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4・女神騎士は魔王様

 





「足が止まっているぞ!」


「手元ばかり見るな!相手だけを見るな!視野を広げろ!」


「腰が引けている!足が曲がりすぎだ!」


 入団式の時に見せた柔らかな微笑みは何処へやら、女神騎士はキトリーに厳しい表情で叱咤している。基本のなっていないキトリーを見た女神騎士はギャエルに一言言うと、突如現れた女神騎士に目を丸くしたキトリーに指導を始めたのだった。

 キトリーは必死に女神騎士の訓練に着いて行こうとしているが、鍛錬が始まってからずっと問題点を挙げられ続けていた。


「副団長、今日はこの辺で終わりにします。キトリーも疲れてるようですし……」


 副団長である女神騎士エリクの納得出来る所まで出来るようになってはいないが、ギャエルが午後の鍛錬を終える時間になった事を告げた。不満そうな表情をしたエリクだったが、ギャエルを見て頷いた。


「分かった。今日は終わりにしよう。キトリーは基本の動きから教えなければならないようだ。鍛錬の日は私が見よう」


 エリクの言葉に、ギャエルとキトリーはギョッと目を丸くしてエリクを見た。


「ふ、副団長はお忙しいでしょう。そのようにお手を煩わせる訳には……」


「いや、団長からも、キトリーの事を気に掛けるよう言われている。私がこのへにゃちょこ新入団員を、立派な騎士にしてやろう」


 エリクは美しい顔を勝気に微笑ませる。その目に見つめられたキトリーは内心悲鳴を上げ、蛇に睨まれた蛙のようにすくみ上がり固まった。キトリーはこれから鍛錬時に、この女神に見える魔王のような副団長に扱かれる事が決定してしまった。

 だが自分が騎士を名乗る程の実力を持っていないのは事実。キトリーは心の中で項垂れながらも、頑張らねばと決意を新たにした。


 エリクは団長から、キトリーの事を信頼出来る人物なのか、危険は無いのか調べるよう命じられていた。団長は様々な案件をエリクに押し付けてくる。

 今回の件もため息混じりに受けたが、確かにキトリーのスキルは強力で、実力の無い者に任せるのは危険だとエリクも判断した。そして目に余るへにゃちょこぶりを見せたキトリーを育てる仕事まで増やしてしまった。


 鍛錬が終わり、キトリーは深々とエリクに向かって頭を下げた。


「御指導下さりありがとうございました」


「ああ。次は明明後日だな」


「はい。よろしくお願いします」


 キトリーはビシッと直立して言うと、再度礼をしてエリクから離れた。他の班員達がそんなキトリーを労うように肩を叩く。


「お疲れさん。副団長、騎士学校の教師より怖ぇな~」


「副団長から直々に教えて貰えるなんて、有難い事だから、ま、頑張れよ」


 ラウルとカンタンが軽い口調で言うと、ギャエルが同調した。


「カンタンの言う通りではある。あの若さで副団長になった方だからな。彼の実力は騎士団一だと言って良いだろう。さて、今日は歓迎会するか。キトリー、ベルナール、来れるか?」


「勿論です!」


 大きく良い返事をするベルナールだったが、キトリーは眉を下げた。


「すいません……弟を一人に出来ないので……」


「弟がいるのか。いくつだ?」


 断わろうとしていたキトリーにレジスが聞くと、キトリーは顔を上げてレジスを見上げ答えた。


「十歳になります」


「お、うちの子と近いな。歓迎会の間、うちで預かるよ」


 キトリーは慌てて手と首を振った。同じ班とはいえ出会ったばかりで世話になるなんて申し訳ない。


「えっそんな、悪いですよっ」


「主役が居なくちゃ歓迎会にならないだろ?それに新しい友達が出来て、うちの子達も喜ぶよ」


 この面倒見の良い優しい先輩の笑顔に、キトリーは甘える事にした。住んでいる部屋に戻ると、ジルは既に帰っていた。


「お帰り、お姉ちゃん」


「ジル、ただいま。レジス先輩、弟のジルです」


 ジルはレジスの体の大きさに一瞬目を丸くしたが、すぐに挨拶をした。


「初めまして。弟のジルです」


「初めましてジル。俺はレジス。しっかりした弟君だな」


 レジスは優しげに目尻を下げた。そしてキトリーはジルにレジスが一緒に来た理由を話す。


「これから配属先の先輩方が歓迎会をしてくれるそうでね、夜ジルを一人にしておくのは心配だって言ったら、こちらのレジス先輩のお家でジルの事見てて頂けるそうなの」


「あ、そうなんだ。レジス様、お世話になります」


 ジルが礼儀正しくお辞儀をすると、レジスは面食らったような表情をした後に、大きく笑った。


「あっはっは!本当にしっかりしてるな!うちの子にも見習わせたい位だ。よし、行くか。あ、キトリー、着替えて行くか?」


「あ、はい!すぐに着替えて来ます!」


 キトリーそう言い二人を残して奥の部屋に消えるとすぐに、白いブラウスに茶色のスカートというパワードスーツからは想像出来ない姿で小走りに登場した。


「ちっこいし、顔も可愛いからもしかしてとは思ってたけど、本当に女の子だったんだな」


 レジスは苦笑してそう言うと、三人でレジスの家へ向かった。

 レジスの家で出迎えてくれた彼の妻に紹介され、キトリーはペコリと頭を下げる。


「初めまして。レジス先輩と同じ班に配属されましたキトリーです。急なお願いをしてしまい、申し訳ございません。弟をよろしくお願いします」


「初めまして、ジルです。よろしくお願いします」


 レジスの妻だと紹介されたのは、小柄な女性だった。おっとりと笑う女性は、レジス同様優しそうだ。


「初めまして。私はオリーブ。女性の騎士は初めて見るわ~。意外と小さいのね。うふふ、ごめんなさい。レジスが大きいから、勝手に騎士の方は大きな方ばかりだと思い込んでいたわ。ジル君の事は任せて。歓迎会、楽しんで来てね」


 オリーブにジルをお願いし、キトリーは着替えたレジスと酒場へ向かった。酒場の前でギャエルとばったり鉢合わせた。ギャエルはキトリーを見て目を丸くすると、ニッと笑った。


「おう。キトリー、似合ってるな」


「班長、違いますよ。本当に女の子なんですよ」


 レジスがギャエルの勘違いを訂正すると、一瞬目を点にしたギャエルは大笑いした。


「わっはっはっは!そうか。悪い悪い」


 何を勘違いされたのか見当のつかないキトリーは、首を傾げながらギャエルとレジスに続いて酒場に入った。他の班員はもう揃っており、そのテーブルに向かう。キトリー達に気付いたラウルがニヤリと笑った。


「お、キトリー女装か?似合ってるな~」


 吃驚したキトリーは思わず目を見開いた。先程のギャエルとレジスのやり取りもこの勘違いからなのだと気付いたキトリーは、目を見開いたままギャエルを見た。そんなキトリーを見たギャエルはまた笑い出す。


「はっはっは!俺もさっき間違えたんだ。キトリーは女の子なんだと」


「ええーーー!?」


 座りながらギャエルがそう言うと、ラウルとカンタンは大きく驚いた。騒がしいテーブルであるが、この店はどのテーブルでも同じように大きな笑い声が上がっている。

 キトリーは、まさか私服姿で現れても性別を誤解されるとは思わなかったな、と思いつつ椅子に座った。キトリーが入団するまで女性が居なかった事、副団長の美貌の前ではキトリーは霞む事。この二つがあっても流石に女性の服を着ていれば誤解される訳がないと思っていたのに。男性を装う必要が無くなった今となっては複雑な気分である。


 色っぽい店員が注文した酒を持って来て、一同はジョッキを持ち上げた。


「これからよろしくな。二人共」


「よろしくお願いします」


 キトリー以外の班員達は、乾杯をするとジョッキを傾けビールを煽った。ゴクゴクと喉を鳴らしてビールを流し込むと、爽快そうに息を吐き出す。まだ酒が飲める年齢でないキトリーは、ジンジャーエールを一口飲むとグラスをテーブルに置いた。既に一杯目を飲み干した班員達は次のビールを注文している。


「キトリー、食いたいもん頼め。今日は俺達の奢りだから、いっぱい食って帰るんだぞ」


 レジスの言葉に頷くと、キトリーは先程の色っぽい店員を呼び食事を注文した。気だるそうな雰囲気を纏った店員は、酒や食事を次々に運んで来てくれる。

 大きな皿に大量に入っているムール貝の白ワイン蒸しにエスカルゴ、ジビエが並んだ。


「ジビエには赤ワインだな」


 ジビエを見たギャエルは来たばかりのビールを飲み干し、赤ワインを注文している。キトリーはエスカルゴを食べると、器に残っているパセリとガーリックバターのソースをパンに付けて食べた。塩味とまろやかさが絶妙で、頬が緩む。


「俺の彼女も結婚したがってるんですよー」


 キトリー以外の班員達の酒が回ってきた頃、班員達の話題はいつの間にか恋愛話になっていた。カンタンは結婚に躊躇しているらしく、それを班員の半数である既婚者達に相談に乗って貰っている。


「周りもどんどん結婚してるし、年齢的にも、ってのは分かるんすけどね~。いつどうなるか分からない仕事じゃないですか。迷いますよ~」


「安心しろ。遺族年金出るから」


「縁起でもない~!」


 ガハハと笑うギャエルに、カンタンは悲鳴を上げた。それを見たキトリーは、皆と一緒に笑っている。


「カンタン先輩が結婚したら寂しいですよ~。結婚しても俺とも遊んで下さいよ!」


「可愛い事言いやがって。でもまだ結婚するとは決めてない」


 カンタンとラウルの会話を笑って見ていたレジスはベルナールの方を見た。


「ベルナールはどうなんだ?」


「俺は、こっちに出て来たばかりですし、故郷にもそういう相手はいません。キトリーは?」


「私も同じ。私はまずは魔王様の鍛錬を乗り越えないとだから」


 キトリーが決心した表情で言うと、静かに飲んでいたオレールが反応した。


「あははは!魔王様ってエリク副団長の事?」


「副団長って見た目女神様なのに訓練中は魔王様でしたよ。まぁ、私がそうさせてしまったんですが……」


 キトリーの言葉は後半ゴニョゴニョと小さくなっていった。そんなキトリーを労うようにオレールは続けた。


「確かに厳しかったもんな。ま、幼少期から騎士になる為に訓練していた俺達のようにはいかないのは、副団長も理解してるとは思うぞ」


 班員達の殆どが騎士学校を卒業していて、キトリーとベルナールは彼等の騎士学校での思い出話を聞かせて貰った。銀色のバケツのような形の器に大量に入っていたムール貝は、もう一つの同じ形の器に殻だけになって盛られている。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、キトリーは仲の良い十一班に配属された事を嬉しく思った。

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