3・第一部隊十一班
キトリーは、自分を庇ってくれた不機嫌な顔をした男を見上げた。男はキトリーよりも頭一つ分大きい。噂をしていた騎士達を睨む青い瞳と鍛え上げられた体には威圧感があった。男は堂々とした動作でキトリーの前へ進むと、片手を差し出した。
「俺は隻脚の疾風、ベルナールだ。お前、入団試験の時も目立ってたな。俺が一番目立つと思ってたんだぜ?今まで義足で入団した奴なんていなかっただろうからな」
ニカッと笑いながら言うベルナールの左足は、金属製の義足になっていた。握手を交わしていると、ベルナールの後ろから大男が近付いて来た。
「私も中々変わったスキルを持っていますが、珍妙さでは流石に負けましたね。初めまして、私はインテリマッチョのバジルです。まぁ、眼鏡ってだけでインテリではないんですけどね〜」
眼鏡をかけたマッチョのバジルは明るく笑っている。バジルはベルナールよりも大きい為、キトリーは更に見上げる形になる。
隻脚の疾風やインテリマッチョは二つ名なのだろうか。真似してみたいとキトリーも自己紹介をする。
「私はパワードスーツのキトリーです。よろしくお願いします」
キトリーは拳を作り胸を叩くポーズをした。スキル名をそのまま使うという単純な二つ名だったが、キトリーは満足そうな顔をしている。
「パワードスーツ?初めて聞く言葉ですね。スキルでしょうか、その鎧の名前?まぁ、よろしくお願いします」
バジルはにこやかに手を差し出してきた。ベルナールの手よりも大きくゴツゴツとしている。
「よろしくお願いします」
握手を交わすと、整列の合図がされ入団式が始まった。
騎士団の団員は皆同じ鎧を身に付けているのだが、その中に並ぶキトリーは異彩を放っていた。
騎士団長オディロンが新入団員に歓迎と激励の挨拶をしている。威厳のあるその姿は、キトリーの場所からは小さく見える筈なのにやけに大きく見えた。
やっぱりすごい存在感だな、いや威圧感か。怖かったもんな〜。と思っていると、後ろに並んだ分団長達の中で一際目立つ風貌の人物が目に止まった。女神か妖精かという美しい顔をした背の高い男性は、感情の見えない顔で新入団員達を見ていた。サラサラの長い金髪は太陽の光を受け輝き、彼自身が発光しているのかと錯覚してしまいそうな美しさだった。
入団式が終わり、壇上のオディロンと分団長達は退場して行く。その時、キトリーは女神騎士と目が合った気がした。ふわりと微笑まれ、キトリーはドキリとしたが周りに居た者達も同様に頬を赤らめていた。
誰に微笑んだのか分からないが、キトリーは入団試験の時にオディロンが言っていた事は本当だったのだと痛感した。あんなに美しい人が居るのだ。キトリーの凡百な容姿で、女性だと言われても気にも止められないだろう。キトリーと女神騎士が並んでいたならば、皆の視線はどうしても女神騎士の方に吸い寄せられてしまうに違いない。事実、今もそうだった。
入団式後には新入団員の配属先が公表された。キトリーは第一部隊十一班に配属されていた。精鋭揃いと言われる第一部隊。スキルの強さが認められたのだと思い嬉しかったのだが、キトリーは実は辺境警備に配属されたかった。
「キトリー、同じ班だな」
「うん。ベルナールが一緒で心強いよ」
キトリーとベルナールは並んで現在第一部隊が鍛錬している鍛錬場に向かった。普段は第一鍛錬場を使っているのだが、今日は入団式の為別の場所で行っているらしい。
騎士団に入団するのは騎士学校を卒業した者が多いのだが、二人共そうではなかった。何よりベルナールには、騎士学校在学中に隻脚となり退学した過去があると言う。
「大変だったんだね……。でもそこから努力して騎士団に入団出来る位になんてすごいね。カッコイイよ」
「ばっ……!そんな事言っても何も出ねーぞ!」
ベルナールは大きな声を出した。だが嬉しそうな顔は隠せておらず、分かりやすく照れている。キトリーはその様子が何だか可笑しくて、面白そうに笑った。
談笑しながら歩いていると鍛錬場に到着した。広い鍛錬場では第一部隊の先輩方が既に鍛錬を始めている。
キトリーとベルナールに気付いたらしい騎士の一人が大股で近付いて来た。切れ長の目を面白そうに見開き笑っている。
「うわ〜。本当に変な格好した奴等が来た。俺、十一班のラウル。班長がお待ちかねだよ」
暗い緑色の髪を一つに縛っているラウルは、また大股で十一班の皆が待つ方へ歩きだした。キトリーとベルナールが来た事で休憩を始めたらしい班員達は、地面に座って笑って話をしている。
「班長〜。連れて来ましたよ」
ラウルの声に、班長は笑い声を止めてこちらを見上げた。その顔が恐くてキトリーの心臓はドキリと動いた。緊張で棒のように固まっているキトリーをよそに、班長はゆっくりとした動作で立ち上がる。
「おう、お前達が新入団員か。俺は第一部隊十一班班長のギャエルだ。じゃ、自己紹介して貰おうか」
「はい!私はラグヨンの町から来ましたベルナールです。スキルは疾風。よろしくお願いします!」
ギャエルの言葉にすぐに反応したベルナールは、ビシッと直立して言った。キトリーもベルナールの隣で同じようにビシッと直立する。
「私はアラルゼ村から来ましたキトリーです!スキルはパワードスーツです!よろしくお願いします!」
キトリーの声は大きかったが少し震えていた。十一班の皆に注目されていた事もあるが、その皆の見た目が恐かった事も大きかった。キトリーは村に居て、こんなに威圧感のある男性達に囲まれた事は無かった。
「よし。ベルナールにキトリー。他の班員の紹介は後で適当にやってくれ。鍛錬を始める。まずは筋トレだ」
騎士団の鍛錬は筋トレから始まり筋トレで終わる。重い鎧を身に付け行動する為に筋肉を鍛えなければならない。筋トレの後は走り込み。ギャエルのスピードに合わせて、数分歩きその後スピードを上げて数十分走った。
キトリーはパワードスーツの特性で、筋トレは苦もなくこなしていた。だが、走り込みの方はそうはいかなかった。
今まで特に運動をしてこなかった為、走り出して数分で息が苦しくなりギャエルのスピードについて行けなくなった。そんなキトリーに気付いた、暗い金髪の大柄な班員がキトリーの所まで戻って来た。
「キトリー大丈夫か?初めての鍛錬だからな。足を止めずに歩いてろ」
そう言うと、大柄な班員は軽やかに走りギャエルの後ろに着いた。
あんなに重そうな鎧を身に付けて走り続けるなんて、凄い。キトリーのパワードスーツは重さを感じさせないのに……。キトリーは他の騎士団員達を心の底から尊敬した。
走り込みの後ストレッチをすると昼休憩になり、食堂に赴くと団員達が賑やかに食事をとっていた。キトリーはベルナールと同じ席についた。テーブルに置かれたのは、大きな牛肉のロースト、パンとスープだった。
キトリーのいつもの食事量の三倍はあろうかという量に、キトリーは固まってしまう。すると、キトリーの隣に座った団員がキトリーの背中を叩いた。
「お前ちっこいもんなぁ!食べきれないなら、俺が食ってやるから心配すんな!」
快活に笑ったのは、先程の走り込みでキトリーを心配し戻って来てくれた班員だった。確かにこの体格ならば、キトリーが残した分もペロリと平らげてしまいそうだ。
「あ、ありがとうございます。さっきも、心配して下さり……。あの、すいません、名前を教えて下さいませんか?」
「あ、そうだったな。俺はレジス。よろしくな、キトリー、ベルナール」
レジスがニッカリと笑うと、その隣に体格の良い、銀髪を短く切った男が座った。この男も十一班の班員だ。いつの間にか、同じテーブルに班員が集まっていた。班長のギャエルだけは、他の班長達と一緒に食事をしている。
「俺はオレール。ここの飯、美味いぞ」
銀髪の男オレールは、口元だけで笑うと牛肉のローストを口に入れた。牛肉の赤く美しい断面が食欲を唆る。
「俺はカンタン。よろしく〜」
茶色い長い髪を無造作に一つに縛ったカンタンは、軽い口調で言った。細身で背の高いカンタンは、耳に幾つもピアスを付けている。カンタンは前に座る男の手をつついた。
「お~いジローさん?あとジローさんだけっすよ?名乗ってないの」
ジローと呼ばれた男は、気だるそうに灰色の瞳をキトリーとベルナールに向けた。
「ジローだ。よろしく」
「十一班はこれで全員。班長入れて八人のチームな」
ジローの短い挨拶の後、ラウルが続けた。キトリーとベルナールは背筋を正して礼をする。
「はい。よろしくお願いします!」
「オレール先輩の言う通り、ここの飯は美味いから、食え食え」
ラウルはニイッと笑うと食事に手を付けた。キトリーもそれに倣い牛肉のローストにナイフを入れる。丁寧に焼かれたのが分かるしっとりとした赤身が現れ、皿の端にある塩を付けて口に入れた。ジューシーな肉汁が口の中に広がる。肉は柔らかく、噛む度に旨味が広がっていく。
キトリーはその美味しさに感動していたが、付け合せの野菜もこれまた美味だった。野菜ってこんなに美味しかったっけ?今まで食べていたのは野菜じゃなかったのか?と混乱してしまう程、牛脂で焼かれた野菜にはコクがあった。
キトリーはこれならペロリと完食出来そうだと思った程に美味しかったが、流石に多すぎたので半分をレジスに食べてもらった。
「今日は鍛錬の日だからな。午後は戦闘訓練するぞ」
第一鍛錬場に向かいながらラウルが教えてくれる。キトリーは戦闘訓練をした事が無い。どんな訓練なのかと少し楽しみに感じた。
だが騎士団員として活躍する先輩達に、騎士学校を卒業している者、騎士になる為に鍛錬してきた者達とキトリーとは大きな差があった。
素振りをする皆と一緒に、キトリーも長剣を出して振っているのだが、ギャエルはそんなキトリーを見て天を仰いだ。
「キトリー、基本がなっていないようだな」
ギャエルがキトリーに声を掛けるより先に、張りのある声が響いた。