38・騎獣狩り
「騎獣狩り、ですか?」
キトリーが首を傾げると、ロックは少し不思議そうにきょとんとした。
「あれ?まだ聞いてないのか?騎士団にも騎獣は居るだろ?騎獣部隊は花形だ。エリクは個人で騎獣を持ちたいと思ってるんだって。貴族だし、副団長だから出来る事だよな。餌代、馬鹿にならないしさ~」
キトリーはロックの話を聞き顔を輝かせた。騎獣は空を駆ける獣で、馬よりも遥かに早い。
ガレナもジラール侯爵領まで騎獣に乗りやって来ていた。あの騎獣は、縞模様の美しい馬の魔物だった。エリクはどのような騎獣を捕らえようとしているのだろうか。
「ロック、キトリーは……」
「何時ですか?私も参加したいです」
キトリーの参加を断ろうとしたエリクの言葉を、ワクワクしたキトリーの声が遮った。面白そうだし、騎獣を捕らえる方法にキトリーは興味を唆られた。
キラキラ輝いているキトリーの顔を見て、エリクは諦めたように苦笑した。
「え?キトリーは行かない予定だった?エリク、俺、もしかして……?」
「ああ。キトリーとは二人でデートをする予定だったんだが、騎獣狩りに変更になった」
恐る恐るエリクの方を見たロックに、エリクはニッコリと笑顔を向けた。その笑顔が何だか恐ろしく感じたロックは、慌てた様子でエリクに謝る。
「うええ!ごめんよエリク~!」
「ロック先輩!私は楽しみですよ!」
「ああ、楽しみだな。ロック、当日はよろしく頼むよ」
エリクの迫力のある笑顔に、ロックは引き攣った笑顔で頷く事しか出来なかった。
騎獣狩り当日、夜明け前にエリクは馬車でキトリーを迎えに来た。以前クルテュールへ行った時と同じ、美しい馬車だ。
エリクは以前、冒険者協会でクエストを受けた時と同じ鎧を身に付けていた。一緒に乗っていたロックも、騎士団の鎧ではなく冒険者がよく装備している鎧を身に付けている。だがその鎧は、背中の翼の為に改造されている特注品だった。
キトリーはいつものパワードスーツ姿で二人に挨拶をすると、馬車に乗り込んだ。エリクとロックが向かい合って座っている為、キトリーはエリクの隣に座った。
「じゃあ、騎獣狩りの説明をするよ。今回俺とキトリーは、エリクの補助をする。エリクは飛べないが、俺もキトリーも魔物も飛べるからね。俺達で標的の魔物を追って、エリクの所まで誘導するんだ。攻撃は極力しない様に……出来るよね?」
馬車が動き出すと、ロックが説明を始めた。キトリーはロックに頷き答える。
「分かりました。ロック先輩は、騎獣狩りは何度かされてるんですか?」
「少しだけどね。俺達各地を飛び回ってて、中々機会が合わなくてさ。騎獣、格好良いだろ?俺も騎獣が好きだし、時間が合えば騎獣部隊の騎獣狩りに参加させて貰ってるんだ」
ロックがにっかりと笑うと、キトリーは尊敬の眼差しをロックに送った。そんなキトリーを横目に見たエリクが口を開いた。
「ロックは一時期、騎獣部隊に居た事があるんだ。入隊したての頃にな」
「うっ……そうなんだ。俺、スキルを授かって、羽が生えて飛べるようになったのに、全く生かせてなかったからさ。飛びながら戦う術を学んで来いって、当時の班長に言われてさ~。あの時は結構落ち込んでたけど、結果的には良かったよ。騎獣は可愛いし、戦い方を学べて侵略部隊に入れるまでになったしな」
自身の過去を少し恥ずかしそうに語るロックの話を、キトリーは興味深げに聞き入っていた。そして、エリクの表情が他の団員と接している時よりも和らいでいる事に気が付いた。そういえば、先日もロックに対するエリクの態度は気易いものだったと、キトリーは思い出した。
「副団長とロック先輩、仲が良いんですね」
「そうだな~。騎士学校入学した時からの付き合いだからな~。……エリクの面白い話、いっぱいあるけど、聞きたい?」
キトリーが顔を輝かせて返事をする前に、凄みのある笑顔のエリクの静かな声が響いた。
「俺も、お前の面白い話を沢山覚えているからな?」
ギクリとエリクを見返したロックが引き攣った笑みを浮かべたのを見て、キトリーは面白そう笑った。
目的地に到着すると、三人は馬車から降り山へ入った。高く険しい山が眼前に聳え立つ。
「ロック、キトリー。あの魔物、見えるか?」
足を止めたエリクが指差した方向には、虎に似た魔物が歩いていた。背中からは大きな羽が生えており、耳は三角に尖っている。腰から上は暗い紫色で、腰から下は鈍い青紫色の美しい魔物だった。
その魔物を確認したロックは、エリクの方を向き頷いた。
「カナガルか。キトリー、気配を消して、向こう側に回り込むぞ」
「分かりました」
キトリーは返事をすると、透明化の機能で姿を消した。それを見たロックは、声を殺して笑う。
「出た!キトリーのこれには苦戦したんだよな~。よし。俺は右から回り込む。キトリーは左から行ってくれ。威圧はしないように頼む」
「はい!」
ロックの指示にキトリーが返事をすると、二人は音もなくその場を離れた。残されたエリクはカナガルから目を離さずに、静かに準備を始めた。
カナガルは草を食んでいるらしく、その場から動こうとしない。時折尖った耳がピクリと動いている。周りを警戒しているようだ。
ロックとキトリーはカナガルに気付かれる事無く回り込むと、ロックが翼を大きく羽ばたかせカナガルに風を送った。
驚いたカナガルが顔を上げ後ろに飛び退ると、その後ろから鈍い金属音が響く。キトリーが剣と盾を打ち響かせている音だ。
更に驚いたカナガルがエリクとは反対方向に逃げようと向きを後ろを向いた。しかしキトリーがそちらに姿を現し、カナガルは身体を強ばらせた。
一鳴きしたカナガルが翼を羽ばたかせてキトリーから距離をとると、ぞくりと背筋を冷たいものが這い上がった。空気が重く、恐怖で竦んでしまいそうだ。しかし一瞬だけ、強く惹き付けられる香りがカナガルの鼻をくすぐった。
エリクは拳程の大きさの石をカナガルに向かって投げたが、カナガルはふらりと石を避けた。強い香りがその石から昇ってくる。
この石に食らいつきたい。あの人間の方にはもっと沢山の石がある。……駄目だ。そちらに行っては駄目だ。あの人間の方を見ては駄目だ。瞬時にそれを理解したカナガルは、もう一度羽を羽ばたかせると空へ舞い上がった。
キトリーがそれを追い掛け、一瞬でカナガルを追い抜き行く手を阻んだ。突然後ろに居たはずの黒い人間が目の前に現れ、カナガルは体をビクリと弾ませて停止する。
カナガルは何度も方向を変え逃げようとするも、その度にキトリーがカナガルを遮る。ロックも翼を広げてカナガルが方向を変える度に逃げ道を塞ぐように回り込んでいた。
逃げているはずなのに、気付くとカナガルはエリクが投げた石の所まで戻って来ていた。疲れ焦ったカナガルはその石に食らいついた。口の中に広がる、何とも言えない格別の味。
カナガルは石を噛みながらエリクの方を見た。エリクはまだカナガルを威圧し続けている。その押し潰されそうな威圧感から、エリクの強さが推し量れた。
自分の適う相手ではない。あの人間は自分に下れと言っているのだ。そしてあの人間の前に積まれた美味な石は、下れば好きなだけ食べさせてやると示しているのだろう。
エリクが一層威圧感を増すと、カナガルは頭を垂れてエリクの方へ近付いた。ゆっくり、恐る恐るエリクの前まで来ると、石を気にしながらも脚を折りエリクに頭を下げて見せた。
「ああ。よろしく。食べて良いぞ」
エリクは口角を上げてカナガルの頭を撫でると、カナガルの緊張が少し解けたようで、体の強ばりが弛んだ。そしてエリクの前に積まれた石をガリガリと食べ始める。
「かなり早く終わったな」
「副団長、ロック先輩、お疲れ様です!」
ロックとキトリーが降りて来ると、カナガルがまた体を強ばらせた。エリクはカナガルの前に立ち、二人に笑顔を向ける。
「ああ。二人のお陰だ。ありがとう……もう食べたのか?早いな」
二人に礼を言ったエリクがチラリとカナガルを見ると、カナガルは既に石を食べ終えており、エリクの後ろで静かに座っていた。まだ緊張しているようだが、エリクが見せた笑顔に少し安心したように尻尾が揺れた。
「馬車まで戻ろう」
そう言うとエリクはカナガルの背に跨った。ぎこちなく歩き出したカナガルの背中を、エリクは力強く撫でる。
「飛んだ方が良いか?」
エリクは両腿でカナガルの背中を両側から締め、肩に手を置き後ろに引いた。カナガルはエリクの意図を察したようで、宙に浮き馬車まで低く静かに飛んで行った。
「お、お早いお帰りで……」
降り立った場所の前で、サンドイッチを食べていた御者が驚きながらエリクを出迎えた。カナガルから降りたエリクは、しなやかで力強いカナガルの背中を撫でると御者の方を向いた。
「話していた通り、俺はカナガルに乗って帰る。食事が済んだら二人を送ってくれ。」
「かしこまりました」
エリクの言葉に御者は頭を下げ、エリクがロックとキトリーの方を向くと残りのサンドイッチを勢いよく食べ始めた。
「二人共、今日はありがとう。これを」
エリクはそう言うと、二人に布袋を差し出した。掌に乗る位の大きさの袋は、ずっしりと重そうだ。
「エリク……?これ、貰いすぎじゃないか?」
「早く終わったから、多少色を付けた。受け取ってくれ」
エリクは戸惑う二人に袋を押し付けた。
「副団長、私まで……」
眉尻を下げエリクを見上げたキトリーに、エリクは晴れやかな笑顔を見せた。
「当然だろう。休みだというのに、こうして協力して貰ったんだ。感謝の気持ち……いや、報酬だな。二人は馬車で先に帰ってくれ。俺はカナガルと帰る――頼んだぞ」
エリクは御者の方を見ると、サンドイッチを食べ終えた御者が恭しく頭を下げた。キトリーはおずおずと視線だけでエリクを見上げる。
「あ、ありがとうございます……」
「……ああ。また近いうちに、二人で出掛けよう」
名残惜しそうな色を滲ませたエリクの瞳に見つめられ、キトリーは頬を赤く染め頷いた。




