29・ときめきと傷心の間に
「こういうの、良くないですって……!」
「え~?ちょっと二人を見守るだけよぉ」
「そうですよ。見守ってるだけ、見守ってるだけ」
大男が三人、ベルベットのカーテンに隠れ窓の外を覗いている。その内二人は背の高さも筋肉量もかなりのものだった為、カーテンが盛り上がってしまっていた。
「せめて俺を巻き込まないで下さいよ!折角ケヴィン先輩と話してたのに……」
憧れの先輩との会話中にライアンに呼ばれたかと思ったら、キトリーとエリクを覗く事に参加させられ、ベルナールは苦々しく文句を言っている。
対してライアンは、目を輝かせてテラスの二人を見ていた。
「だって、こんな事初めてよ?毎年誘っても首を縦に振った事の無い堅物が!今年はキトリーとジルちゃんが参加するって聞いて、自分も参加するって言って来たのよ!あの堅物副団長が!勿論今年も、招待はし……」
「ちょっとライアン!アタシを出迎えないで、何やってんのよ?」
興奮気味にライアンがまくし立てていると、棘のある声に遮られた。カーテンを引かれ、隠れていた三人は声の主に睨め付けられる。
少々釣り上がり気味の目を不機嫌そうに細めた背の高い男性は、ハイヒールのブーツを履き美しく化粧をしている。
そんな彼を、ライアンは振り向き半目で見やった。
「あらサミ部隊長。ようこそお出で下さいました。今……」
「あらぁ?副団長じゃない?ちょっと誰よ隣の女は?」
ライアンが口調だけ礼儀正しく挨拶を始めたが、またしてもサミはライアンの言葉を遮った。サミはバジルとベルナールの間に割り込む。
「彼女はキトリーよ。サミも知ってるでしょう?パワードスーツの新入団員」
「ええ?アレ、女だったの?ちっちゃくて可愛い男の子だと思ってたのに~。ねぇちょっとライアン!副団長とキトリー、手ェ繋いでんじゃない!ここって、庭園にも空調魔石使ってる?」
興奮気味に言うサミを、ライアンは眉根を寄せて睨めつけた。
「アンタねぇ……王族や高位貴族じゃあるまいし……庭園にまで使う余裕は無いわよ」
「あらぁ、じゃぁ副団長、今あの魔法使ってんのね。副団長があの魔法を習いに来たのって、キトリーの為だったのかしら?」
サミの言葉を聞いたライアンの目元からは険が消え、その目は丸く見開かれている。
「どういう事よ?何なの?その魔法」
「アタシ、色んな魔法を生み出してるでしょ?戦場では使わないような魔法も作って報告してるんだけど、副団長がその中から習いたいものがあるって言ってきたのよ。寒さを感じなくなる魔法で、触れ合っている間はその相手にも効果が現れるの。教えてる間、ずっと手を繋いでたのよ~。役得でしょぉ~?」
うっとりしだしたサミだったが、そのサミを見るライアンは冷ややかだった。
「で?今それを副団長が使ってるって?」
「そうね。魔力の流れ方を見るに、今その魔法を使ってるわ」
「ふぅん……」
「本当にキトリーの為だったら、副団長ってば健気じゃない?可愛い~!そんな一面もあったのね~」
サミは瞳を煌めかせてエリクを見つめた。ライアンはそちらを見ずに考え込んでいる。
ベルナールとバジルは、サミが来てからは窓から離れテーブルの菓子類を摘んでいた。
「何してるんですか?」
カーテンが引かれ、サミとライアンは可愛らしい声で話し掛けられた。まだ声変わりのしていない、女の子のような高い声だ。
二人が振り向いた先には、カーテンを少し持ち上げてこちらを覗いているジルだった。
「あ、この子見た事ある~。食堂の子ね」
「は、はい。ジルと申します。よろしくお願い致します。……えっと、ライちゃん様?隠れて何してるんですか?」
ジルはぺこりとサミに頭を下げると、怪訝そうにライアンを見た。しかしライアンよりも先に反応したのは、サミだった。
「ライちゃん様ですって!?なにそれ!羨ましい~!アタシもジルちゃんにサミちゃん様って呼ばれたぁ~い!」
サミの勢いに、ジルはたじろぎ半笑いでサミの顔を見返す事しか出来なかった。そんなジルを慮るようにライアンは優しく肩を抱く。
「サミの事は気にしなくて良いわ。さて……」
「お姉ちゃんと、エリク様……?」
窓の外の二人に気が付いたジルは、二人を見た後にカーテンに隠れていた二人を見た。
「ええと……ああ!ライちゃん様は主催者ですから、パーティー中に何かあってはいけないと配慮されていたんですね!お姉ちゃんがご心配お掛けして、すみません」
ジルは良い方向に解釈し、ライアンに向けて頭を下げた。完全に出歯亀根性で覗いていた二人は、目を合わせ苦笑いをするとジルの肩に手を置いた。
「ジルちゃん、こちらこそごめんなさい。品の無い行いをしてしまったわね。ジルちゃんは疲れてない?良かったら、踊らない?」
「はい!是非!お願いします!」
ジルがパッと花開いたように笑顔を見せると、ライアンも優しく微笑みジルの手を取った。二人は手を繋ぎカーテンから出る。
「ジルちゃん!次はアタシとも踊ってね~」
サミも二人の後を追いながらジルを誘うと、ジルは笑顔で頷いていた。
瞬く星空の下で、キトリーは手を繋いだままエリクに見つめられていた。エリクの表情は、笑っているのに苦しそうに見える。
「俺は、自分が思っていたよりも、狭量なようだ……」
「副団長……」
キトリーはエリクにどう言葉を掛ければ良いのか分からなかった。エリクの辛そうな表情を見て、キトリーも悲しそうに眉を歪ませた。
「……ああ、キトリー。君にそんな顔をさせたかった訳じゃないんだ。……キトリー、俺の気持ちは知っているだろう?」
エリクはキトリーの繋いでいた手を両手で包み込むように握り、キトリーの顔を覗き込んだ。キトリーは、エリクの問い掛けに困ったように微笑みながら首を傾げ答える。
「え?あの……多分……?」
エリクは、そのキトリーの答えに目を丸くすると、眉尻を下げ笑った。
「ははっ。そうか。しっかり伝えていなかったか……キトリー」
キトリーはエリクに名を呼ばれ、ドキリと心臓が跳ねた。エリクの声色も瞳も、真剣な色を帯びている。
「君が好きだ。俺との交際を、考えて欲しい。今すぐに返事を貰おうとは思っていないから、ゆっくり考えてくれ。急かすつもりも無いが……是非前向きに検討して欲しい」
キトリーは、エリクの深緑の瞳に溶かされてしまうのではないかと思った。熱い視線と甘い言葉に、キトリーの鼓動は早鐘を鳴らし続けている。キトリーは言葉を紡ぐ事が出来ずに、口元を引き締めたまま真っ赤な顔で俯いた。
エリクの視線に囚われたままのキトリーの瞳は潤み、月の光を受け輝いている。
「キトリー、綺麗だよ。こんなに綺麗な君を見たら、誰もが君に心を奪われるだろう。……だから、先程も君が騎士達と踊っているのを見て、嫉妬してしまった」
エリクの告白に、キトリーは何も言う事が出来ない。この人は、自分をどうするつもりなのだろうか。恥ずかしさと嬉しさで、どうにかなってしまいそうだ。
それなのに、エリクはまだ言葉を続ける。
「朝、夜着のまま出て来た時があっただろう?ああいった、無防備な姿だって、他の者には見せて欲しくない位なんだ。……俺は、自分がもっと余裕のある人間だと思っていた。だが、君が相手となると、全く駄目だ」
そう言うとエリクは、力無く笑った。こんな風に笑うエリクを、キトリーは初めて見た。ギュッと心臓を握られたような感覚になる。
自分の胸が苦しいのは、自分がエリクにあんな思いをさせてしまっているからだ。
自分がエリクに対して恋心を抱いている自覚はある。恋愛はしないと言っていたのに、恋に落ちてしまった。情けないと思う反面、エリクからの好意を感じると、キトリーの心は喜びで満たされてしまう。
だがキトリーは分かっていた。この恋が成就する事は無いのだ。キトリーとエリクには、身分という隔たりがある。キトリーを選ぶ事で、エリクの立場が悪くなってしまうかも知れない。キトリーは、エリクの荷物にはなりたくなかった。
だけど、思いを自覚したばかりの初恋。しかも、その相手からも好意を向けられている。
諦めようと思っても、全然上手くいかない。断らなければならないと思っているのに、エリクの甘い瞳の前で拒絶の言葉を口にするなんて出来なかった。
エリクと手を繋ぎテラスで話をしていたキトリーは、エリクに胸をときめかせているのに、シクシクと胸が傷んでいた。
日付けが変わる十秒前から、大広間でカウントダウンが始まった。酒に酔った騎士達が大きな声を出しており、熱気さえ感じる程だ。
「……六!五!四!三!二!一!」
キトリーも途中からカウントダウンに参加し、日付けが変わった瞬間、大広間の天井に色とりどりの火花が次々に咲き乱れた。音を立てて咲いては散っていくその光景に、キトリーは目も口も開いて魅入ってしまう。
花火が終わると、拍手の音がそこここから聞こえてきた。その拍手に、花火の魔法を打ち出したサミが手を振り応えている。
侍女達が、切り分けられた新年のパイを運んで来た。各々が一個ずつパイを選んでいく。
「沢山作ったのね。大変だったんじゃない?」
キトリーがジルを労うように声を掛けると、ジルは首を横に振った。
「俺は作っただけだから。後片付けとかまでは、やらせて貰えなかったんだ。俺、お客様だからさ。良い経験になったけど、我儘だったかもなぁ……」
ジルが今回パイを焼いていたのは、皆に感謝の気持ちを伝える為だった。だがそれは、ただの自己満足だったのではないかと少し後悔している。
キトリーの隣に立っているエリクが、パイを一口口に入れた。
「うん!美味しい。アーモンドクリームが滑らかで、アーモンドの風味がとても良い」
美味しそうに食べているエリクを見て、キトリーもパイを口に含んだ。
「ん!本当……!副団長の言った通り、美味しいです!パイがサクサクで、アーモンドクリームも美味しいです!」
二人に褒められ、ジルは小さく微笑んだ。そして自分が焼いたパイを一口パクリと食べる。うん。ちゃんと美味しく出来ている。
「ジルちゃん!美味しいわよぉ~!」
ライアンの声が響き、ジルは安心したようにふにゃりと笑った。




