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35・囚われの令嬢

 




 口の中が苦い。苦味は染み付き、喉には渋味が貼り付いているみたいだ。

 キトリーはげんなりしながら、鑑定機能を取得した。まだ魔力が残っているので、魔力ポーションはもう少し魔力が減ってから飲む事にする。


 キトリーは牢に近付き、オリアンヌの首飾りを鑑定した。確かにこの首飾りは呪いがかけられている。だが、その呪いは発動していないらしい。

 発動条件は、身に付けるという事ではないという事か。発動条件を知るにはどうしたら良いのかと考えていると、頭の中に説明しようの声が響く。



『呪いの品の発動条件を知るには、鑑定機能をもう二段階上げる必要があるぞ!』



 魔力ポーションの残りが三本。今、機能の進化をさせるのは不可能だ。この首飾りの呪いがいつ発動するのか分からない内は、軽率に動くのは危険だ。


「あの……私こちらに来てから髪も体も洗えていないの。お風呂に入るのは無理だとは分かりますが、せめて体を拭かせて頂けませんこと?」


 キトリーが考え込んでいると、オリアンヌが盗賊に声を掛けた。少し声が震えている。勇気を振り絞って言ったに違いない。少し驚いた風の盗賊だったが、すぐに理解を示した。


「……ああ。女の子だもんな。気になるよな。水と布持って来てやるから、待ってな」


 盗賊はそう言うと、牢から離れて行った。


「……あの見張り、見張りですのに、簡単に持ち場を離れますのよね……」


 松明の灯りが見えなくと、呆れたようにオリアンヌが呟いた。代わりの見張りが来る気配もない。


「キトリー様!キトリー様!」


「はい。ここにおります」


「きゃっ!」


 小声で見えないキトリーに声を掛けたオリアンヌは、返事がすぐ近くで聞こえた事に驚き小さく声を上げた。体を竦ませたオリアンヌは、恥ずかしそうに目を閉じ、ゆっくりと目を開いた。その瞳は、目の前の鉄格子の先の地面を映している。


「キトリー様……ずっとここに居ては頂けないのですよね……?」


 どこか諦めたような暗い声で、オリアンヌはキトリーに聞いた。キトリーはオリアンヌの不安と恐怖を思い、沈痛な声で答える。


「あ……申し訳ございません……。一度報告に戻らなければなりません。それに、ずっとここにおりますと、魔力切れで盗賊達に見つかってしまいますので……」


「……分かりましたわ。キトリー様、助けに来て下さいますのを、お待ちしております……」


 潤んだ瞳で声のする方を見るオリアンヌに、キトリーは力強く頷いた。勿論、オリアンヌには見えてはいない。


「はい。必ず助けに参ります。首飾りの呪いを解く術も、見付けて参ります」


 キトリーは呪いが発動していない、という事は伏せた。発動条件が分からないのだ。軽率な行動を防ぐ為に知らせない方が良いと、キトリーは判断した。


「よろしくお願い致します……」


「では、行きますね。失礼致します」


 キトリーの別れの挨拶を聞くと、オリアンヌは両手で顔を覆い涙した。オリアンヌの啜り泣く声を背に、胸が締め付けられる思いでキトリーは洞窟内の調査を続行した。





 キトリーが、盗賊団の隠家から騎士団のジラール侯爵領支部に戻ったのは、日が暮れてからの事だった。既にラウルは戻っており、対策室ではラウルの描いた大まかな地図と盗賊達の隠家内での配置等記した紙が広げられていた。


「おう。キトリーお疲れ。遅かったな」


「お疲れ様です。あの隠家、本当に入り組んでましたね。調査に時間が掛かってしまいました」


 ラウルがキトリーに声を掛けると、キトリーは返事をしながら地図を出した。キトリーが描いた隠家の地図と、ジラール侯爵領の地図の二枚だ。二枚の地図には、対になった印が幾つか記入されている。その印を、キトリーが指差した。


「隠家の出入口は一つではありませんでした。私達が侵入した入口以外は、全て地表から地下へと通じる扉です。階段はこの入口のみで、後は全て梯子でした」


「成程。侵入した際、その出入口から逃げられるのを防がにゃならんな……」


 キトリーの報告に、ギャエルが顎を撫でながら唸った。キトリーは、深刻そうな暗い表情で続ける。


「……班長。囚われている令嬢と接触しました。彼女は、呪いの首飾りを付けられています。幸いその首飾りの呪いは発動はしていなかったのですが、何かの拍子に発動してしまう可能性があります。何か対策をしておく必要があると思います」


「呪い、か……」


 ギャエルは小さく呟くと、色のついた紙に何か書き付け飛ばした。その紙はすぐに鳩に変身し、羽ばたき飛んで行った。

 ギャエルは鳩を見送ると、キトリーに顔を向ける。


「俺達は呪いの事はさっぱりだからな。専門家に頼む。特殊部隊に連絡を入れた。すぐに来てくれるかは分からんが……呪術師無しで突入して、その呪いが発動しちまった……なんて事はあっちゃぁならんからな」


「私達の班は監視を続けます。この地図を頼りに、他の出入口の監視も致しましょう」


 魔術師部隊の班長がこう言うと、ギャエルはそちらを見て頷く。そしてラウルの方を見た。


「ラウル。また洞窟に潜入し、令嬢の近くで警戒してくれ。牢は各出入口からも遠い。盗賊団の人数も多いし、令嬢には呪いの首飾り。お前が人間に戻って令嬢を守るのは最終手段だ。あと、令嬢に接触するのは良いが、盗賊達に気付かれんように気を付けてくれ」



 報告が済むとラウルは食事を済ませ、キャラメルを幾つか小さなリュックに入れた。キトリーに書いて貰った手紙も入れ、騎士団支部を後にした。








 キトリーの声を聞いた翌朝、オリアンヌは藁の上で目を覚ました。もう何日もこの上で寝ているのに、藁のベッドの寝心地には慣れず体は痛い。

 最悪な気分のまま身を起こすと、オリアンヌが起きた事に気付いた見張りが話し掛けてきた。


「おう。嬢ちゃん起きたか。今飯持って来てやるから、待ってな」


 見張りはへらっと笑うと、朝食を取りに行ってしまった。オリアンヌは返事もせずに、暗い表情のままそれを見送ると、藁の上で膝を抱えた。

 すると、オリアンヌのぼんやりとした視界を白い物が遮った。焦点を合わせ目の前に落ちた白い物を見ると、それは小さく畳まれたメモだった。


 拾い上げて鉄格子を背にメモを広げると、キトリーの字が並んでいる。不安と悲しさに支配されていたオリアンヌの心に、小さな安堵感が芽生えた。

 メモを見ると、騎士団の一人がオリアンヌの傍で待機する事になった事、その者は小さな動物に変身している事が書かれていた。


 メモの落ちてきた方を見ると、蝙蝠が一匹ぶら下がっている。オリアンヌと目が合うと、蝙蝠は片手を挙げてから小さなリュックにその手を入れた。蝙蝠がリュックから出したのはキャラメルだった。

 何故キャラメル?不思議に思いながら、見張りが来る前にとオリアンヌはメモを蝋燭の火に当てた。


「おい嬢ちゃん、何やってんだ?」


 ビクリと身を竦ませてオリアンヌが振り返ると、見張りの盗賊がパンと干し肉を乗せたトレーを手に立っていた。左腕には、革製の水筒がぶら下がっている。

 訝しげにオリアンヌを見た見張りは、オリアンヌの膝の上にあるキャラメルを見て表情を和らげた。


「キャラメルなんて隠し持ってたのか。別に取り上げたりしねぇから、包み紙を燃やさなくても良いんだぜ」


 苦笑しながら見張りは牢の下部の隙間からトレーをオリアンヌの方に滑らせた。そして水筒をオリアンヌに手渡す。

 メモを燃やしていたのが感付かれたのかと焦ったオリアンヌは、気付かれずに済んだ事に安堵しながら水筒を受け取った。そして蓋を取り、水を口の中に流し込む。その様子を見て、見張りは面白そうに笑った。


「はははは!嬢ちゃんも慣れたもんだな!来たばっかの時は、飲み方も知らなかったのになぁ」


 オリアンヌは笑う見張りに何も返さず、憮然とした表情でトレーを手に鉄格子から離れた。

 飲み物はカップで飲むというのが常識であったオリアンヌには、水筒から水を飲むという事など初めてだった。しかも飲み口に口を付けずに、水筒を押して水を口の中目掛けて出して飲むなんて話に聞いた事も無かった。

 数日ここで過ごした事で、この飲み方に慣れてしまったが、オリアンヌにとっては全くもって遺憾である。


 オリアンヌはボソボソしたパンと、固くていつまでも噛んでいなくてはならない干し肉をゆっくりと食べ、トレーを見張りの方に押し出した。既に食べ終わっていた見張りは、二人分のトレーを片付けに行った。

 見張りを見送ったオリアンヌは、天井を見上げると蝙蝠と目が合った。安心したオリアンヌはキャラメルを口に含んだ。


「甘い……」


 キャラメルの甘さと、騎士団の者が一緒に居てくれる安心感に、オリアンヌは顔を覆って泣いた。


 その日の夕方、オリアンヌの牢にかなり人相の悪い男がやって来た。見張りも緊張している。

 オリアンヌはその男に顔を向けると、見張りが勢いよく立ち上がった。


「ボスッ!人質はこの通り、丁寧に扱ってます!」


「……おー」


 ボスと呼ばれた男はオリアンヌを一瞥すると、見張りに何かを耳打ちして去って行った。

 オリアンヌの胸内に不安が広がったが、その日の内に何かが起こる事は無かった。そして藁のベッドの上にはキャラメルが幾つか置いてあり、蝙蝠の姿は消えていた。

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