42・神話の龍
騎獣を操り飛行しながら槍を振るう騎士と、それを煩わしいと前足で宙を裂き牙を鳴らすドリオトレス。ドリオトレスは余りにも巨大で、その口は騎士を丸飲み出来てしまう程だ。
遥か上空まで舞い上がったロックは、剣を構え急降下した。目を狙ったらしいがドリオトレスに避けられ、ロックはその勢いのまま再度上空に向かい飛び上がる。
騎獣部隊から少し遅れて団長がドリオトレスに対峙した。ドリオトレスに比べると余りにも小さいその身体からは、漲る闘志が後ろに続く騎士を圧倒している。
ドリオトレスは騎獣部隊に気を取られ、団長に気付いていない。ドリオトレスの前足が宙を裂き地面に降りてくる瞬間、団長は大剣を叩き付けた。
鈍い金属音が響き、下に居る騎士に気付いたドリオトレスは怒りをあらわに前足で払った。団長はそれを避け、更にその前足を狙いテランスが大斧を振り下ろす。再び鈍い金属音が響くと、怒ったドリオトレスの首が下を向き口を開いた。
「いかん!逃げろ!!」
大声で指示を出しながら団長は走り出した。他の者もそれに続きドリオトレスと距離を置く。
ドリオトレスから吐き出されたブレスは先程のレーザービームのようなそれとは異なり、色の明るい炎のようなブレスが一帯に広がった。しかしブレスは騎士達の元に届く前に爽やかな風に阻まれ、すぐに鎮火した。
「ほっほ。やるのう。それ、力を見せてやれ」
ベンジャミンはオリーブを見て笑うと、杖をドリオトレスに向けた。大きな炎が龍のようにうねりドリオトレスを焼いていく。
「もっとですよ、先生」
オリーブが杖をドリオトレスに向けると、風が吹き火の勢いが増し更に燃え上がった。苦しそうな悲鳴を上げたドリオトレスは翼を羽ばたかせ飛び上がると、炎から逃れ騎獣部隊に襲いかかった。
巨体に弾き飛ばされた者や、爪に引き裂かれた者が次々に地に落ちていく。
ドリオトレスが再度地に足を付けた時、キトリーの耳に鈴の音が響いた。そして一瞬の間を置き、ドリオトレスに幾つもの雷か降り注ぐ。雷を受ける度にドリオトレスの顔色は怒気を強めていく。
最後の雷がドリオトレスを貫くと、ドリオトレスは天を仰ぎ大きな声で吠えた。
大地を揺るがすようなその声が止まぬ内に、ビリビリと地面に丸い光が幾つも発生した。そしてその光目掛けて、大きな雷が幾つも落ちてきた。
直撃した者は黒く焼かれ、近くに居た者は強い衝撃に武器を落とし苦しんでいる。
ロックがまた急降下し、地上の団長達もドリオトレスに攻撃を始めた。
キトリーも姿を消したまま、片手を上げて集中している。いつもよりも長めに力を貯め、ドリオトレスの首の根元を狙いレーザービームを撃ち出した。
レーザービームはドリオトレスの首を貫通し、ドリオトレスは悲鳴とも唸り声とも取れる声を上げた。貫通した穴からは黒い血が滴り落ちている。
これまでの攻撃でドリオトレスが血を流す事は無かった。団長はドリオトレスの後ろ足に切り付けながら大声を張り上げた。
「キトリー!魔力ポーションを飲んで全力でレーザービームを撃て!時間が必要ならミミの後ろで力を溜めろ!」
キトリーは団長の指示通り、ミミの後ろに下がった。ミミはドリオトレスの攻撃に備えて盾を構えている。キトリーが姿を現すと、ミミは背中越しに笑顔を向けた。
「アンタすげぇな。そんな変な格好してんのにさ」
「しばらく背中、お借りします」
「任せときな。盾の力、見てただろ?」
ミミはキトリーの返事を聞かずにドリオトレスの方を見やる。キトリーは魔力ポーションを飲むと掌に魔力を込め始めた。自分の魔力の殆どを込めるのは初めてで、どれ程の威力になるのかは検討も付かない。
今も団長達はドリオトレスと戦い続けている。前線部隊が休む事なく攻撃を続け、後方部隊が大きな魔法を放つ。傷付いた者は後方部隊の救助班が運搬し、医療班が治癒を施す。
助からない者もいる。ドリオトレスのたった一振りの爪で命を落とす者がいる。
ドリオトレスが激しいブレスを吐いた。レーザービームのようなブレスはミミが動き弾いたものの、ドリオトレスがブレスを吐きながら顔を上げた為に遙か彼方に着弾し、さらに後方まで被害を及ぼした。
あの方向にも町がある。町は、民は無事だろうか……。
ここで、ドリオトレスを止めなければ。騎士達はその思いで戦っている。勿論、キトリーの胸にもその思いはあった。
キトリーは姿を消しドリオトレスの前まで進めるだけの魔力を残し、全ての魔力を右手に集めた。
キトリーは透明化し、静かにしかし素早くドリオトレスまで飛んだ。
「キトリー!首を狙え!」
キトリーが気配を消していたにも関わらず、キトリーに気付いた団長は叫んだ。レーザービームを体に撃ち込もうとしていたキトリーは掌を上に上げ、レーザービームを撃ち出した。
キトリーの掌から撃ち出されたレーザービームはいつもの細いものではなく、ドリオトレスの首を切断するのに十分なものだった。切り離された首は、ゆっくりと落ちていくようにキトリーには見えていた。
地面に落ちた首の切断面は黒く焦げ、辺りに焼けた匂いが漂う。ドリオトレスは四肢を暴れさせ、まだ繋がっている三本の首はそれぞれ叫び声をあげている。
暴れ回るドリオトレスの予測出来ない動きに、近距離で戦っていた者達は距離をとった。距離をとりつつどう動くか相手の動きを伺っている騎士達とは裏腹に、暴れるドリオトレスの足元でキトリーはよろけていた。
キトリーは全ての魔力を放出し、素早く動けるだけの魔力が残っていなかった。
「アイツ……何やってんだ……!」
騎士が焦燥感の籠る叫びを上げるが、ドリオトレスが暴れている為に大地が不規則に揺れていて思うように動けない。キトリーも何とかドリオトレスから離れようと足を動かすも、激しい揺れに翻弄されていた。
そんなキトリーに、ドリオトレスの足が振り下ろされようとしている。
「キトリー!!!」
団長が叫んだその瞬間、キトリーは前方に飛び込み転がった。ズシンとキトリーが居た場所にドリオトレスの足が降り、また直ぐに上に上がる。四本の足が地団駄を踏んでいるから、何時何処に足が落ちて来るのか予測が難しい。
団長の声を頼りに避けたものの、キトリーは足元が揺れる中立ち上がろうとするも揺れる度に手を付いてしまう。これでは魔力ポーションを飲む事も出来ない。
大きな叫び声を上げながら、ドリオトレスは三本の首からブレスを吐いた。暴れる首から空に向かって吐き出されたブレスのうち二つはすぐに途切れたが、一つだけ遠く何処かに着弾した。
転がりながら進んでいたキトリーの真上にドリオトレスの足が上がった。
あと少しで飛べるだけの魔力が貯まるのに……!キトリーが焦りと絶望を感じながらも、逃れようと足を前に出すがドリオトレスの足が降ってくる。
ダメだ……。身が竦み動けずにドリオトレスの足を見上げるキトリーの身体に強い衝撃が走った。痛みと共に息が止まり、叫び声も上げられない。チカチカと瞬く視界はにはもう、ドリオトレスの足の裏は映っていなかった。
「……悪い。間に合わなくて……!」
キトリーの耳にはロックの苦しそうな声が聞こえた。そしてキトリーをロックが抱えて飛んでいる事に気が付いた。
「ロック、先輩……あり……が、とう……ございま……」
身を捩りロックの方を見ながらキトリーが礼を言うと、ロックはミミの後ろに降り立った。
ドリオトレスに踏み付けられたパワードスーツには、深い亀裂が幾つも走っている。その痛々しい姿に、ロックは顔を歪めた。
「全く……本当に魔力を使い切る奴が居るかよ!……しかし、よくやった。テントまで戻るぞ」
「いえ。まだ、行けます」
キトリーは頷き魔力ポーションを出した。震える手で魔力ポーションを一口で飲み干すと、全身が魔力で満たされた。パワードスーツの亀裂がゆっくりと塞がれていく。キトリーは更にもう一本、魔力ポーションを飲む。
ロックはそれを見てからキトリーの肩をポンと叩くと、暴れるドリオトレスの方にまた飛んで行った。
全身が痛い。この傷が癒えるまでに、どのくらいの時間が必要なのかを説明しようがしきりに訴えている。しかしその期間休んでいる場合ではない。まだドリオトレスは生きている。キトリーは痛みに歯を食い縛りドリオトレスの方を見ると、掌に魔力を集中させた。
一頻り暴れていたドリオトレスの真ん中の首が、叫びながら空間を裂いた。縦に切り裂かれた空間は黒い色をぐにゃりと広げ、ドリオトレスはその穴に落ちるように入っていった。ドリオトレスの尻尾が入りきると、空間の裂け目は消えるように閉じていく。
まだ続くと思っていた戦いが呆気なく終わった事に、皆ポカンとした表情でドリオトレスが居た場所を眺めている。
そして段々とドリオトレスを退けた実感か湧いてきて、安堵のため息や笑顔が広がっていった。
「信じらんねえ!アンタ、アンタのお陰だね!」
キトリーの前に居たミミに笑顔で肩を抱かれ、キトリーは掌に集中させていた魔力を霧散させた。頭装備を解除し、ミミに笑顔を向ける。するとミミは吃驚したように目を見開いた。
「えっ!?アンタ、女だったのか?……へぇ、騎士団に女性騎士が居るなんて知らなかったよ」
「……ぁは、そうですね。まだ新人なので……」
キトリーが困ったように眉を下げて笑うが、その声は弱々しくかすれている。
「あんた……」
「キトリー、お疲れ様。貴方、すごいのねぇ」
「こんな逸材がおったとはのぅ。感知出来ぬとは、儂もまだまだ……という事か……」
おっとりと笑うオリーブとベンジャミンもキトリーを労いに来てくれるが、キトリーの様子を見て顔色を変えた。ミミは巨大な盾を置くと、キトリーを抱え上げた。
「無理しすぎだよ。医療班のとこに連れてくからね」
ミミの言葉を聞き終わらない内に、キトリーの意識は途切れた。
ドリオトレスはどうなったんだ?何処へ行ったのか。また現れるのではないか……。逃げて行ったのでは?小さな話し声は広がっていき、この場を支配していた緊張感が溶けていく。
ドリオトレスがまた現れる可能性が無い訳では無い。しかし今回あの神話の龍を退けた事は事実。
団長は緩んだ空気を引き締めるように声を響かせた。
「聞け!ドリオトレスは去り、滅びの危機は免れた!前線部隊は数日ここに残り、あとの部隊は元の隊に戻ってくれ。……皆、よくやった!」
団長の力強い声に、騎士達は大きな声を上げ答えた。喝采は前線部隊から後方部隊に伝染し、一帯は歓喜の声に包まれた。




