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40・竜の出現

 





 副団長室で書類を片付けていたエリクの元に、赤い煙が現れた。赤い煙が丸く形作られると、騎士団の紋章が浮かび上がる。


「団長、副団長、ジラール侯爵領にて、膨大な魔力を感知しました。至急、魔術部隊長室までお願いします」


 緊急連絡をしてきたサミ魔術部隊長の声は固く、その膨大な魔力が桁違いのものである事が伺い知れる。急ぎ魔術部隊長室に向かうと、エリクの後ろから同じように急いだ団長が部屋に入って来た。


 サミは珍しく眉間に皺を寄せた難しい顔をして、机上のマルラーン国の地図を睨むように見ていたが、団長とエリクの入室に顔を上げた。


「団長、副団長、ゴーラレンヌ地方、この辺りに何かが出現したようです。現在ゴーラレンヌ支部の騎士に……ッ」


 サミは報告の途中で言葉を途切らせた。何かに集中している様な表情で視線を団長から地図に移した。


「……何ですって!?……分かったわ。貴方達はすぐにそこを離れなさい。追って指示を出すわ」


 サミは遠方の魔術師と会話をする魔法で報告を受けていた。難しかった表情は、険しいものになっている。サミはその険しい表情を団長に向けた。


「ゴーラレンヌに現れた魔力の正体は、ドラゴンでした。しかも、見た事の無い種類のものだったようです。巨大で、首が幾つもあるドラゴン……」


「首が幾つもあるドラゴン……」


 団長はサミの報告を聞き、考え込むように顎に拳を当てた。思い出したようにピクリと眉を動かすと、その名を呟く。


「竜王、ドリオトレス……」


「竜王……!神話のドラゴンですか?……そんなものが、本当に……?」


 とても信じられないとエリクが団長を見ると、団長は苦々しく笑いながら答えた。


「ドリオトレスは空間を裂いて現れると言うじゃねぇか。首も多いらしいし。違っていれば良いんだがな……本当にドリオトレスなら、この国どころか大陸全土……いや、世界の危機だぜ……」


 珍しく後ろ向きな事を言う団長に、反論出来ないエリクとサミは押し黙った。

 神話に出てくる竜王ドリオトレスは、圧倒的な力を持つ破壊の象徴だ。口から吐く灼熱の炎は、キトリーのレーザービームのように速く、直線状にあるものを遙か彼方まで焼き尽くす。

 大きく鋭い爪は、人間など布切れのように裂いてしまうだろう。

 ドリオトレスの戦闘力は全く未知数だが、悪い想像ばかりが浮かんでしまうのも無理は無い。


「団長!ここですか!?……あ!団長!」


 騒々しく部屋に入って来たのは、特殊部隊の呪術師ガレナと顔色の悪い老人だった。


「どうした、ギベオン、ガレナ」


「団長、何か、現れましたでしょう……?何か、とんでもないものが……」


 低く(しわが)れた声で問うギベオンは、目付きの悪い暗い目を団長に向けた。ギベオンの目付きも顔色も、この状況下にあるからなのではない。元々ギベオンの顔色は土気色をしていて、覇気のない双眸で相手をジロリと見るのだ。


「ギベオンも感じたか。恐らくだが、現れたのはドリオトレスだ。これから王都と各町に防御策を配置し、向かえる者はドリオトレス討伐戦に向かう」


「成程分かりました。私が感知したのは、ドリオトレスの魔力だけではありません。呪いの力が、そのドリオトレスの方角から出ているのです。もしかしたら、ドリオトレスを喚んだ者が居るのかも知れません」


 団長は予想だにしない事を言われ、眉を顰めてギベオンを見た。ギベオンは嘘をつくような男ではない。信じ難い事ではあるが、ギベオンは呪術に関して国内に並ぶ者が居ない程の呪術師だ。このギベオンの発言を聞き流し放置する事は、危険を放置する事と同義である。


「分かった。ギベオンはグラニットと呪術師達を編成し、その呪いの力が発生した場所に向かってくれ。エリク……そうだな……第二部隊三班を連れ、ギベオン達に同行してくれ」


「了解しました」


 エリクが頷きギベオンの方へ視線をやると、ギベオンもエリクの方を見、二人は無言で頷き合った。


「サミは魔術師部隊と各支部の魔術師に連絡をとり、王都と各町に防御壁を張ってくれ。俺はドリオトレス討伐に向かう。王都は任せたぞ」


「竜王の大地を焼き尽くすブレスに、魔法障壁がどれ程対抗出来るか分かりませんけどねぇ……最善を尽くします」


 険しい笑みを浮かべたサミが頭を下げると、団長達は部屋を後にした。

 それぞれがドリオトレスに対抗する為に動き出す。サミは水晶に向かい、団長は討伐隊を編成、エリクは呪術師の集まる部屋へ向かった。





「至急、騎士団本部第一鍛錬場に集合しろ」


 突如目の前に現れた紋章から短い命令が出され、王都を巡回していたキトリーとギャエルは騎士団本部に向かって走り出した。同じように命令を下されたらしい騎士達が次々に第一鍛錬場に集まっている。

 難しい顔をしている団長が、数人の騎士と話をしているのが見えた。彼等の緊張感漂う雰囲気に、集められた騎士達は静まり返っている。


 不意に子供の声が聞こえそちらを見ると、レジスの妻オリーブと二人の子供達が来ていた。オリーブは濃い緑色のローブとマントを着ていて、普段の彼女とは印象が全く違って見えた。

 優しい笑顔を子供達に向けているのに、強い覇気を感じさせる。

 オリーブを待っていた騎士が、子供達を何処かへ連れて行った。オリーブはそれを見送ると隅に移動し団長の方を見る。

 キトリーはレジスの方を見ると、レジスもオリーブを見ていた。その表情は緊張しているように見える。キトリーがレジスに声を掛けようと足を踏み出す前に、団長の声が鍛錬場に響いた。


「先程、サミ魔術師隊長がゴーラレンヌ地方で、ドラゴンの出現を感知した。恐らくそれは、竜王ドリオトレスだ」


 団長の言葉に騎士達の空気が変わった。

 竜王ドリオトレス?あの神話の竜が現れた?団長はこんな冗談を言う為にこれだけの数の騎士達を集めるような人ではない。それに、団長の隣に居るモルガン大隊長の恐ろしい顔が、この話を真実だと物語っている。


「この中で騎獣部隊と空を飛べる者は先行する。他の者は馬で向かってくれ。騎獣部隊と空を飛べる者、騎士団員でない者は俺の元に集まってくれ。他の者はモルガン大隊長の指示で動いてくれ」


 団長が右腕を振り上げると、騎士達は動き出した。キトリーは空を飛べるので、団長の元へ向かった。団長は集まった者の顔を見渡すと、険しい表情を更に険しくさせた。


「よし。お前達は俺の隊として動いて貰う。先ず飛行しゴーラレンヌ支部へ向かう。あちらで召集した騎士と合流し、ドリオトレスに攻撃を仕掛ける。細かい指示はゴーラレンヌ支部で出す。騎士団員でない者は、騎獣部隊の騎獣に乗せて貰ってくれ。あっちに戦闘糧食と個人携行救急セットは必要分用意してある。出発は十分後だ」


 団長の元に集まった者達は慌しく動き出し、キトリーも急ぎ戦闘糧食と個人携行救急セットを受け取った。

 鍛錬場の端に長いテーブルが並べられ、手際良く騎士達に戦闘糧食と個人携行救急セットが配られている。騎獣部隊員は騎獣を連れ、出発の準備は直ぐ整った。その速さに団長は満足そうに口角を上げ、声を張り上げた。


「よし!出発する!」


 団長の跨った騎獣はゆっくりと上昇し、騎獣部隊の騎獣達もそれに続く。キトリーもふわりと浮かび上がると、団長はスピードを上げてゴーラレンヌ地方へ飛び立った。




 昼前に王都を発った団長率いる隊がゴーラレンヌ支部に到着したのは、夜明けまであと数時間という時間だった。


「少し休め。朝食後に戦術について話をする」


 団長はそう言うと、ゴーラレンヌ支部長と共にこの場を去った。キトリー達は出迎えてくれたゴーラレンヌ支部の騎士達に案内され、仮眠をとった。




「えっ?オリーブさんって、冒険者だったんですか?」


 三時間程眠り、起こされたキトリーは朝食を食べながらオリーブと話していた。オリーブが討伐隊に加わっている理由を、今朝やっと尋ねる事が出来たのだ。


「そうなの。子供が出来てから、それまで通り冒険を続ける事が難しくなったからね。レジスは騎士団に入って、私は家でレジスの帰りを待つ事にしたの」


「え~!知りませんでした!この討伐隊に呼ばれたって事は、オリーブさん相当お強いんですね!」


 いつものように、おっとりと返すオリーブを、キトリーは尊敬の眼差しで見つめている。そんなキトリーに、オリーブは苦笑した。


「少し珍しい職業ってだけよぉ?」


 眉尻を下げて微笑むオリーブは、いつものオリーブに見えた。昨日の覇気のある雰囲気は、今のオリーブからは想像もつかない。

 オリーブの他にも冒険者が数名選ばれ討伐隊に加わっているが、その冒険者達は如何にも実力者といった空気を纏っていた。


「食事中だが聞いてくれ。名前を呼ばれた者は、前衛として攻撃をして貰う」


 団長が大きな声で騎士の名前を呼んでいく。キトリーは背筋を伸ばし団長の声を聞いている。


「―――キトリー!」


 団長が話し始める前に口に入れた肉がまだ飲み込めずに、モグモグと急いで噛んでいると、自分の名前が呼ばれた。

 まさか自分が前衛を任される事になるとは思っていなかったキトリーは、吃驚して喉を詰まらせてしまい咳き込んでしまった。


「ゲホッ……ゴホッ……!」


「あらまぁ」


 苦しそうに咳き込むキトリーを見て、オリーブは穏やかに微笑み指を一振りした。


「グ……ッ……?」


 喉の苦しさが消え、キトリーは胸を押さえて不思議そうに目を瞬かせた。先程まで喉を塞いでいた肉が、するりと食道を降りていった事に理解が追い付いていない。

 不思議そうな表情のままオリーブの方を見ると、オリーブは優しい笑みを浮かべキトリーを見ていた。


「もう苦しくないかしら?」


「は、はい……」


「ふふ。良かったわ。団長さんが呼んでいるわよ。行きましょう」


 そう言うと、オリーブはキトリーを誘うように立ち上がる。

 前衛として、オリーブも名を呼ばれていた。

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