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26・隠密訓練

 





 キトリーは、クルテュールで購入したフクロウの瞳を窓辺に吊るした。濃い緑色のガラスが、証明の光に反射して輝く。

 不意に、エリクの甘い眼差しを思い出す。エリクの深緑色の瞳。

 どうして自分はあの時、この色のフクロウの瞳を選んだのだろう。見る度にエリクの事を思い出してしまいそうだ。

 邪なものから守って貰える筈のフクロウの瞳が、キトリーには自分に生まれた感情を思い起こさせる、困ったものになってしまった。





 騎士団では、王都や各町の内外の巡回も行っている。十一班は、町の外の巡回が多いが、今日は王都内の巡回だった。

 二人一組で巡回し、普段キトリーはギャエルと組んでいた。だが今日はオレールと二人で巡回に当たっている。


「あ!キトリーお姉ちゃ~ん」


 小さな女の子が、キトリーを見掛けて駆け寄って来た。ジルも世話になっていた孤児院で暮らす子供だ。

 パワードスーツを装着した騎士は他に無く、キトリーは初め警戒されていた。町の者に受け入れて貰う為に、キトリーは巡回中よく人々へ声を掛けた。そうした甲斐あって、パワードスーツは騎士団の一員だと、認知されるようになった。


 そしてこのパワードスーツは、子供達からの人気が高かった。

 以前、窃盗犯を空を飛び高速で追い捕まえた事があった。鞄を奪われた被害者が声を上げ、すぐに反応したキトリーがものの数秒で事件を解決したのを、子供達が見ていたからだった。

 元々騎士団は子供達の憧れの的であった。そして異質な全身鎧の騎士キトリーの、この目を見張る活躍は、子供達を感動させ憧れを抱かせた。

 更にキトリーの人当たりの良さから、子供達はキトリーによく懐き、キトリーを英雄のように思うようになっていた。




「キトリー、お前が王都を巡回すると、いつもこうか?」


 子供達から解放されたキトリーに向かって、オレールは呆れたように笑って問いかけた。キトリーも苦笑いして答える。


「あ、あはは……。入団当初は不審者扱いされてたので、班長は良かったなって言ってくれてるんですよ……」


「あっはっはっはっはっ!確かになー。俺も初めて見た時は驚いたもんな」


 オレールは面白そうに大笑いしている。キトリーは、初めて十一班の班員達と出会った時を思い出した。


「それは私もですよ!先輩方も班長も、すごい怖かったんですからね!まぁ、皆さん見た目によらず優しかったので、萎縮せずやって来られましたが」


「おいおい……見た目の事はお前も中々のもんだぞ……?すげぇのが入って来たと思ったからな」


 呆れ顔のオレールの言葉に、キトリーは激しく反応した。


「んなっ!パワードスーツ、カッコイイじゃないですか!……確かに私も、もう少し背が高かったら、もっとカッコ良かったんだろうな~、とは思いますけど」


「気にする所、そこなのかよ!」


 キトリーは常々、背の高い者がパワードスーツを装着していたら、きっともっと力強く見栄え良く映るのだろうと考えていた。何せ他の騎士は皆背が高い為、いつもキトリーは埋もれてしまっている。


 だがそんなキトリーを見て、オレールはまた爆笑した。そして二人は、王都の巡回を続けた。





 一方、ギャエルはベルナールと共に巡回をしていた。いつもキトリーに群がる子供達も居らず、スムーズに巡回が出来ている。


「ベルナール、侵略部隊との演習はどうだった?」


「はい、とても勉強になりました。そして目標が出来ました。ケヴィン先輩のような、強くて速い騎士を目指します」


「おお~、そうか」


 ギャエルはベルナールの答えに満足したように、ニヤリと笑う。


「侵略部隊の隊長が、お前は見込みがあると言っていた。鍛錬を積んで、腕を上げれば侵略部隊に入れる可能性があるってよ。お前、どうだ?」


 ギャエルの言葉に、ベルナールはポカンと大きな口を開けて驚いた。段々と言葉の意味が浸透してきて、驚いた顔が嬉しそうに輝き始める。


「えっ?本当ですか?嬉しいです!俺、頑張ります!」


「そうか。じゃあ、そういうつもりで、これから鍛錬していくからな。一年後、班長を務める位の実力を目標に。あとは、戦術や魔物の情報を勉強しておくと良い。やる事は多いが、無理は禁物だぞ」


「はいっ!」


 表情を引き締めて返事をしたつもりだったが、嬉しい感情が口元に現れてしまっていた。相変わらずニヤニヤと口角を上げてギャエルはベルナールを見ている。


「折角、良い奴が十一班に来たってのにな~。力のある奴は皆引き抜かれちまう」


「確か、テランス隊長が十一班から侵略部隊に移動したんでしたよね?」


 ギャエルのぼやきにベルナールが質問をすると、ギャエルは懐かしむように目を細めた。ベルナールは、そのギャエルの瞳の奥に少し寂しそうな光を感じた。


「そうだ。テランス隊長が元十一班の班長で……実はバジリスクの討伐方法を考えついたのも、テランス隊長なんだ。バジリスク討伐に十一班が充てられる原因の一つはコレだな」


「それは……テランス隊長は、本当にすごい騎士なんですね」


 ベルナールは初めての大型魔物の討伐任務を思い出した。あの時の自分を情けなく思うが、ベルナールはそれを踏み台にして成長する為に日々精進している。


「ああ。酒癖が悪くて困った方だが、本当に優秀で、尊敬しているよ……」


 テランスが侵略部隊に入ってから、会う機会はめっきり減ってしまった。今でもテランスがギャエルを可愛がってくれている事は、会う度に実感する。

 演習をする度に、宴会をする度に、ギャエルはもっとテランスの元に居たかったと思っていた。尊敬していた、今もしている、頼れる先輩。

 ベルナールが彼の率いる侵略部隊に移動する可能性を見出された事は、羨ましくもあり、誇らしくもあった。


「侵略部隊は狭き門だが、期待してるぞ」


 ギャエルはベルナールの背中を強く叩く。叩かれたベルナールは嬉しそうに頷き、ギャエルの後を追った。






 演習後初めての鍛錬日、ラリマーは走り込みを終えたキトリーに悪戯っぽい笑みを向けた。


「今日も隠密の鍛錬をするが、演習の時に気付いた事はあるか?」


 ラリマーは目の前に立つキトリーを、座ったまま目だけで見上げている。その眼力にキトリーは、自分の周りに居る騎士達は何故こうも強面が多いのかと胸中で呟いた。


「えっと、ロック先輩やほかの侵略部隊の隊員達数人には透明化が通用しましたが、隊長を含めた数人には感付かれてしまいました。ケヴィン先輩は、腕を動かした音が聞こえたと言っていました。」


「くくっ……やっぱり化け物揃いだな。他には?」


「ほ、ほかに……?えっと……分かりません……。最後の方は集中力が続かなかった……です……」


 困ったように答えたキトリーに、ラリマーは仕方ないとでも言うように鼻から息を吐き出し立ち上がった。


「反省会してる訳じゃない。ただ、あの侵略部隊の半数に通用してた事は良い収穫だった。鍛錬中との違いは、飛んでた事だろ?どうしても歩くと地面や床に足をつけた時に、鎧が鳴っちまう。飛んでた事で、移動中の音を抑えられたんだろうな」


 キトリーは、ほぉ、と納得した。今までは地に足をつけて隠密行動をしていたが、飛行しての隠密は演習が初めてだった。その試みが上手くいったのかと、キトリーは喜色を浮かべる。


「喜ぶのはまだ早い。飛行中に微かな音も出ないのか試してみないとな。あと、透明化と飛行に使う魔力はどの位持つのか分かるか?」


「確認します」


 キトリーは頭装備を装着し、説明しようの説明を聞いた。



『説明しよう!その二つの機能を同時に連続使用すると、三時間程で魔力切れを起こす!キトリーの魔力を増やすか、魔力ポーションを飲む必要があるが、まだ収納機能を取得していないので後者は不可能だ!収納に入れておいたアイテムは、透明化中に触っていれば透明のまま使用出来るぞ!手から離れると見えてしまうようになるから、注意が必要だ!』



 説明を聞き終えたキトリーは、頭装備を解除してラリマーへ向き直った。そしてラリマーへ伝えると、ラリマーは面白そうな表情でキトリーを見つめる。


「本当に面白いスキルだなぁ。収納機能か。今は何のスキルを取得中だ?」


「今は、暗視機能を取得中です。取得出来るのは、二ヶ月半後を予定しています」


「ほぉ~暗視か。機能は副団長と相談してたんだよな?流石、副団長だな。因みに、透明化と飛行と暗視を同時に連続使用すると、どの位持つ?」


 キトリーは再度説明しようの説明を聞き、また頭装備を解除した。現れたキトリーは、その表情から消沈しているのが見て取れた。


「私の魔力量ですと、一時間半しか持たないそうです……」


 余りに短すぎると、キトリーは気を落としているらしい。だがラリマーは、キトリーの様子を気にする事無く口を開いた。


「ま、今のお前じゃ気配を消すのも、一時間位で集中力が切れるからな。まずは隠密の精度を上げる事だ。集中せんでも気配を消せる位になれば最良だな。あと、収納機能の取得について副団長に伝えておく」


 言われてみればそうだ。キトリーは肩を落とすも、ラリマーはその肩をバシンと叩いた。


「しょぼくれてないで、鍛錬するぞ!まずは、飛行中に出る音の確認だ。どの程度の速さまで音が出ないのか、やってみよう。透明化はしなくて良いし、気配も消さなくて良いから、飛んでみてくれ」


 キトリーは、ラリマーの指示通りにスピードを変えて飛んだ。ラリマーは耳を澄まして飛行音を聞いている。

 ここ第一鍛錬場では、十一班だけでなく他の騎士達も鍛錬に励んでいた。決して静かとは言えない環境の中、ラリマーはキトリーの音を判別出来るらしい。

 スピードを変えて数往復飛ぶと、ラリマーがキトリーを呼んだ。


「飛行音は、今飛んで貰った速さだと聞こえなかった。それ以上の速さになると、風切り音が出るんだろうな。それなら隠密中は問題無いだろう。後は、腕や足を動かした時に出る音をどうするか、だな。音の出ない動かし方を考えなきゃならんな……」


 キトリーは難しい顔をして、関節を伸ばしたまま動いたりして試している。大きく腕を動かした為に、やはり金属音が鈍く響いた。

 装備も性格的にも向いていないキトリーの隠密訓練に、ラリマーは首を捻らせてしまった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 取ろうとしてないって事はレーダー系の機能はリストに出てきてないのかな
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