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23・酒癖の悪い凄腕騎士

 




 侵略部隊との演習を終え、演習に参加した者達は皆、竜熊亭に集まっていた。幾つものテーブルに別れて座っており、キトリーはロックとベルナール、侵略部隊の剣士ケヴィンと治療班のマロとでテーブルを囲っていた。


「ほい。じゃ、今日はお疲れ~!」


 ビールを手に持ったロックがこう言うと、皆でジョッキを合わせてビールを飲み始めた。

 キトリーは今日もジンジャーエールなのだが、皆と同じジョッキに注がれていた。色っぽくも気だるそうな雰囲気の店員が、配慮してくれたらしい。


 疲れた体に、ジンジャーエールの炭酸と唐辛子の辛味が気持ち良い。一気にビールを飲み干してしまったケヴィンとマロは早くもお代わりを注文している。


「キトリーのアレには苦しめられたな~」


 ロックが明るく笑いながら言うと、ケヴィンもニヤリと笑い頷いた。


「次の演習時には、全員キトリーに討ち取られる可能性はあるな」


「ケヴィン先輩もテランス隊長も、腕を上げただけで場所特定してくるから、全然勝てる気がしないですよ~」


 キトリーは眉尻を下げてしょげた表情でケヴィンを見た。

 二回戦目でロックを討ち取ってから、侵略部隊は姿を消して行動している者の存在に気付いた。侵略部隊の中でも特に感覚に優れているケヴィンとテランスは、感覚を研ぎ澄ましキトリーの攻撃を防ぎ、返り討ちにしてしまったのだった。


 長い黒髪を一つに縛ったケヴィンは、背が高く細身の男性だった。戦場で殺気を撒き散らし、見えない敵を威圧していた時はもっと大きく感じていた。兜に隠れていたこの切れ長の目も、あの時はもっと鋭く尖っていたのだろう。今はその目は細められ、黒い瞳は優しい光を宿している。


「あははははっ。ロックが気絶したまま浮いて来た時は驚いたなぁ~」


 マロは朗らかに笑っている。既に酔っているのか、頬が赤くなっていた。マロの、大きな体を持つ治癒士という点は、オレールとの共通点だった。だがマロは戦うよりも癒したいという、正しい治癒士だ。

 マロはキトリーが運んだロックを、不思議そうに治癒した。演習終了後にキトリーの透明化を知り、納得し笑っていたのだった。


「ああ。いつもは飛んで俺達を運んだりしてるロックが、宙に浮いて運ばれるなんてな」


 ケヴィンは面白そうにロックを見やる。ロックはスペアリブにかぶり付いており、反論しようとケヴィンを見てモグモグと口を素早く動かし始めた。噛みごたえのあるスパイシーな肉をやっと飲み下したロックは、ケヴィンに反論の為に口を開く。


「俺はケヴィンや隊長達みたいな、ぶっ飛んだ感覚は持ってないの!見えない上に気配消されちゃ分かんないって!」


「恐らく腕を動かした時だな。この変な鎧の音が聞こえたんだ。だからそこに攻撃した。隊長も同じだと思うぜ。あと、後半は気配が完全に消せてなかった」


 自分の隠密技術が未熟である事実を突き付けられ、キトリーは精進せねばとスペアリブを食べながら思った。


「ベルナールは動きが良かったな。その義足を攻撃に使うとは思わなかったぜ」


「あ、ありがとうございます!」


 ベルナールは顔を嬉しそうに輝かせ、ケヴィンに礼を言った。今回の演習で、ベルナールは同じ剣士として高みに立つケヴィンに憧れの感情を持った。その憧れの人から褒められ、ベルナールはケーキを食べた時と同じ表情をしている。



 テランス隊長とギャエル班長の囲むテーブルでも、ベルナールの話題が出ていた。


「アイツ、良い動きしてたな。義足の……ベルナールか」


 テランスはビールを煽りながら、ギャエルに向かって言った。空になったジョッキを置いたテランスは、既に真っ赤になっている。


「ベルナールですね。アイツは騎士学校を卒業してないんで、実戦経験は他の新入団員より少ないですが、センスが良いです。向上心もあるんで、伸びますよ」


「ほぉ……良いな。あとアイツも面白かったな!キトリー!」


「キトリーは何処に居ても目立ちますからね」


 テランスは豪快に笑うと、もう一杯ジョッキを空にした。相変わらずテランスはピッチの早い大酒飲みだと、ギャエルは少し心配になった。


「見た目も変だし能力も面白い。侵略部隊向きじゃないのが残念だ。可能性があるのはベルナールだな」


「はい。本人の希望を聞いて、指導します」


 テランスはうんうんと頷くと、他のテーブルで飲んでいるジローの方を見た。


「ジローは変わったな。かなり丸くなった気がするが……」


「ジローは子供が産まれましたので、侵略部隊の方は辞退するそうです」


 不思議そうにジローを見ていたテランスは、ギャエルの言葉に嬉しそうな驚きを見せる。


「ほぉ!そりゃ目出度いな!侵略部隊に入ると、国中を飛び回る事になるからなぁ……。しかし、あの尖ってたジローがあんなに丸くなるなんてな~」


「二人産まれましたからね。二週間違いだと言っていました」


「二週間違い?二人……?」


 意味が分からないと、テランスは眉を歪めてギャエルを見た。その疑問に、ギャエルは苦笑しながら答える。


「何であんな無口な戦闘狂が良いのか分からんのですけどね、アイツ、すげぇモテるんです。しかも来る者拒まずだから……今は確か、三人居ます。その内の二人が子供産んだそうです。不思議と皆、仲が良いみたいで、ジローも家族を大事にしてますよ」


 テランスは口をポカンと開けて静かに驚いている。


「三人……そりゃ、すげぇな……。俺はこの歳で独身だってのに」


「テランス隊長はその酒癖治さないと無理ですよ。どうせまだ毎晩飲んでんでしょ。酔っ払って素手で魔物狩りに行く隊長を御せる女なんて、人間には居ませんって。……キトリー位か?」


「歳の差!おじいちゃんと孫か!」


 テランスの突っ込みに、テーブルに居た全員が大笑いした。


「貴族がその年齢差で後妻を娶るってのは聞いた事あるが、俺にゃ~無理だな~」


 テランスはそうボヤくとその後も楽しそうに飲んだ。ギャエルの危惧していた通り酔っ払い、苦笑するギャエルを伴い素手で魔物を狩りに行ったのだった。










 食事を終えたキトリーは、竜熊亭から騎士団本部に向かって夜道を歩いていた。まだ団員達は飲んでいるのだが、レジスが気を利かせてキトリーを帰らせてくれたのだ。

 侵略部隊との演習後は、必ず宴会がある。その為、レジスはジルに声を掛けており、ジルは厨房で仕事をしながら待つ事を選んでいた。

 キトリーは食堂に入り、厨房に声を掛けた。


「お疲れ様です!ジルを迎えに来ました!」


 カウンターに出てきたのは、面接の時にキトリーにクッキーを出してくれた料理人だった。細い目が優しく弧を描いている。


「お~、お疲れ様で~す!キトリーちゃん、これどうぞ」


「え?何ですか?」


 紙袋を受け取ったキトリーは、中を見ると顔を輝かせた。


「良いんですか?ぅわぁ嬉しい!ありがとうございます!」


「今日はキトリーちゃんが迎えに来るって聞いてたから、多めに作ったんだ。ジルと食べな~」


「はい!」


 紙袋の中には、ジルが面接した時待っている間に出されたものと同じクッキーが入っていた。キトリーがニコニコしながら礼を言うと、厨房からジルが出てきた。


「お姉ちゃん、お待たせ~。あ、リックさん!お疲れ様です!」


「おうジル、お疲れ~。手伝ってくれて、ありがとな。キトリーちゃんにクッキー渡したからな~」


 この面倒見が良さそうな男性が、以前ジルの話に出てきたリックらしい。ジルがこの職場で上手くやっているようで、キトリーは安堵した。


「わぁ、ありがとうございます!リックさん、お先に失礼します!」


「おう。また明日な~」


 リックは厨房のカウンターから手を振り、二人を見送ってくれた。



「ねぇお姉ちゃん、ニノンから借りた本は読んだの?」


 夜道を歩きながら、ジルはキトリーに問いかけた。頭装備だけ解除しているキトリーは、頬や耳に当たる冷気に首を縮こませながら答える。


「うん。読んだよ?冒険物が無いみたいで、初めて恋愛小説読んだな~」


「あははっ。初めてなの?俺、何回もニノンに読まされてるのに。で、どうだった?初めての恋愛小説は?」


「うーん、そうだねぇ~……」


 キトリーは難しい顔をして内容を思い出している。


「王子様が貴族の女の子に恋をして、学校の中で彼女を助けたり、デートをしたりするのが良かったかな~」


「へぇ~、デートねぇ。……お姉ちゃん、明日はエリク様とデートだね?」


 ジルがそう言うと、キトリーはものすごい勢いでジルの方へ顔を向けた。


「デートじゃないわよ!多分、ジルを誘わなかったのは、事情があるのよ。勘違いしちゃ、失礼よ?」


「えええ?何、事情って……」


 何やら窘められてしまったジルは、エリクは何と言ってキトリーを誘ったのかと疑問に思った。


「それは、私が人に言って良い事じゃないわ。それに、副団長が言ってた訳じゃないし」


 この言葉で、ジルはキトリーがまた勘違いをしている事を悟った。やはりこの姉相手では、はっきりと言ってしまわないとエリクが関係を変える事は難しいだろう。


「……そっか。まぁ、明日、楽しんできてよ」


「うん!何処に行くのか分からないけど、楽しみだわ」


 キトリーは、ニノンやベルナールと出掛けた時と同じように楽しみに感じているようだ。そこにデートという感覚は全く無く、ジルはエリクを気の毒に思った。


 キトリーに恋愛感情を意識させるべくニノンに手を回し、姉に恋愛小説を渡させた少年は、心の中で明日のエリクを応援した。

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