37・盗賊の呪い
洞窟内の盗賊を全て待機隊に引き渡すと、一階層出入口に居る魔術師が洞窟内の残党を探索する魔法を使った。
各出入口に待機していた魔術師達は、その魔力の流れを感知し、呼応するように続けて探索魔法を使う。数分が経つと、一階層出入口の魔術師が、青い光の筋を空に向かって打ち出した。
そしてまた、呼応するように各出入口付近から次々に光の筋が空へと流れていく。
「残党はいないようですね。それでは、ジラール侯爵領支部へ戻りましょう」
魔術師部隊の班長が穏やかな口調で言うと、ギャエルは黙ってそれに頷き、盗賊達を引き連れて騎士団支部へと向かった。
支部に到着すると、扉からオリアンヌとガレナが飛び出して来た。
「キトリー様!」
オリアンヌはキトリーの元に駆け寄ると、安堵したように目を潤ませてキトリーを見上げた。
「キトリー様、ご無事で……」
「はい。オリアンヌ様。この通り、怪我一つございません。……まだこちらにいらっしゃったのですね。ご家族様を、早く安心させてあげて下さいませ」
キトリーが優しく微笑み答えると、オリアンヌは込み上げるものを堪えるように口元を引き絞りコクコクと頷いた。
オリアンヌは目元を指先で拭うと、こちらを見ていた騎士達の方へ体を向けた。
「皆様、この度は私をお救い下さり、ありがとうございました」
深々と頭を下げたオリアンヌに、騎士達は胸の前に拳を作り背筋を伸ばした。キトリーとガレナも、表情を引き締めて同じ姿勢をとる。
オリアンヌが頭を上げると騎士達も動き出し、盗賊達を地下牢へと連行する作業に戻った。
「キトリー、少しオリアンヌ様から離れる。戻って来るまで、オリアンヌ様と一緒に居てくれないか?」
先程から眉を寄せて何かを警戒していたガレナは、キトリーに顔を寄せて小声で話した。キトリーはガレナの意図が掴めなかったが、ガレナを見て頷き返す。
「わかりました。申し訳ございませんオリアンヌ様。少し私とお待ち頂けますか?」
「え?……ええ!勿論ですわ!」
キトリーの言葉にオリアンヌは花が咲いたような笑顔を見せた。
何処かで見た事のある笑顔だと思ったキトリーは、エリクに見せていた笑顔と同じだと気付いた。キトリーの目尻も自然と下がる。
「キトリー様、もしよろしければ、お茶会にいらっしゃいませんか?あの、キトリー様は騎士団の仕事でお忙しいでしょうから、キトリー様のご都合に合わせてお茶会を開きますわ」
「え?よろしいのですか?嬉しいです!是非参加させて下さい!」
キトリーが喜色満面で頷くと、オリアンヌはそれ以上に喜びを露わに弾んだ声を出した。
「勿論ですわ!バカンスが終わりましたら、ご連絡させて頂きますわね。ああ、バカンスが終わるのが待ち遠しいですわ……」
普通は、バカンスが待ち遠しい、ではないのか。確かに既にバカンスは始まっているし、更にはバカンスが始まって一週間以上が過ぎてしまっている。普通はバカンスの終わりは嫌だと感じるものではないのだろうか。
キトリーはこの可愛らしい令嬢に、苦笑しながら小さく首を傾げた。
「オリアンヌ様、お待たせして申し訳ございません」
二人の元に、ギャエルが数名の騎士を連れてやって来た。後ろにはガレナも居る。
「ガレナに代わり、こちらの者がオリアンヌ様をジラール邸までお送り致します。もう出発してもよろしいですか?」
「ええ。お願いします。キトリー様、またバカンス後に」
「はい。オリアンヌ様、お元気で」
オリアンヌはキトリーに別れを告げると、騎士達に連れられ馬車に乗り込んだ。
それを見送ったキトリーに、ギャエルが難しい顔を向ける。
「キトリー、お前が捕まえた盗賊の頭なんだがな、ガレナ曰く、呪われているらしい」
「え?そうなんですか?」
キトリーが目を丸くして驚いていると、ギャエルも難しい顔をして頭をかいた。
「……ああ。それ程厄介な呪いじゃぁないらしいが、今からガレナに確認して貰う。お前も一応着いて来てくれ」
「分かりました」
キトリーはガレナと並びギャエルの後に続いた。チラリとガレナの顔を見ると、無表情で下唇を指でつまんでいる。何を考えているのか分からないガレナから、ずんずんと先を進むギャエルの背中に目線を移した。
盗賊の頭は、一番奥の牢の中に繋がれていた。牢の外に現れた三人を上目遣いに睨みつけている。しかしその目には覇気が無く、全てを諦めたような色をしていた。
「……ああ、やっぱり。呪いをかけられていますね」
ガレナは頭を見下ろしながら言うと、ギャエルがガレナの方に顔を向けた。
「どんな呪いなのか分かるか?」
「二種類の呪いがかけられています。一つは強気になる呪い。こちらは消えかかっていて、何の効力もありません。もう一つは臆病になる呪い。時間差で発動するようにかけられていたようですね。面白いな。何の為に……?」
ガレナは目を輝かせて頭を観察している。頭はジロジロと見られて居心地が悪そうにこちらに背を向けて横になった。
「キトリーは、頭を捕縛した時何か気づかなかったか?」
確認が済み、牢を出てからギャエルはキトリーに顔を向けた。キトリーは洞窟内で聞いた、盗賊達の会話を思い出す。
「盗賊達は、頭は豪快な人だったのに、って言っていたのですが、実際の頭の呟きは真逆なものでした。きっと上手くいかない、盗賊団は終わりだ……って」
「なるほどな。しかし、一体誰がこんな呪いを……何の目的で……?」
ギャエルはガレナを見たが、ガレナは首を竦めてそれに答えた。疑問が解消される事がないまま、誘拐事件はジラール侯爵領支部に引き継がれ、派遣された王都の騎士達は王都へと戻って行く事になった。
「嫌な事件だぜ……こういうしゃっきりしねぇ事件は報告書に書き辛い……」
難しい顔をしてボヤいていたギャエルだったが、魔術師部隊の班長も、第三部隊の班長も苦い顔をして頷いていた。
「キトリーも帰ったら報告だな。副団長に、新しい機能を取得したってな」
班長というのは大変だ、と他人事のように見ていたキトリーは、カンタンに肩を叩かれ思い出した。エリクの指示無しに、しかも魔力ポーションを飲み新しい機能を取得した事を。
怒られるだろうか。小言は間違いなく言われるだろう。キトリーが頭を抱えていると、ベルナールが疑問を口にした。
「キトリーって副団長と婚約したんだろ?前みたいに厳しく怒られる事無くなったんじゃないのか?」
キトリーはベルナールにげんなりした顔を向け答えた。
「全然よ。寧ろ前より怒られるようになったわ……」
カンタンは肩を落としているキトリーの肩に再度手を置いた。キトリーがカンタンの顔を見上げると、カンタンは呆れたように薄く笑っている。
「それだけキトリーを心配してるって事だろ。全く、魔力ポーションがぶ飲みなんて無茶しやがって……。胃の方は平気か?あれ、空腹ん時飲むと胃が荒れるからな」
「もう大丈夫です。初めてでしたよ……胃が気持ち悪くてムカムカするって」
キトリーはカンタンに弱々しい笑みを返した。カンタンの言う通り、正攻法での取得方法ではない。
魔力ポーションは飲みすぎれば体に毒だ。更にあれは騎士団から支給された物。
早く救出して差し上げたいと思っての事だったけど、悪手だったかな……。キトリーは反省しながら王都への帰路に着いた。
「――そうか。報告ありがとう」
王都に到着した十一班はすぐに解散となったが、キトリーは副団長室でエリクに鑑定機能の事を報告に来ていた。夏の夜、陽は落ちて外はもう暗い。
報告を受けたエリクは、表情を変えずにキトリーを見る。
「キトリー、君が、被害者の為を想ってした事なのだという事は分かっている。だが、鑑定機能を取得する必要は無かった。騎士団は班で動いていて、班員それぞれに役割があるだろう。今回は、呪いの首飾りの存在から、特殊部隊からの派遣もあった。君が鑑定機能を取得しなくても、救出任務は問題無く遂行出来ただろう」
「はい……」
エリクから予想通りの指摘を受け、キトリーは頷く事しか出来なかった。エリクは小さく眉を寄せた。
「君が自身を損なって新しい機能を取得した事が問題なんだ。それは、そうまでして取得する必要の無い機能だった。確かに便利な機能ではあるが、君には他の強みがある。それを伸ばす事の方が大切なんだ」
「はい。今後はもっとよく考えます」
キトリーはしっかり頷きエリクを見た。エリクは薄く微笑んでキトリーを見返した。
「今回はオリアンヌの為に、ありがとう。きっとオリアンヌも、君が助けに来た事で安心したと思う」
「オリアンヌ様とお話致しましたが、少し仲良くなれた気がします。お茶会にお誘い頂きました」
キトリーは姿勢だけはそのままに、嬉しそうに表情を綻ばせた。その笑顔を見て、エリクの眦もとろりと下がる。
「そうか。オリアンヌとの茶会も良いが、俺とも出掛けてくれるだろう?」
エリクは座ったままキトリーを見上げた。夜会に赴く事はあれど、エリクと二人で過ごす時間はあまり取れていない。
エリクの言葉は嬉しいものだったが、仕事モードでいたキトリーは急に意識をそちらに向けさせられて目を白黒させた。目の前に居る美男子は、いつの間にか上官ではなく恋人の顔をしている。
「あ、はい……勿論御一緒致します……」
「良かった。入団試験が始まると、また忙しくなる。その前に一度デートをしよう。何処か行きたい所はあるか?」
何も思い浮かばないキトリーは言葉に詰まってしまった。だが沈黙は長く続く事はなかった。
軽やかなノックの音がした瞬間に、扉が勢い良く開いた。
「失礼しま~す!あれ?キトリー、久しぶりだなぁ!」
「お久しぶりです、ロック先輩!お疲れ様です!」
入って来たのは、侵略部隊のロックだった。エリクからの入室の許可を聞く事も無く、ズカズカと部屋に入って来る。
「もしかして、キトリーもエリクの騎獣狩りに行くのか?楽しくなりそうだな!」
勘違いしたロックは、太陽のような笑顔を二人へ向けた。




