外れへ向かっていた。同じ領地内ではあるが、ドリオトレスの出現場所とは離れている。


 ギベオンが示したその方角は、人気の無い川辺だった。辺りに生物の気配は無く、明るく自然豊かな筈なのに空気は淀み重苦しさを感じさせた。


「この辺りですか?」


「そうですな。下の方から、強い力を感じます」


 エリクがギベオンに確認すると、ギベオンは嗄れた低い声でゆっくりと頷きながら答えた。ギベオンの示す辺りを探索すると、隠れた洞窟の入口が見つかった。洞窟からは強い異臭が漂い、一同は不穏な予感に顔を強ばらせた。


 隊列を組み、エリクを先頭に洞窟に入って行く。慎重に歩を進めると、天井の低い広い空間に出た。

 エリクの目の前には臭気の原因の惨状が広がっている。部屋の地面には大きな魔法陣が描かれ、その上に無造作に積まれた沢山の死体。肉が腐り虫が集り、骨が見えている。その亡骸の夥しい数に衝撃を受けるが、魔法陣を踏まないように注意しつつ中に進んだ。


「成程これは……」


 ギベオンは部屋の状況を見て、何かを理解したように目を細めた。そしてゆっくりと魔法陣の中心に進み、しゃがみこむ。ブツブツと一人何かを呟いているギベオンの横に、ガレナも腰を落とした。


「先生……これは、禁術ですね……?」


「ああ。この術士、他でも人を殺めておるな。数が全然足りん」


 ギベオンはそう言うと、調べていた目の前の屍を持ち上げた。土と虫がボトボトと落ち数多の羽虫が羽音を立てて舞い上がったが、ギベオンは気にもしていない。


「副団長、此奴が犯人です。あとの者は犠牲者でしょう。魔法陣も力を失っております」


「そうか……分かった」


 ギベオンの言葉にエリクは頷くと、騎士達に指示を出した。犯人と犠牲者達の身元の確認、ここには居ない犠牲者も調べなければならない。

 エリクは洞窟から出て行ったギベオンを追うと、ギベオンは川辺で犯人の屍を調べていた。暗い瞳は鋭い光を宿しており、エリクが彼のそんな表情を見たのはこれが初めてだった。


「此奴が扱った術は、古代より禁じられていたものでしてな……代償に命を必要とするものなのです」


「だから、あれだけの遺体があの洞窟に……」


 語り出したギベオンにエリクが応じると、ギベオンは屍が身に付けていた物をエリクに見せた。それは鞘と柄に細かな細工の施された古い短剣だった。


「触っても?」


「ええ。もうコレに力は残っておりません」


 エリクは短剣を受け取ると、角度を変えながら注意深く観察した。


「これは、この国の物ではないな……何処で作られた物だ?」


「私には何とも……ただ、この禁術を使う為の魂と怨みを封じる容物として使われていたのでしょう。洞窟の遺体だけでは到底足りませんからな。殺め方も、禁術を使っています」


 難しい顔をして話している二人の後ろを、軽装の騎士が洞窟から一人飛び出して行った。グラニットから何か指示を受けた特殊部隊の隊員だろう。


「この亡骸を見て下さい」


 ギベオンにそう言われエリクが亡骸に近付くと、その亡骸の異様さにエリクは顔を強ばらせた。目線だけでギベオンに問いかけると、ギベオンは小さく頷いて答えた。


「これが、この禁術を使った者の末路です。骨が砕け再生し、また砕けて再生する。命が尽きるその時まで、痛みに苦しむ事になります」


「……何故この者は、そんなひどい苦痛を味わってまで禁術を使ったのだろうな……」


 地面に転がる犯人の亡骸は、ぐねぐねと曲がった骨が顕になっている。そんな哀れな亡骸を見下ろすギベオンの瞳は、暗く冷え切っていた。


「憎しみ……でしょうな。命を懸けてでも復讐したいと思わせる程の」


「何をだ?この国か?世界か?」


「分かりませんな。禁術は発動し、術者ももう死んでいる。今、分かっているのはこれだけです」


 腰を落として亡骸を見ていたエリクは立ち上がり、洞窟に顔を向けた。すると洞窟から急いだ様子でガレナが走ってきた。手に何かを握りしめている。


「副団長、先生、これを見て下さい」


 ガレナが握りしめていた物を二人に見せると、それは首飾りにした小さな黄色い石だった。見覚えのある首飾りにエリクは目を見開き、ガレナを見た。


「これは……」


「はい。ジラール侯爵令嬢が盗賊に着けられた首飾りと同じ物です。呪いの種類も同じものでした」


「この犯人が盗賊の頭に呪いをかけ、首飾りを渡したという事か……何故だ?」


 エリクは眉を寄せ考えたが、禁術と誘拐事件の繋がりを見付ける事は出来なかった。

 エリクが再度洞窟に戻ると、遺体を調べていたグラニットが顔を上げた。


「副団長、ここに遺体は百五十ありました。身に付けている物から、ロヤージュ村の者と思われます。今確認に向かわせております」


「分かった。遺体を外に出して、身元の確認を続けてくれ」


 ロヤージュ村はこの洞窟から一番近い村で、隣国との境にも近い。人口は二百人程の小さな村だ。この場に居ない村民はどうしているのだろうか。無事でいて欲しいが、楽観視出来る状況ではない。


 遺体を全て運び出した洞窟内には、儀式の跡と虫と悪臭が残っている。

 術者が何者で、何故このような禁術を用いたのか推察出来るような痕跡は残されていなかった。


 日が傾き木々の影が伸び始めた頃、一羽の鳥がエリクに向かって飛んで来た。エリクが腕を上げ鳥を手に止まらせると、その鳥は畳まれた紙になった。

 その紙に目を通すと、ドリオトレスはキトリーの攻撃により首を一本落とし空間を割いて帰って行った事が書かれていた。


「キトリー……」


 婚約者の活躍に頬を緩ませ、エリクは顔を上げた。伝書鳥に気付いたグラニットと三班班長がこちらを見ている。


「ドリオトレスが帰って行ったそうだ」


「おお!それは喜ばしい報せ!」


 三班班長は嬉しそうな笑顔をエリクに向けた。隣に居るグラニットは無表情のまま同意するように頷いた。


「副団長、こちらもロヤージュ村に向かった者から報告がありました。ロヤージュ村に、生存者はおりませんでした。遺体は全て、村の教会に集められていたそうです」


「……そうか……まぁ、そうだろうなぁ……」


 グラニットの報告に、三班班長は先程とは違い肩を落としている。生存者が居れば、この事件はもっと早く明るみに出ていただろう。しかし誰にも騒がれる事無く、ロヤージュ村は滅びてしまった。




 エリクはグラニット、ギベオン、ガレナを伴いロヤージュ村を訪れた。ロヤージュ村は人気が全く無いものの、大量殺人が行われたなどとは感じさせない穏やかな村に見えた。

 しかしギベオンは険しい表情で教会を見ており、禁術の跡を感じる事の出来る者には違うように見えているのだろう。


「あの洞窟にあった遺体と同じですな。同じ呪いによって、この者達は亡くなっております」


 エリクは新しい発見が無い事に落胆しつつ頷いた。遺体と村民の数も違いは無く、生存者は居ない。


「ガレナが昨日申しておりました、盗賊の頭に面会する事は出来ますかな?」


「ああ。これから向かおう」


 洞窟と村の後処理を第二部隊三班に任せ、エリク達はジラール侯爵領支部へ向かった。ほとんどの騎士がドリオトレス討伐に出ていて、残っている騎士は少ない。

 エリクが声を掛けるとすぐに牢に案内された。盗賊の頭は背を向けて寝ている。全てを諦めたような背中は、エリク達の気配に気付き上体を起き上がらせた。


 牢を開け、ギベオンとグラニットが牢の中に足を踏み入れる。盗賊の頭は胡座をかいて座り、目だけで二人を見上げた。その表情と盗賊の頭の纏う空気からは、諦めだけを感じる事が出来る。捕らえられた時にあった、弱気と無気力感の混在した空気は感じられないと、ガレナは思った。


「上手く呪いを解いているな。呪いの残りカスも残さずに解けている」


「ありがとうございます!しかし……それでは犯人の手掛かりが……」


 師匠に褒められて嬉しいが、事件の解決に繋がらないのでは意味が無い。焦った様子のガレナに、覇気の無い目をしたギベオンは片方の口角を上げた。

 ギベオンは洞窟から出てきた短剣を、盗賊の頭の目の前にかざした。不審そうにその短剣を見る盗賊の頭の様子から見るに、盗賊の頭にはこれが何なのか分かっていないのだろう。そしてエリクにもグラニットにも、何が行われているのか分からなかった。ガレナだけが、感服し目を輝かせている。


「お前、酒場でこれと同じ、黄色い石の付いた首飾りを貰っただろう。その首飾りを渡した奴について、覚えている事はあるか?」


 ギベオンは盗賊の頭に、首飾りを見せ問いかけた。ギベオンの問に、盗賊の頭はギベオンの靴に唾を吐きかけて答えた。反抗的な態度にガレナは怒りの表情を見せたが、ギベオンはニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべた。


「お前は今の状況を理解していないのか。お前が吐いたこの唾液だけで、俺がどれだけの呪いをお前に掛けられると思う?どうせ死ぬ運命(さだめ)だと高を括っているようだが……お前が死のうが後悔しようが、俺も俺の隣の奴もお前が吐くまで手は緩めねぇよ」


 エリクや団長に対する時とは全く違う言葉遣いだが、ギベオンの素はこちらである。


「試してみるか?ここのお優しい騎士達とは違うんだわ。俺達」


 暗い笑みを浮かべるギベオンの隣で、明るく笑いながらグラニットは言った。盗賊の頭が首飾りを貰う経緯を話すまで、そう時間は掛からなかった。

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