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18・副団長の憂鬱

 





 連休明けの初日は、鍛錬日だった。キトリーが第一鍛錬場に到着すると、ベルナールとラウルが既に待っていた。


「おはようございます。ラウル先輩、ベルナール」


「おう、キトリー。おはよ。連休どうだった?」


「おはよう、キトリー。疲れてないか?」


 キトリーの挨拶にラウルとベルナールが返すと、ラウルはベルナールとキトリーを交互に見る。


「あれ?お前達二人でどっか行ってたとか?仲良いな~。俺も誘えよ~」


「違いますよ。キトリーは一昨日、アラルゼ村に行ってたらしいんですよ。それも日帰りで」


 あくまでベルナールは、ミルフィーユを食べに出掛けた事を話すつもりは無いらしい。ベルナールがこう言うと、ラウルは目を丸くしてキトリーを見た後に、納得したように表情を緩めた。


「ぶっ飛ばして片道三時間だっけ?疲れるって言ってたもんな。大丈夫か?」


「はい。昨日はのんびり過ごしたので、疲れは残ってません。それに、パワードスーツを着たまま眠るの、疲労回復にすごく良いんですよ」


 ラウルはキトリーと二人でベルデラ山脈を探索していた事を思い出した。夜交代で眠る際に寝ているキトリーを起こすのだが、頭装備までしっかり装着した、眠るパワードスーツは異様だった。そしてその横たわる厳つい塊(パワードスーツ)を起こすと、キトリーの可愛らしい声が黒と金の厳しい兜から聞こえてくるのだ。その不釣り合いな様がまた、可笑しかったのを覚えている。

 あの時の事を思い出し、ラウルは苦笑いを浮かべる。そこにカンタンがやって来て、ラウルとじゃれ合い始めた。


「ベルナール、寄付ありがとう。院長がすごい感謝してたよ」


「そうか。そりゃ良かった」


 キトリーは小声でベルナールに礼を言うと、ベルナールも小声で返した。


「キトリー」


「副団長。おはようございます!」


 いつもより早く現れたエリクに、集まっていた班員はビシッと揃った礼をした。


「おはよう。少し早いが、パワードスーツの機能の取得について助言をして欲しいとギャエルに言われてね。部屋で話を聞かせてくれ」


「はい。よろしくお願いします」


 キトリーはエリクの後を追う形で、エリクの部屋に向かった。部屋に入ると、ローテーブルを挟む形で置かれたソファに向かい合わせで座る。


「では、現在取得済みの機能と、取得可能の機能を分けて書き出してくれ」


「はい」


 キトリーは渡された紙に、サラサラと記入していく。取得可能機能の横には、魔力を捧げるのに必要なおおよその日数を付け加えた。


「副団長、お願いします」


 全て書き終えたキトリーは、両手で紙を持ちエリクに手渡す。受け取ったエリクは内容を読み始めた。伏せた瞼を縁取るまつ毛が長く、何をしていても芸術作品のような美しさだ。

 キトリーは目を伏せ渡した紙を見て、エリクが読み終わるのを待った。


「今は、透明化の機能を取得中なんだよな?」


「はい。紙に書いた通り、あと五日程で取得出来る予定です」


 視線を上げキトリーに聞いたエリクを、真っ直ぐに見つめ返しキトリーは答えた。背筋を伸ばすのも忘れない。


「この機能は体が見えなくなるだけなのか?音を立てなく出来たり、気配を消したりする事は出来るのか?」


「確認します」



『説明しよう!透明化の機能は視認出来なくなるだけの機能だ!音の遮断は出来ず、足音や、パワードスーツを打てば音が出る!気配を消す事も出来無いぞ!』



 キトリーは説明しようの説明を聞き、口元を引き締める。エリクに伝える際に表情を引き締めようと努力したが、無理だった。目が死んでいた。だってパワードスーツで足音を立てずに歩くのは難しいし、気配の消し方なども知らなかった。

 ギャエルの指示通りに取得しようとしている機能だったが、活用出来る気がしない。あと、この説明しようの説明、そう言えばレッドキャップ討伐前にも聞いた気がする。

 エリクはそんなキトリーの様子が可笑しかったらしく、零れた笑みを拳で隠した。しかしすぐに表情を引き締めると、今後の事について考え始める。


「成程。では透明化の機能を活用出来るように、隠密行動を習得するのが良いと思う。だが君を特殊部隊に放り込む訳にもいかないしな……」


 どうしたものか、とエリクは悩ましげに顎に手を添える。少し考えた後にキトリーを見た。


「隠密行動については考えておこう。透明化の機能を取得したら報告してくれ。この紙は預からせて貰う。では、鍛錬場に行こうか」


「はい!」


 エリクが立ち上がるとキトリーもすぐに立ち上がり、鍛錬場に向かった。今度はエリクがキトリーを気にかけながら歩いていた為、二人は並んで歩いている。


「休暇中、ベルナールと何を食べに行ったんだ?」


 エリクの問いに、キトリーはギクリと肩を震わせた。ベルナールは秘密にしたがっていた。キトリーがエリクにバラす訳にはいかない。


「それは、秘密です……」


 エリクの方を見ないように、冷や汗が出るのを感じながらキトリーは答えた。上官の質問に、こう答えるのは問題かも知れない。だがプライベートな事であるし、ベルナールには話さない事を頼まれている。


「そうか……」


 キトリーの苦苦しく困った顔を見て、エリクは小さく零すと視線を逸らした。二人は沈黙し気まずい空気を感じながら鍛錬場に入り、鍛錬を始めた。

 キトリーは走り込みをするうちに、気まずかった事があった事などすっかり頭から抜け、昼休憩には疲れ果てエリクに礼をしたのだった。






 三日後の朝、鍛錬場にエリクが男を伴いやって来た。腰は曲がっていないが、手は節くれ立ち、顔には深い皺が刻まれている。


「こちら、退役された元騎士のラリマーだ。ラリマーは隠し名なのだが、今だに使っているらしい。これから鍛錬時には、彼から隠密行動を習って貰う」


「はい。ラリマー様、私は第一部隊十一班のキトリーと申します!よろしくお願いいたします!」


 キビキビとした動作でしっかりと頭を下げたキトリーを、ラリマーは目を細めて見た。


「よろしく、キトリー。随分と変わった鎧だ。こんな鎧は特殊部隊にも居なかったが」


「あ、それは、この鎧は私のスキルなんです」


 ラリマーはキトリーを見て軽く目を見開き、驚きを露にした。


「ほぉ~。それは珍しい。しかし……」


 ラリマーはキトリーの腕を取ると、扉を叩くようにキトリーの腕をノックした。大きくはないが、鈍い金属の音が低く響く。ラリマーはその音を聞いて眉を顰めた。


「これで隠密行動をするのは中々……厳しいんじゃないかい?副団長」


「このパワードスーツの機能に、透明化という機能があるそうだ。視認されないという利点を活かした戦術を組む事が出来るようにしたい。流石に特殊部隊の訓練に参加させる訳にもいかないだろう……」


 エリクの言葉が小さくなっていくのを聞き、ラリマーは笑い出した。


「懐かしいなぁ!エリク坊ちゃんの特殊訓練参加!あれをよくこなしたもんですよ!」


「ああ、あれは凄まじいものだった……。この新人には難易度が高すぎるからな。だからラリマー、よろしく頼む」


 一瞬遠い目をしたエリクは、ラリマーを力強く見据えて願う。するとラリマーは、明るい日差しに良く似合う笑顔で頷いた。


「了解しました!では鍛錬後に報告に伺います。キトリー、透明化してみてくれ」


「すいません。透明化の機能は明後日の夜に取得出来る予定で……次回の鍛錬時にお見せします」


「機能の、取得……ははぁ……面白いスキルだなぁ」


 ラリマーは感心したように自身の顎を撫でている。そしていつもの鍛錬と同じように走り込みから始めた。


 エリクは少しだけ走り込みを見ると部屋に戻って行った。今までキトリーの鍛錬に付き合っていた事で、エリクの仕事は溜まっていた。その為夜遅くまで仕事をしている日が続いていた。だが、ラリマーにキトリーを任せた事で、それは解消されるだろう。キトリーが入団する前と変わらぬ日々が戻ってくる。

 肩の荷がおりた事で気が楽になった。なのに、何故寂しく感じるのだろう。確かに忙しく負担だった日々。だが楽しく充足感のある日々だった。

 キトリーは、ベルナールと何を食べに出掛けたのかを白状しなかった。ベルナールとはとても親しげにしているが、自分とは副団長と一般騎士の関係でしかない。

 それを考えるとエリクの胸が痛む。不意に、朝二人が顔を近付けて話していたのを思い出した。淡い苛立ちを覚えながら、エリクは廊下を進んだ。






 また三日後の朝。エリクが町を走っていると、キトリーが家の前に立っていた。暖かそうなふわふわのズボンがコートの裾から見えている。

 そのズボンは夜着ではないのか。コートを着ているとはいえ、無防備だ。早朝で人の姿は無いが、他の者……他の男の目に入る可能性はゼロではない。エリクは注意しようと眦を上げてキトリーに近付くと、エリクに気が付いたキトリーは弾けるような笑顔になった。


「副団長!おはようございます。ご報告です!昨晩透明化の機能を取得しました」


「あ、ああ……」


 注意しようと思っていたのに、エリクはキトリーの笑顔に面食らってしまった。顔が熱く感じるのは今まで走っていたからに違いない。きっとそうだ。違いない。


「あと、ジルは今日の朝市には行かないそうです」


「ああ。昨日沢山買っていたからな。最近は毎朝会えなくなってしまって残念だ。……ジルは食堂でも、よく働いているようだね」


「はい!忙しくて大変な事も多いけど、楽しいと言っていました。副団長、ありがとうございます!」


 嬉しそうに笑うキトリーのその笑顔はキラキラしている。頬に感じる熱が引かずに、エリクはキトリーから目を逸らした。


「今日は新しい機能を見に鍛錬場に行く。次覚えて欲しい機能の話もその時しよう。ではまた後ほど」


「わかりました。失礼します」


 キトリーはペコリと頭を下げエリクを見送ろうとした。だがエリクは数歩進むと振り返った。


「キトリー、そのような姿で外に出るものではない」


 一言注意をすると、エリクは走って行った。

 キトリーは、やっと透明化の機能を取得した事で、舞い上がってしまっていた。キトリーはエリクを見送りながら、コートを羽織っているとはいえ夜着のまま副団長の前に立つのは失礼だったな、と自らの浅慮を反省し部屋に戻り少し寝た。

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