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28・年越しパーティーでダンスを

 





 パーティー会場である大広間の隅に並べられたテーブルの上には、数々のご馳走が並べられている。何故か他の料理よりも、肉類と魚介類のポワレが多い。

 キトリーは、テーブルを前に目をキラキラと輝かせている。既に少し食べていたジルが、美味しかった料理を教えてくれ、キトリーは嬉々として皿にジルのお勧めを盛り付けていく。



「美味しかった……物足りないけど、もう無理……」


 数々の料理に舌鼓を打ったキトリーだったが、やはりコルセットの締め付けによって、満足のいく量を食べる事は叶わなかった。料理を皿に盛り付けていた時とは違う、しょんぼりとした表情でキトリーはフォークを空になった皿に置いた。


「あれ?キトリー、もう良いのか?」


 空になった皿を前に動かないキトリーに気付いたラウルが、不思議そうな顔でキトリーに問いかける。いつものキトリーであれば、この三倍は食べられる筈なのだ。

 目を丸くしているラウルに、キトリーは苦笑いを返した。


「はい。ラウル先輩……これ以上は無理そうです。コルセットってこんなに苦しいんですね」


 ラウルはキトリーの言葉を聞き納得した。そして驚いている。コルセットとは、そんなにも装着者を苦しめるものなのか、と。引き締まったウエストは美しい線を描いているが、それは装着者の苦痛と引き換えだったのだ、と。

 ラウルはキトリーに気遣うように微笑んだ。


「じゃ、ちょっと踊らねぇ?カンタン先輩も、さっきからずっと踊ってるし。あ、俺、正しいダンスとか分からないから、適当に踊るけど」


「うふふ。良かったです。私も自信無いので、適当に踊りますね!」


 キトリーの言葉を聞きニヤリと口角を上げたラウルは、大仰に恭しく礼をすると、キトリーの手を取り大広間の端の方へ向かった。

 中央では、ライアンの班の班員達が踊っている。班員同士で踊っている者もいれば、連れて来た女性と踊っている者もいた。

 ライアンの班は体が大きい騎士ばかりが揃っている。彼等はアップテンポの曲を、大きな体を切れ良く動かし踊っており、笑いを誘っていた。


 カンタンも、連れて来た女性と一緒に踊っている。以前言っていた、結婚を考えている相手なのだろう。黄色い瞳が、いつもよりも優しく熱く輝いている。


 ラウルとキトリーは向かい合い、ラウルはボウアンドスクレープを、キトリーはカテーシーをするとお互いに手を取り踊り出した。

 リズムに乗って適当に踊っているのだが、振り付けがあるかのように二人は自然で迷いが無い。そして二人共楽しそうに笑っていた。

 そこに、ライアンの班の班員バジルが加わった。巨体をリズミカルに動かし踊っていたバジルは、キトリーを片手で持ち上げくるくると回転をした。


「わぁぁぁぁぁ!」


 キトリーから楽しげに驚いた声が漏れ、バジルは優しくキトリーを降ろす。そして更に、ラウルを持ち上げてキトリーの時よりも早く回転した。


「あはははははは!ちょっ……ちょおーーーーー!」


 回されながら大笑いしていたラウルは、フラフラとよろめいたバジルにゆっくりと降ろされた。ラウルは中腰になり上半身が揺れている。バジルも同様だった。

 キトリーは思わず吹き出し、二人の肩に手を置いて尋ねた。


「バジル大丈夫?ラウル先輩も、大丈夫ですか?」


「ああ。俺は平気……。しかし、セギュール様のとこの班は流石だな!軽々と持ち上げられちまった」


 まだ少しフラフラしながら、ラウルはバジルを見た。バジルもふらつく頭を上げて、にこやかに答える。


「はは。私達の班は、力持ちじゃないと務まりませんからね。それよりこれ。見て下さい」


 バジルがニコニコと指差したのは、バジルの眼鏡だった。何の変哲もない、普通の眼鏡に見える。不思議そうに見返したキトリーとラウルに、バジルは明るく笑みを深めて続けた。


「眼鏡、ズレてないでしょう?これが、私のスキルなんです。手で外さない限り、眼鏡がズレたり外れたりする事が無いんですよ」


「へぇ~。変わったスキルだね~」


 キトリーが面白そうな笑顔でこう言うと、ラウルは大笑いしだした。


「あはははははは!お前な?バジルのスキルも珍しいけど、お前のスキルは群を抜いて変わってるからな?」


「はははは。確かに。キトリーのスキルの前では、私の眼鏡のスキルは霞んでしまいますね」


 二人に笑われ目をぱちくりとさせたキトリーは、苦笑すると前にもこんな事があったと思い出した。バジリスク討伐後に、ラウルのスキルに驚いていたら同じようにカンタンに指摘されたのだった。あの時同様、キトリーは明るく笑われている。キトリーも可笑しくなってしまい、二人と一緒になって笑った。


 ダンスを再開し、またバジルに抱え上げられ回っていると、バサリという羽音が聞こえ影が差した。影の主の方に顔を向けると、そこには片方だけ口角を上げて笑うロックが居た。

 動きを止めてキトリーと同じように目を丸くしているバジルから、キトリーを抱え上げるとロックは飛んだままくるくると回転した。


「わあ!あはははははは!」


 急な事に驚いたキトリーだったが、ロックの首に腕を回して楽しそうな笑い声を上げる。ロックは回転を終えるとふわりと床に着地し、キトリーを降ろした。


「ロック先輩、いきなりで吃驚しましたよ?」


「キトリーだよな?すごい綺麗だな!それでさ、入り口に居る奴が、キトリー?って呟いてから固まっちゃって動かないんだよ。何とかしてやってくれない?」


 ロックが指差した先には、扉の前でこちらを見て動かないエリクが居た。いつもの騎士団の鎧も似合っているが、銀糸の刺繍が施された濃紺色のコートが美しいエリクをより一層引き立てている。

 騎士達と共に来た女性達が見とれているが、当の本人は何故か動こうとしない。


「ちょっと行ってやってよ」


 ロックに優しく背中を押されたキトリーは、口元に力を込めてエリクを見た。強ばる体を動かし、ゆっくりエリクの方へ歩む。

 心臓の音がうるさい。頬が熱を帯びているのが分かる。動かない彼から目を離す事が出来ない。


 あと数歩で手の届く距離。そこまで近付くと、エリクが瞳を揺らし一瞬苦しそうな表情をした。そしてエリクもキトリーに向かい歩を進め、二人は向かい合った。


「キトリー、とても綺麗だ。ドレス、よく似合っているな」


「あ、ありがとうございます……。副団長も、素敵です……」


 熱く見つめられ、キトリーはエリクから目を逸らし答えた。

 美しく格好良いこの男性の瞳を見つめ返す事は、キトリーには恥ずかしすぎた。

 そんなキトリーの手を取ったエリクは、腰を折りキトリーの顔を覗き込み微笑んだ。


「良ければ、一曲踊って頂けませんか?」


「はい。喜んで……」


 キトリーは耳まで熱くなっているのを感じながら頷いた。エリクに優しく引き寄せられ、曲に合わせて踊り出す。

 エリクのリードは優しく力強い。キトリーはエリクのリードのお陰で、この曲を踊れていた。

 キトリーはアップテンポなリズムに合わせてくるくると回転させられ、腕を引かれてエリクの腕の中に収まる。ふわりと一瞬エリクに包み込まれ、またキトリーはくるくると回りながらエリクから離れた。


 キトリーはダンスに集中した。そうでもしなければ、失敗してしまいそうになる上に、ダンスの中でエリクと密着する事を意識してしまう。どちらも恥ずかしい結果に終わってしまう為、キトリーはエリクにリードされながら一生懸命踊った。


 一曲踊り終えたキトリーとエリクは、互いに礼をして息をついた。そしてエリクと目を合わせたキトリーは、ふふっと笑った。


「副団長、ダンスもお上手なんですね。私、ダンスが苦手なんですけど、副団長のお陰でちゃんと踊れてたと思います。……先生が見ていたら、きっといっぱい注意されてしまうんでしょうけど」


 キトリーは笑いながらこう言った。ダンスの先生というのは、セギュール伯爵夫人だ。何故か夫人は、キトリーとジルを呼んでは行儀作法やダンスを自ら教えてくれる。

 キトリーは、理由も分からず戸惑うばかりなのだが、有難く、その授業を受けていた。


「キトリーがダンスを習っているとは思わなかったから、適当に踊ったのだが、上手くいったな。それに、楽しかった」


 エリクはキトリーの手を取り、広間の端へ移動しながらキトリーへ微笑みかける。キトリーはエリクの言葉に驚き目を丸くしてエリクを見返した。


「ええ?適当だったんですか?そういう構成なのだと思ってました。……私も、楽しかったです。副団長のリードのお陰ですね」


 横を歩くエリクの顔を見上げながらキトリーが言うと、エリクはキトリーと目を合わせ甘い笑みを深める。


「キトリーのフォローも良かったよ。いつか一緒に舞踏会で踊りたいな」


「あははは。舞踏会ですかぁ?ふふふっ、副団長も冗談を言うんですね」


 面白そうに笑ったキトリーに、エリクは小さく首を横に振った。


「いや、冗談ではない。その時は、ドレスを贈らせて貰うよ」


 エリクの言葉が理解の範疇を超えてしまい、キトリーは目を丸くして口をパクパクとさせた。

 そんな大層な贈り物は分不相応だと思う。それに、一体どんな顔して受け取れば良いのか。


 キトリーはエリクに手を引かれ、テラスに出ていた。肌寒いはずの冬の屋外は、エリクと手を繋いでいる為暖かい。


 白く光る月と星の瞬きが夜空を彩っている。整えられた庭園も、月の光とぽつぽつと置かれた灯りに照らされ、静かな美しさを放っていた。


「あの、副団長……?」


 何故大広間から出てきてしまったのだろう。キトリーがおずおずとエリクを呼ぶと、エリクは先程一瞬見せたものと同じ、苦しそうな表情をした。


「ああ。すまない、キトリー……俺は、自分が思っていたよりも、狭量なようだ」


 エリクはそう言いながらキトリーに微笑みかけた。その笑顔は、キトリーには無理をして笑っているように見えた。

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