33・初めての舞踏会
キトリーが初めて参加した夜会は、煌びやかな会場に華々しいドレスが咲き乱れる、正に貴族の舞踏会と言えるものだった。
キトリーは自分の存在が余りにも場違いだと感じ、落ち着かない気持ちでいた。
キトリーの隣には、凛々しく前を向いたエリクが立っている。キトリーと腕を組み、キトリーとは違い落ち着いた態度で会場に入った。
ライアンの予想通り、キトリーは好奇の目を向けられている。令嬢達は顔を見合わせ疑問を囁き合っていた。
「フランドル伯爵令息様が連れている方はどなた?」
「見た事のないご令嬢ですわね」
「もしかして、フランドル伯爵令息様の婚約者かしら?」
「まぁ……こう言っては何ですけれど、あまり釣り合っているようには見えませんわね」
囁き声には悪意が含まれているが、キトリーには聞こえていなかった。緊張したまま挨拶を済ませるとダンスが始まり、一曲だけエリクと踊った。
「疲れたか?」
「い、いえ……緊張しておりまして……」
ダンス中も今も固い表情をしていたキトリーに、エリクが問い掛けた。キトリーは微笑み答えたつもりだったが、引き攣った半笑いになってしまっている。エリクはそんなキトリーを愛しそうに目を細めた。
「何か飲み物を持って来よう。ここで待っていてくれ」
「はい。ありがとうございます……」
キトリーは一瞬だけビシッと背筋を伸ばし頭を下げようとした。しかし今は副団長と下っ端騎士として、この場に居るのではない事を思い出し、キトリーは小さく微笑み礼を言った。
エリクが遠ざかると、キトリーはすぐに女性達に囲まれた。白く透き通る美しい肌に艶やかな輝く髪、細くくびれた腰、どれを取ってもキトリーとは違う。まるで物語のお姫様のような女性達に、キトリーはまた緊張しながら微笑んだ。
「少し、私達とお話いたしませんか?ここでは何ですので、あちらに移動いたしましょう」
「あの、エリク様にここで待つように言われておりますので……」
金色の髪を緩やかに巻いた令嬢は、キトリーの返答に瞳の奥に怒りの色を滲ませた。だがそれは一瞬で、直ぐに笑顔を作る。
「構いませんわよ。御覧なさい。フランドル伯爵令息様は、あちらで捕まっておりますわ。暫くこちらには来られないでしょうから」
キトリーが令嬢の示す方を見ると、確かにエリクは数名に囲まれて話をしている。キトリーは納得し、令嬢達に連れられてこの場を後にした。
庭に出て噴水の前まで来ると、前を歩いていた金髪の令嬢が振り向いた。その顔は、先程のにこやかなものとは違い怒りに満ちている。
「エリク様、ですって……?貴女、お兄様に名前を呼ぶ事を許されておりますの……?お兄様が婚約なさったって、本当でしたの?聞きましてよ。貴女、平民の出なのでしょう?そのような身でありながら、お兄様と結婚するなんて……」
令嬢の目には薄らと涙が滲んでいる。目の前で怒りを顕にされ、しかも泣きそうになっている令嬢を見て、キトリーは狼狽してしまう。
「あ、あの、お兄様?お嬢様は、エリク様の妹君なんですか?」
エリクに妹が居るとは聞いた事が無かった。思っていた反応とは違い、頓珍漢な受け答えをしたキトリーに、令嬢は目を釣り上げた。
「違いますわよ!お兄様は従兄弟ですの!パーティーではいつもエスコートして下さっていたのに、今日は貴女を連れていらしたわ!私……私が……!」
「オリアンヌ様……!」
金髪の令嬢、オリアンヌが涙を堪え切れずハンカチに顔を埋めると、周りの令嬢達が慰めるように背中を撫でた。そして非難するような厳しい視線をキトリーに向ける。
「貴女、身の程知らずなのではなくて?フランドル伯爵令息様でしたら、こちらのジラール侯爵令嬢であるオリアンヌ様の方が釣り合いが取れておりますのに……」
「オリアンヌ様はずっとフランドル伯爵令息様をお慕いしておりましたのよ?」
「オリアンヌ様がお可哀想ですわ」
令嬢達に口々に責められ、キトリーは困ってしまう。
「フランドル伯爵令息様もお可哀想ですわ。きっとこの方に騙されていらっしゃるのよ」
この状況を、どう打開したら良いのか迷ったキトリーは、顔を上げて姿勢を正した。
「パワードスーツ、装着!」
よく通るその声に驚いた令嬢達は、キトリーの姿に更に驚き目を丸くした。泣いていたオリアンヌでさえ目を見開きキトリーを見ている。
黒と金のパワードスーツの姿に変身したキトリーは、ドレスが地に着く前に素早く回収した。下着が見えないようにドレスの内側に仕舞い込むのも忘れない。靴を拾い上げると、ポカンとしている令嬢達に顔を向けた。
「私、キトリー・セギュールは、王国騎士団第一部隊、十一班所属の騎士でございます。副団長には鍛錬で大変扱かれました。鍛錬中の副団長は魔王のようだったのを、よく覚えています」
令嬢達と目が合わないな、とキトリーは思ったが、いきなり変身した為吃驚しているのだろうと、言葉を続けた。
「お嬢様の仰る通り、私は平民でした。騎士であるライアン卿の目にとまり、セギュール家の養子となり……エリク様と婚約する運びとなりました。私は騎士を続けますが、仲良くして頂けると嬉しいです」
キトリーはビシッと頭を下げた。カテーシーではないキビキビとした礼だ。
頭を上げると、やはり令嬢達はキトリーとは目が合わない。キトリーの後ろを見ているのだろうか。疑問に思ったキトリーは、後ろを振り返った。
「いっ……!?ふくだ……」
「キトリー、これは、どういう事だ?何故パワードスーツに変身しているんだ?俺が贈ったドレスと装飾品はお気に召さなかったか?」
美しく微笑んでいるのに何故か恐ろしい。
今日着て来たドレスはエリクがキトリーに贈ったもので、オーガンジーを重ねたAラインドレスだ。スカート部分は、金色のオーガンジーが重ねられ、一番外側が深緑色の美しいドレスだった。このドレスを見たライアンは「意外と独占欲が強いのねぇ……」と苦笑していたが、キトリーには意味がよく分からなかった。
キトリーはパワードスーツの兜の下で引き攣りながらエリクに答えた。
「い、いえ!お嬢様方に御説明をと、変身致しました。このドレスはとても素敵で、勿論気に入っております!あの……副団長、いつからここに……?」
「魔王の所からだ。説明する為に変身する必要はないだろう……。お嬢様方、キトリーを着替えさせますので、失礼致します。オリアンヌも、また後でな」
エリクは令嬢達に礼をすると、キトリーを連れてこの場を去った。エリクはキトリーからドレスを受け取ろうとしていたが、キトリーから何かを言われ赤い顔で靴のみを受け取っていた。
「……フランドル伯爵令息様、いつもと様子が違いましたわね」
「ええ……初めて目にしますわね。静かに怒っていらしたのに、愛しそうにキトリー様を見ていらしたわ」
「何か新鮮に思いませんこと?いつもは女性をあしらっているフランドル伯爵令息様があのように……」
「私もそう思いましたわ。すごく、良い、ですわよね」
「ああん!わかります!わかりますわ!」
盛り上がりを見せる令嬢達の中、オリアンヌだけは悔しそうに二人が去った方向を見つめていた。
「今日がジラール家の舞踏会で良かった。他では侍女を借りて着付けをして貰うなんて出来ないからな」
「申し訳ございませんでした……。見て頂くのが一番分かりやすいと思ったんです……。そういえば、先程オリアンヌ様から、フランドル家とジラール家は親戚同士なのだと伺いました」
ドレスに着替えさせて貰ったキトリーは、エリクと会場へ向かっている。今回の舞踏会がエリクの親戚であるジラール侯爵家で行われている為、キトリーが変身してしまったが何とか着替える事が出来た。
「ああ。俺の母がジラール家から嫁いで来たんだ。ジラール家の当主は、俺の叔父に当たる。今日は他の親戚も来ているから、挨拶に行こう」
「は、はい……」
エリクに連れられ向かった先には、最初に挨拶をしたジラール侯爵夫妻と、その子供達が居た。勿論先程のオリアンヌも居り、隣には背が高い男性が立っていた。
「セヴランとオリアンヌにも紹介させて下さい。私の婚約者の、キトリー・セギュールです」
「キトリー・セギュールと申します。よろしくお願い致します」
キトリーがカテーシーをすると、セヴランが微笑みキトリーを見た。オリアンヌと同じ色のウェーブがかった金髪は、短く切られ爽やかな印象を与えている。
「キトリー嬢、はじめまして。こんなに可愛らしいお嬢様が、騎士団に入っているなんて驚きました。それと、今まで見合いにも行かなかったエリクが結婚を決めた事にもね」
セヴランは少し揶揄うような色を含んだ笑みをエリクに向けた。だがそんな笑みを向けられたエリクは、ちらりとセヴランを見ただけでキトリーを甘く見つめた。セヴランは一瞬キョトンとしたが、苦笑して二人を見る。
「あのエリクが恋に落ちるなんて想像もしなかったな。幸せそうで何よりだ。キトリー嬢、エリクをよろしくお願いしますね」
「はい。エリク様をお守り出来るよう、精進致します!」
力強く宣言したキトリーに、セヴランは目を丸くした。エリクも同様だったが、直ぐに溜息を吐き出してキトリーの手を引いた。
「君が更に強くなるのは楽しみだが、俺が黙って守られていると思うか?」
キトリーはエリクから至近距離で囁かれ、体を硬直させた。エリクの方を見る事が出来ずに、磨かれた床に視線を落とす。
「キトリー、君は俺の大切な婚約者だ。だから、俺が君を守る……パワードスーツに変身するなよ?」
色々と限界がきて逃げたくなったキトリーだったが、エリクに釘を刺されてしまった。キトリーは真っ赤な顔のまま、面白そうな表情をしているセヴランと悔しそうなオリアンヌの元を後にした。
その後もエリクと二人、エリクとライアンの知り合いに挨拶に回った。緊張感と、時折挟まれるエリクの甘い囁きによるときめきと動揺で疲れ果てたキトリーは、その夜パワードスーツに変身して眠りに着いた。




