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36 ・救出

 





 いつものように泣きながら眠りについたオリアンヌは、優しく揺り動かされて目を覚ました。

 ぼんやりとした視界を数度瞬きする事ではっきりとさせると、目の前にはキトリーがいた。


「オリアンヌ様、お待たせ致しました。こちらはガレナという騎士です。オリアンヌ様の呪いの首飾りの処置をして下さいます」


 ガレナは特殊部隊に属し、呪術を教え込まれた隊員だった。魔術師と比べ、呪術師は数が少ない。退役しながらも師として後継を育てている元騎士に、現在特殊部隊に属している隊員を合わせても片手に収まる人数だけだ。

 ガレナという名は、キトリーの隠密の師であるラリマーと同じく隠し名である。


 ガレナは浅黒い肌に墨のように黒い髪、瞳も黒く、少しタレ目な目の周りも隈が濃い。暗い印象を与える風貌をしている人物だった。騎士団の鎧ではなく、動き易そうな黒い革製の鎧を身に付けている。細身で目立たぬその姿は、野党を連想させた。


「オリアンヌ様、ちょっとすいませんね」


 ガレナはそう言いながら、オリアンヌの首元に手を伸ばした。向かい合いながらオリアンヌの首の後ろまで手を回し、首飾りの留め具を外そうとしている。


 異性の顔が目の前にあるという、この距離の近さ。見張りに頼み体を拭いたとはいえ、数日間風呂に入っていない自分は臭うのではないか。オリアンヌは緊張感と羞恥心で、顔が赤くなるのを感じた。


「よし。外れた。これ、後で俺が調べるからさ、回収させて貰うよ」


 ガチガチに固まっていたオリアンヌは、コクコクと頭を振って首肯した。ガレナが首飾りを懐に入れるのを確認してから、キトリーは口を開いた。


「では、私は盗賊達確保に向かいます。ガレナ先輩、オリアンヌ様をお願いします」


「あ、キトリー様……」


 不安げな表情でキトリーを見上げたオリアンヌに、キトリーは安心させるよう微笑み返した。


「オリアンヌ様、ガレナは、それはもう優秀な騎士でございます。安心して下さい。私も途中までは御一緒致しますので」


「え、ええ……。分かったわ……キトリー様、ご無事をお祈りしております」


 潤んだ上目遣いでオリアンヌがこう言うと、キトリーはニッコリとした笑顔を作った。


「ありがとうございます。それでは、私は姿を消しますね」


 キトリーは言い終わると同時に頭装備を装着し、透明化した。急に見えなくなったキトリーに、オリアンヌは驚き目を丸くしている。


「ふはっ。見事なもんだ。そいじゃ、オリアンヌ様、行きましょう」


 ガレナに先導され、オリアンヌは歩き出した。牢から出ると、見張りが気絶し手足を縛られ転がっている。オリアンヌは恐る恐る見張りの傍を通り過ぎ、暗闇の洞窟内をガレナの手を頼りに進んだ。

 真っ暗で何も見えない中、ガレナは迷い無く進んでいる。オリアンヌのように壁に手を当てる事もしていない。ガレナもキトリーも、この闇の中でも目が見えているらしい事に、オリアンヌは驚きながらも彼等を尊敬した。

 暫く進むとガレナは足を止めた。不思議に思いつつも立ち止まり待っていると、キトリーの囁くような声が聞こえた。


「オリアンヌ様、梯子があります。私がオリアンヌ様をお運びしますので、ここで外に出ましょう」


「え?ええ……お願いするわ……きゃっ!」


 オリアンヌも囁き返していたのだが、突然見えないキトリーに横抱きにされ、声を上げてしまった。そしてそのまま固まっていると、上からギイ……と軋むような音が聞こえてきた。

 真っ暗闇から暗い森の中に出た事で、オリアンヌの視界も見えるようになった。月明かりは繁る枝葉に遮られているが、暗闇を歩いていたオリアンヌにとっては有り難い程によく見えた。


「オリアンヌ様、降ろしますね。お足元にお気を付け下さい」


 キトリーの声に頷くと、オリアンヌの足はゆっくりと地面に近付き、支えられながら立ち上がった。

 オリアンヌ達が出て来た出入口の周りには、数名の騎士が待機していた。

 更には牢の前で気絶していた見張りが転がっている。キトリーが運んで来たのだろう。

 気絶したままの見張りは、騎士達に確保され木に繋がれた。


 オリアンヌがその光景を物珍しそうに見ていると、目の前にキトリーが姿を現した。驚いたオリアンヌだったが、すぐに笑顔になった。


「キトリー様!」


「オリアンヌ様、先程も申し上げました通り、これから私達はこの隠家に攻め入ります。オリアンヌ様は、ガレナと共に騎士団支部へ向かって下さい。ガレナ先輩、よろしくお願いします」


「はいよ。さ、お嬢様、行きましょう」


 オリアンヌは後ろ髪を引かれる思いだったが、自分がここに居ても出来る事は何も無い。心配そうにキトリーを何度も振り返りながら、ガレナと共にこの場を離れて行った。


 キトリーはギャエルに、オリアンヌを救出し隠家を脱出した旨を書いた伝書鳩を飛ばした。そして待機していた騎士達に向き直る。


「それではこれより、侵攻を開始します。盗賊が出て来た際には、確保をお願いします。では、行って参ります」


 キトリーが騎士達にこう告げると、騎士達は胸の前で拳を作り見送ってくれた。キトリーは透明化してから扉を開けて侵入する。

 音を立てないように扉を閉め、洞窟内を進んだ。まだオリアンヌが居ない事に気付かれていないのだろうか。この階層で騒いでいる声は聞こえない。


 キトリーは牢とは逆方向に進み、階段がある出入口方面へ向かった。階段の出入口の近くに、盗賊団のリーダーの部屋がある。その方向に数名の気配を感じ、キトリーは静かに移動した。


(かしら)、いよいよ今日っすね~」


「うるせえな……わぁってるよ」


「呪いの首飾りもあるんすから、金を手に入れてから、あの娘を盾にして逃げたら良いんすよ~。国境の森で娘を捨てて逃げるんす。楽勝っすよ~」


 ダミ声の主は三人。頭らしい、他の団員よりもしっかりした鎧を身に付けた男性は、苦々しい顔をしている。残り二人の男達もがっしりと大きい身体付きをしている。

 軽々しく逃走計画を考えている団員に、頭はため息を吐き出した。


「……頭、顔色悪いっすね~。酒持って来ますから、それ飲んで寝た方が良いっすよ」


「酒飲んで、明日に備えましょうや!」


 団員二人は部屋から出て行った。ドアが閉まり、部屋の中は静まり返る。頭はまた、ため息を深々と吐き出した。


「最近の頭、おかしいよな~」


「ああ。豪快な人だったのに、あんなに脅えてよぉ」


 頭の部屋から出た二人はそう言葉を交わした。だがそれ以上言葉を発する事無く、床に転がり手足を縛られた。


 キトリーは素早く二人を処理すると、頭の居る部屋の扉を少し開け中を覗いた。頭はこちらに背を向けて、何やらブツブツと呟いている。


「きっと上手くいかない……俺は捕まる。盗賊団もお終いだ……」


 頭は後悔していた。何故あの時、この話に乗ってしまったのだろう。呪いの首飾りがあれば上手くいく、あの時はそう信じ込んでいたが、今は全くそうは思わない。

 今まで貴族に手を出した事は無かった。この盗賊団は、これまで小さいとは言えない様々な悪事を働いてきた。

 今回の相手は貴族……。きっと今までよりも多くの護衛や自警団を相手にしなければならなくなるだろう。

 頭は震えた。俺達は、これで終わりかも知れない。終わり、終わりだ……。


 俯き微かに震えている頭を見て、キトリーは先程確保した団員達の話と違う彼の姿に疑問を抱いた。豪快だったと、団員達に思われていた彼は、何故急に臆病になってしまったのだろう。

 キトリーは首を傾げたが、頭の背後に忍び寄り首筋に軽い手刀を振り下ろした。ラリマーから教わったこの技は、相手を簡単に失神状態にしてしまう。頭も、意識を失い崩れ落ちた。


 キトリーは透明化を解除して、縛り上げた頭を担ぎ上げた。そして扉の前に転がっている二人も担ぐ。一番近くの階段へ向かっていると、争う音が遠くに聞こえた。下の階層で、他の班員達と盗賊団が戦っているのだろう。

 キトリーは急いで気絶した三人を外に居る騎士達に引き渡すと、洞窟に戻り階下から逃げて来た盗賊達を迎え打った。


 十名程の盗賊を縛り上げ地面に転がしたキトリーは、階下へ向かった。まだ争いは続いているらしく、怒鳴り声に叫び声、激しい物音が大きく響いている。

 時折逃げて来る盗賊に遭遇するが、キトリーの敵ではなかった。剣を振り上げ斬りかかって来る盗賊をいなし、キトリーは正確に手刀を首筋に振り下ろし気絶させ、盗賊の手足を縛った。


 そしてキトリーが二階層を見回っている間に、一階層の争い声は聞こえなくなっていた。二階層に潜む盗賊が居ない事を確認すると、キトリーは一階層に降り、ギャエル達と合流した。


「うお!……おうキトリー!上はどうだ?」


 暗闇から現れたキトリーに驚いた声を出したギャエルは、苦笑いしながら問いかける。


「はい。盗賊団頭は捕縛し、階段出入口の待機隊に受け渡しました。下から逃げて来た盗賊達は、気絶させて縛ってあります。これから運び出して待機隊に受け渡します」


「そうか。人手は必要か?」


「いえ。人数は多くないので、一人で大丈夫です」


 キトリーの答えに、ギャエルは片側の口角をニッと上げ満足そうな笑みを浮かべた。


「二階層の盗賊の運び出しを頼む。終わったら、下の魔術師部隊員が残党を調べるから、下まで報告に来てくれ」


「分かりました!」


 元気良く返事をすると、キトリーは洞窟の奥に駆けて行った。

 気絶している盗賊を両肩に一人ずつ抱え、手近な出入口から待機隊に引き渡す作業を繰り返し、ギャエルの元に戻った。

 まだ盗賊の運び出しが終了しておらず、キトリーも運び出し作業に加わる。苦もなく二人を抱え上げたキトリーを見て、レジスが面白そうに笑った。


「相変わらず怪力だな!休んでても良いんだぞ。ラウルは外で待機隊の手伝いしてるし、動けない盗賊達(やつら)はあと少しだしな」


 レジスはそう言うと、足元で蹲っている盗賊達を立たせて歩かせた。入れ替わりでカンタンが現れ、気絶している三人の盗賊を魔法で宙に浮かせると、キトリーの方を向く。


「お疲れ、キトリー。疲れてないか?魔力ポーション飲むか?」


 揶揄うような笑みを浮かべたカンタンに、キトリーは苦々しく笑い返した。

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