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41・開戦

 





 神話の竜ドリオトレスは、世界を終わらせる為にこの世界の何処かに眠っているとされる竜だった。

 人間が生まれる遥か昔に一度、ドリオトレスが現れ世界を滅ぼしたという神話が語り継がれていた。


 様々な場所や書物で目にする事が出来る竜王。その描かれた姿と同じ見た目のドラゴンが、自分達の目の前に居る事が信じられなかった。


「首が四本……ん、一本切れてんのか。あんな化け物の首を切り落とすなんたぁ、大昔にゃどんな化け物が居たってんだ」


 団長はぼやきながらも双眼鏡から目を離さなかった。緊張感を漂わせる団長は、宙に浮く動かないドリオトレスを見つめ続けている。


 魔術師隊長のサミから連絡を受けたゴーラレンヌ支部の騎士達は直ぐにドリオトレスを発見し、それからずっとドリオトレスを監視しているが、ドリオトレスは宙に浮いたまま眠り続けているようだった。

 今もドリオトレスは巨体を垂直に浮かべ、首を体に添わせるように下げて静かに眠っている。


「ドリオトレスはずっと寝たままなのか?」


「はい。私達が発見した時からずっと、あの状態です」


「分かった。監視を続けてくれ」


 双眼鏡を監視していた騎士に手渡すと、団長は楕円形の大型テントに入っていった。折り畳み式のテーブルと椅子が並べられたこのテントは、作戦会議等する為のものだ。

 今このテント内には、団長と騎獣部隊隊長、冒険者達、そしてキトリーがいる。


「ドリオトレスが寝ている間に戦力を集めたい。王都からの騎士が集まるのを待ちたいところだが、五日は掛かるだろうからな……せめて奴が動き出すまでに、侵略部隊が来てくれりゃぁ良いが。奴が動き出すか、こちらの準備が出来次第戦闘を始める」


 団長はそう言うと、集められた者達の役割を指示し始めた。

 その指示は大雑把な内容だったが、騎士達も冒険者達も心得ていると頷いた。


「ミミ殿、貴殿の防御性能は信頼しているが、ドリオトレスのブレスは受けないように気を付けて頂きたい。どれ程の威力か未知数故……」


「分かったよ」


 ミミと呼ばれた冒険者は、低い声で短く返し了承した。黒く焼けた肌に筋骨隆々な身体付きの女戦士。隣にはよく似た顔の、ミミよりも背の高いミカという男戦士が立っている。ミミとミカは双子の冒険者で、その腕っぷしの強さで有名だった。


「オリーブ殿とベンジャミン殿は、出来るだけ多くの精霊を集めておいて頂きたい。あまりここを離れられても困りますが……!」


 団長が言い終わる前に、テント内に強い風が吹きテントを揺らした。灯りとして立てられた蝋燭の炎は一瞬大きくなり、キトリーは吃驚して目を見開き蝋燭を凝視した。


「ほっほっほ!見えぬ者の方が多いですからな。精霊達も集まっておると主張しております。オリーブは空の上でかなり集めておったのぉ」


「上空には沢山おりますからね。先生もこちらに到着してから少しの間に、随分集められたのですね。流石……感服いたしました」


 師弟関係にあった二人は、おっとりと笑いあっている。キトリーや団長達には見えないが、二人は既に精霊を集めているようだ。


「言わずもがな、でしたな。ではお二人共、引き続きお願いします」


 団長の指示に、二人は力強い笑みを浮かべて頷いた。

 その後も団長が冒険者達に指示をすると、静かに近付いて来た騎士に顔を向けた。


「どうした?」


「報告があります。ツェレーザ国との国境沿いに、ツェレーザ国騎士団が集まっているのを確認しました」


「共闘出来るか……?元老院に()()()()()()()。皆、自由にしてくれ」


 団長は厳しい顔を更に厳しくしながらテントを後にした。


「んじゃ~、アタシは寝かせて貰うよ。ミカ、行くよ」


 ミミが欠伸をしながらミカを伴いテントを出ると、残された冒険者達も外に出て行った。キトリーも体を休めるように言われ、宛てがわれたテントの中で少し眠った。




「キトリー、居るか?」


 声を掛けられ目を開けたキトリーの耳に、すぐに大きな笑い声が聞こえてきた。


「あははははははははは!キトリー……!お前!その格好で寝てるのかよ!……本当に寝てるのか?」


「……え!?ドリオトレスが来たんですか!?」


 笑い声に起こされたキトリーは、笑い声の主の言葉を理解せずに飛び起きた。声の主は寝ぼけたキトリーを見て更に笑っている。


「……は……ひひ……っ……!ちょ……腹痛て……」


「え?……ロック先輩?……おはようございます?」


 キトリーが兜を装着したまま挨拶をした事で、爆笑していたロックは声が出せずにお腹に手を当て固まってしまった。


「入るぞ、キトリー。ロック来てないか?」


 そう言いながらテントに入って来たケヴィンは、すぐ目の前で震えながらヒーヒー言っているロックを見て怪訝そうに眉を顰めた。お腹を押さえてプルプル震えているロックは、よろよろと膝を付き頭を垂れて笑い続けている。


「だ……めだ……!はぁ……っ!ツボッ……入った……!」


「えっと、ケヴィン先輩、おはようございます」


 一人笑い続けるロックを尻目にキトリーがケヴィンの方を向くと、ケヴィンは切れ長の目を細めて微笑み返した。


「おはよう。十一班はお前だけか?」


「いえ、ラウル先輩も来ています。……あれ?居ませんね」


 キトリーはラウルが寝ていた筈の寝床を見て首を傾げた。寝袋は綺麗に畳まれてテントの隅に置かれている。


「ラウルか。違う部隊の方で呼ばれたんだろうな。キトリー、お前は前線だ。団長とテランス隊長が呼んでる」


 ケヴィンがそう言うと、寝起きでぼんやりしていたキトリーはすぐさま立ち上がり寝袋を纏めた。それを見たケヴィンは満足そうな笑みを浮かべ、キトリーに着いて来るよう促す。


「俺達も前線部隊。入団一年目で前線に選ばれてるの、キトリーだけだぜ?」


「ぅわ、それは……頑張ります……!」


 揶揄うような笑顔を向けてくるロックに、キトリーは恐縮しながら返事をした。神話の竜に立ち向かうという、あまりにも現実的でない事態を前に、キトリーからは緊張感が抜けていた。

 ロック達も緊張している様子を見せず、普段通り飄々としている。

 しかし団長の待つテントの前まで来ると直ぐに、その場を支配する空気に気が引き締まり表情も固くなった。

 前衛部隊が集まると、テントの中から団長が出て来て部隊に向かい口を開いた。


「こちらの主力が揃った。残念ながら、ツェレーザ国の協力は得られなかった。俺達だけで戦う」


 団長は苦々しい気持ちを表に出さず、淡々と告げた。

 元老院からの指示で協力を仰いだが、ツェレーザ騎士団は、ツェレーザ国を守る為だけに国境に騎士を配置している。ドリオトレスがそちらに向かわない限り、騎士団が動く事は無いとの返事だった。

 事態を楽観視しているとしか思えない返事に呆れたが、無理ならば仕方がない。団長は揃った騎士を見回し、部隊を三つに分けた。

 攻撃隊、補助隊、回復隊に分けられ、キトリーは攻撃隊に配置された。攻撃隊には団長とテランス隊長率いる侵略部隊もおり、キトリーは本当にここに居て良いのかと恐る恐る団長を見上げた。


「キトリー、お前の姿を消す能力、素早く飛ぶ能力、レーザービームには期待している。魔力ポーションを多めに持って行け」


「はっはい!」


 キトリーの能力をしっかり把握している団長に驚きながらも、キトリーは気を引き締めて返事をした。団長は他の騎士や冒険者に指示を出すと、前衛部隊を見渡し声を張り上げた。


「前線部隊の者は戦い慣れている者が多い。連携の取れる者は連携を取りつつ、有効な攻撃を。回復隊も状況を見て措置を行ってくれ。後方部隊の魔法は放つ際に合図の鈴の音を送る。それを聞いたら直ちににドリオトレスから離れろ」


 騎士達は団長の言葉に胸に拳を当てて返事をし、冒険者達は頷いた。


「この戦いが、どれ程長く続くかは見当も付かん。だが諦めればこの国が、この国の民が命を落とす事になる。このドリオトレスの出現を、世界の終わりにさせはしまい!」


 団長の言葉の力強さに、集められた騎士と冒険者は大きく呼応し、その声は振動を感じさせる程だった。

 団長は声が響く中歩き始め、その後にテレンスが続く。攻撃隊もその後に続くと、声は止み足音が響いた。


 誰も何も発しない静かな行進は、今だ眠るドリオトレスに向かっている。遠くからでも呼吸により首が上下しているのが見える程の巨体。

 巨体故に近く見えるがまだ遠い距離の中、ドリオトレスの首の一つがピクリと動きゆっくりと目を開けた。


「起きたか……!騎獣部隊!先陣を切れ!続ける者は続け!」


 団長が叫ぶと、騎獣部隊は空を駆けドリオトレスに向かった。キトリーとロックもそれに続く。空を飛べない者も走りドリオトレスとの距離を縮めていく。


 目を覚ましたドリオトレスは首を一本一本持ち上げ、浮いていた身体を地に着けた。幾つもの長い首に大きな身体、太く長い尻尾、そして更に大きな翼。

 山のように大きなドリオトレスが昇る太陽を背に翼を広げたせいで、先程まで明るかった周囲は陰り暗くなってしまった。


 ドリオトレスの首の一つが大きく息を吸うと、向かってくる騎士達に向けてブレスを吐いた。そのブレスはキトリーのレーザービームの何倍もの大きさだった。

 騎士達は瞬時にそれを避けたが、扉のように大きな盾を両手に持っていたミミは正面から受け、ブレスを上空に受け流した。


「……これは……キッツイね……」


「危険なブレスですな。これを防ぐとは、流石ミミ殿」


 脂汗をかき苦笑するミミに、ベンジャミンが魔力ポーションを差し出している。

 遥か前を走る団長は、ブレスを受けるな、とミミに伝えた事を思い出し苦笑した。実力はあるがはぐれ者のミミとミカが指示に従わない事は想定内ではあった。そして、ミミのお陰で後方の騎士達は無事で済んだ事も事実だった。


 上空では騎獣隊がドリオトレスに攻撃を仕掛けている。竜王との戦いが始まった―――。

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