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34・誘拐事件

 





 季節は夏に入っていた。あと一月半もすれば、キトリーが騎士団に入団して一年が経つ。

 キトリーは日々、騎士団の仕事、遠征をしつつもセギュール夫人の教育を受けている。


 夜会にエリクと行く事もあり、その内の数度はオリアンヌと鉢合わせた。何度会ってもオリアンヌは、キトリーを忌々しげに見、エリクに対しては甘えるようにダンスを申し込んでいた。

 だが、キトリーが初めて参加した夜会でオリアンヌと共にキトリーを囲んでいた令嬢達は、キトリーから騎士団やエリクの話を聞きたがった。令嬢達はキトリーの話に驚いたり楽しそうなはしゃいだ声を出していたが、それをオリアンヌは面白くなさそうに見ていた。



 ある日の事、十一班が王都内を巡回していると緊急招集がかけられた。キトリーとギャエルの目の前に、突如現れた赤い煙は丸い形を成し、白い騎士団の紋章が浮かび上がった。その紋章から、サミの声が聞こえてくる。


「緊急招集。至急、騎士団本部に集合せよ」


 直ぐにキトリーとギャエルは騎士団本部へと走り出した。騎士団本部には、招集をかけられた騎士達が次々に集まって来ている。

 キトリーは緊急招集をかけられたのが初めてで、これから何が起こるのかと神妙に待っていた。


 招集された騎士達は班ごとに集まっていたが、皆何も言わず固い表情をしている。そこにエリクが建物から出てきた。


「集まっているな。誘拐事件が起こった。ジラール侯爵の令嬢が盗賊団に攫われた」


 エリクの言葉により、この場が緊張感に支配される。エリクは大声を出さず静かに声を発していた為、固い表情をした団員達はエリクの近くに集まった。


「攫われた令嬢の安全を第一に。侯爵は身代金を支払う用意は出来ているそうだ。だが盗賊団を野放しにしておく訳にはいかない。魔術師部隊三班は、盗賊団の隠家(あじと)を探し、発見後は監視を続けてくれ。第三部隊一班は侯爵の警護を。第一部隊十一班は、隠家発見後に隠家内部の調査をし、令嬢の救出と盗賊団の確保をして貰う」


 エリクの指示を受け、騎士達は動き出した。キトリーもギャエルに続いて本部を出て行く。そんなキトリーの後ろ姿を、エリクは難しい表情で見送った。


 攫われたのがオリアンヌでなかったとしても、キトリーは全力で救出に向かうだろう。それが分かっているし、副団長であるエリクが被害者が身内だからと態度を変える訳にはいかない。だからエリクはオリアンヌを心配しつつも、キトリーを無言で見送った。


 貴族令嬢であるオリアンヌは、盗賊団の隠家などという不衛生で暗い場所など初めてだろう。そして盗賊達も不衛生で粗野で厳めしい。

 オリアンヌはさぞ恐ろしい思いをしているだろうと、キトリーは囚われの彼女を憂えた。早く助け出してやらねば、と決意する。


 そう思っているのはキトリーだけではない。他の騎士達も可哀想なオリアンヌの為に力を尽くそうと動き出した。

 警護任務の第三部隊一班の騎士達は、屋敷に出入りする商人や屋敷に仕える者に扮し、ジラール侯爵邸に入った。魔術師部隊三班の騎士も騎士だと悟られない服装でジラール侯爵に話を聞き、オリアンヌが攫われた場所や時間を聞きその地へ向かった。


 オリアンヌが襲われたのは、王都から離れた所だった。木立に囲まれた小路で、オリアンヌはこの道を通りジラール侯爵領へと向かっていたらしい。

 盗賊団はオリアンヌだけを攫い、馬車を半壊させ従者や護衛に重軽傷を負わせ去って行った。


 道には馬車の破片や血の跡が残っている。それを、魔術師部隊員が魔力を使って調べていた。


「怪我をしたのは、護衛達だけではないようだ。魔力の残滓が流れている方向が違う。盗賊団の方と思われるこちらの調査に四名、護衛達と思われる方に三名で別れよう」


 魔術師部隊の班長の指示で魔術師部隊員はそれぞれ調査をし、彼等はジラール侯爵領の騎士団支部、誘拐事件対策室に戻って来た。

 魔力は体内で生成される。魔力臓と呼ばれる臓器が胸の内にあり、そこから造り出された魔力は体内を巡っている。その為、傷口から流れた血液にも魔力が含まれている。魔術師部隊員達は、血痕から残っていた魔力を感知して、盗賊団の隠家を探し当てて来た。

 誘拐事件対策室には今、魔術師部隊員数名と、十一班員、第三部隊一班の騎士数名が集まっている。


「……洞窟ですか」


「はい。中の人間の魔力を調べましたが、遠くからでも結構な人数が居る事が分かりました。恐らく、中はかなり入り組んでいると思われます」


 魔術師部隊三班の班長の言葉に、ギャエルは難しい顔をしてキトリーとラウルの顔を見た。二人は、真剣な表情のまま直立して会議を聞いている。


「ジラール侯爵の元にはまだ、盗賊団からの接触はありません。侯爵は前回奴等から接触された際、既に身代金を支払う旨は伝えているそうなのですが、奴等も警戒しているのでしょう。連絡があり次第、伝書鳩を飛ばします」


「奴等からの接触が先か、こちらの内部調査が先か、ですな……」


 班長三人は、真剣な表情のままのキトリーとラウルの方を見た。二人は力強い表情で、ゆっくりと力強く頷いた。







 キトリーは盗賊団の隠家を飛行しながら進んでいた。透明化と暗視の機能を使用し、周りの気配を探りつつ洞窟内の地図を書いている。

 洞窟内は狭く、灯りは無い。暫く進むと梯子が立っていた。梯子の向こう側にも道が続いている。キトリーは梯子のマークを地図に書き入れて、道を進んだ。

 道は下り道になり、しばらく下ると地底湖のある広い空間に出た。部屋の隅に桶等が転がっており、盗賊団はここの水を生活水として利用しているらしい。


 洞窟内の一階部分は分かれ道も多く梯子が幾つもあり、入り組んでいたが、オリアンヌが囚われている部屋は無かった。キトリーは最初に見つけた梯子の上方へ向かい飛んだ。梯子は長い。ここをオリアンヌは登らされたのだろうか。

 こんなに暗い中恐ろしい盗賊に囲まれながら、慣れない梯子を登るのは怖かっただろう。身も心も疲弊しただろう。


 洞窟の上の階層も入り組んでいた。分かれ道、下の階層とを繋ぐ梯子、地表に出る梯子まであった。途中何度も、キトリーの下を盗賊達が通って行ったが、キトリーに気付く者は居なかった。


 そろそろ魔力ポーションを飲む時間だと思った頃、鉄格子の並ぶ区画へ出た。手前の鉄格子の中を覗くと、散乱した藁とボロボロの衣類の中に、黒ずんだ人骨が転がっていた。

 一番奥まった位置の鉄格子の前の椅子に、盗賊が一人座っている。あの鉄格子の中に、オリアンヌが囚われているのだろうか。


 キトリーは奥の牢以外の、牢の中を確認した。囚われているのはオリアンヌだけらしい。他の牢は空だった。

 オリアンヌと接触出来るかも知れない。キトリーは通路に戻り、魔力ポーションを一瓶、一気に飲み干した。口中に苦味が広がり、渋味が喉を刺激する。

 キトリーは顔中を歪ませながら、空になった瓶を左腕の収納口に入れた。収納機能を取得したキトリーは、その中に今回の任務に必要な物を収納して来ている。

 そしてその収納口から、紙とペンを取り出しオリアンヌに向けた手紙を書いた。貴族令嬢として習った手紙の書き方ではない、簡素な内容の手紙だ。


 キトリーは洞窟内を調査している際に見つけた酒瓶を幾つか収納口から取り出し、通路に並べた。そしてその内の一つだけを地面に叩き付けた。瓶の割れる音が鳴り響き、その音に驚いた盗賊が腰を上げた。松明を手に盗賊が割れた瓶の元へ向かうのを見送り、キトリーは牢の前に立った。


「だぁれだぁ?こんな所に酒転がしといた奴ぁ!」


 遠くに盗賊の不思議そうな声が聞こえる。その声を後ろに、キトリーは牢の中を覗き見た。灯りは蝋燭が数本だけ。深い暗闇に、蝋燭の周りだけが薄暗く照らされた牢の中、敷かれた藁の上に膝を抱えたオリアンヌが居る。


「オリアンヌ様、キトリーです」


 キトリーが小声で声を掛けると、オリアンヌは喉の奥で小さく悲鳴を上げた。声のした方を見ても、その主は見えずに闇が広がっている。オリアンヌは震える体を縮こませて、目をキョロキョロとさせた。そこにまた、囁くような声が聞こえる。


「オリアンヌ様、キトリーです。鉄格子の方の地面を見て下さい。手紙を置きます。読んだ後は盗賊に気付かれませんよう、隠すか焼くかして下さい」


「……キトリー、さま……?」


 声だけで姿が見えない事に戸惑いながら、地面を見ていると手紙が落ちてくるのが見えた。急に現れた手紙に驚きながらも手に取り、中を見た。

 自分を助ける為に騎士団が来ている事。キトリーともう一人が洞窟内を調査している事。騎士団を信じて待っていて欲しい事。

 涙が溢れそうになりながら、手紙に目を走らせたオリアンヌは顔を上げた。


「キトリー様!私、呪いの首飾りを付けられてしまいましたの!逃げると、首が絞まり死んでしまうと言われましたわ……!」


 ポロポロと涙を流しながらオリアンヌは悲痛に満ちた叫び声を上げる。オリアンヌは、黄色い宝石の付いた黒いチョーカーを手で示した。手で触れるのは恐ろしいのだろう。震える手は、チョーカーを触ろうとはしなかった。

 キトリーはオリアンヌの言葉に驚いた。そして盗賊がオリアンヌの声に反応し、こちらに向かっているのに気付いた。


「オリアンヌ様、見張りが戻って来ます。少し離れますので、どうか手紙が見つからないようお気を付け下さい」


「うっ……うぅ……っ」


 オリアンヌが泣きながら何度も頷くのを見て、キトリーはこの場を離れた。


「おっおい……嬢ちゃん大丈夫か……?」


 オリアンヌの元に戻って来た盗賊が狼狽えている声が遠くに聞こえる。

 キトリーは考えた。まだ取得していない機能に、鑑定という機能がある。この機能で、対象物の呪いの有無や効果を知る事は出来るのだろうか。



『説明しよう!鑑定の機能では、対象物の成分、素材、使用や摂取した際の効果や持続時間を知る事が出来る!この機能で鑑定出来るのは物だけで、人や魔物の鑑定は次の段階のものを取得しなければならない!』



 頭の中に響く説明しようの声に小さく頷き、取得するのに必要な魔力量を確認した。キトリーの魔力量で、約十日程魔力を捧げる事で取得出来るだろう。だが今は、そんなに時間をかける事は出来ない。

 収納機能で収納している魔力ポーションは残り十三瓶。

 キトリーは、鑑定機能に魔力を捧げては不味いポーションを飲む事を繰り返した。

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