14・塒殲滅
残酷な表現があります。
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「次は洞窟か」
地図を見て顎を撫でながらギャエルがボヤいていた。眉を顰めたその顔は、面倒だと分かりやすく物語っている。
「キトリー、透明化の機能はまだなんだよな?」
「あ、はい。まだです」
「だよなぁ。二ヶ月以上かかるって言ってたからなぁ」
キトリーの答えにギャエルは残念そうに溜息をついた。しかもギャエルは夜に機能取得の為に魔力を捧げていたキトリーに、全ての魔力を捧げずに二割程の余力を残すように言っていた。翌朝回復しているとはいえ、夜中に敵襲が無いとは限らない。それは野営中だけでなく、宿に泊まった際も、王都の家で眠る際もそうするように、との事だった。
ギャエルが何故難しい顔をしているのか分からないキトリーは、不思議そうにギャエルを見ている。するとギャエルはラウルを呼んだ。
「ラウル、中、見て来て貰えるか?」
「分かりました。今から行きます?」
スープの味を見ていたラウルは顔を上げて答えた。少し困ったような表情でギャエルは首を振る。
「飯食ってから行ってくれ。明日の戦闘には参加しなくて良いからな」
「俺も暴れたかったっすけどね~」
スープの味が決まったようで、ラウルはそう軽く零しながらスープを装った。肉とスープ、パンという簡単な夕食をとると、ラウルは出発した。
「班長はラウルばかりに偵察させる事を心苦しく思ってるんだ。だからキトリーの透明化に期待してるらしい。うちの班には他に偵察出来るような奴は居ないだろ?俺達、デカすぎるからな」
キトリーの疑問に気付いたレジスが説明してくれる。最後の言葉にキトリーは思わず笑った。
「後はな、洞窟となると、魔法弾丸投げる事が出来ないんだよ。中に人間が捕まってたら大変だしな。洞窟を埋めるのも、俺達が勝手に判断して良い事じゃないし。洞窟攻略は、今日の塒攻略より時間がかかるんだ。班長は実は短時間で終わらせるのが好きなんだよ。だから明日の洞窟が面倒なんだ」
オレールが声を潜めてキトリーに教えている。キトリーは少し笑ってオレールを見ると、オレールは苦笑して続けた。
「それに実はな、班長、バジリスクの時のような時間がかかるのは好きじゃないんだ。ま、俺達も待機より暴れたい方だけどな」
これが我等が十一班の治癒士の言葉である。キトリーが声を出して笑うと、ギャエルが「寝ろよー」と注意した。キトリーの夜の番は明け方なので、ギャエルの言う通り横になった。
ラウルは蝙蝠に変身して洞窟内を偵察すると、空が白み始める前に野営に戻って来た。その時丁度キトリーが番をしていて、現れたヤマネコに笑みを浮かべた。ヤマネコは暗闇で目が光っていたが、焚き火に照らされた姿は、縞は美しくスラリとしていて、その顔は可愛らしいとキトリーは感じた。
可愛らしいが野生動物。仲良くなるのは難しいだろうと思いつつ、キトリーは肉の欠片を与えた。するとヤマネコは、暗い緑色の髪の、背の高い細身の男性に姿を変えていく。
「うわ!ラウル先輩、お疲れ様です」
「おう。残念だったな。俺でした」
吃驚しているキトリーに悪戯っぽく笑ったラウルは、キトリーから肉片を受け取り焚き火で炙って口に入れる。そして眠そうに欠伸をすると、テントに入って行った。
日が昇りキトリーが全員を起こし朝食をとると、ラウルが塒内部の報告をした。
「洞窟内は入口は差程大きくはなかったんですが、奥に進むと広いホールに出ます。そのホールで奴らは寝てるみたいでした。洞窟内には地下川が流れていて、ずっとジメジメしてました。床も壁も濡れていたんで、滑って戦い辛いと思います。出入口は一つだけで……居たのはゴブリンシャーマン、ホブゴブリン、レッドキャップ、ワーグです。人間は捕まっていませんでした」
「そうか。ご苦労だった。ラウルは、塒近くに荷物を隠すから、そこに隠れて休んでいてくれ」
ギャエルの言う通りに、ラウルは塒近くの茂みに荷物と共に小動物に変身し隠れた。他の班員達は塒の洞窟入口へ向かった。入口付近に居るレッドキャップに石を投げ、ギャエルは挑発した。
石をぶつけられたレッドキャップは怒りに顔を歪ませ、何か喚きながら武器を振り上げギャエルに向かう。武器を打ち鳴らして洞窟内から増援を呼ぶレッドキャップも居る。
ギャエル達は向かって来たレッドキャップを切り倒し、洞窟から次々と出てくる魔物達を切り伏せていった。
「出てこなくなったか?よし、縦陣を一列にして中に入るぞ」
中から魔物が出てこなくなりギャエルがそう言うと、ベルナールを先頭に洞窟に入って行く。カンタンが魔法の光球を三つ出すと、先頭、カンタンの上部、後尾に漂わせて周囲を照らし進んだ。
鎧の動く音と足音が響き、洞窟内に流れる川の音と、水の滴り落ちる音も微かに響いている。ラウルの報告通り、この洞窟内は床も壁も天井も水に濡れ、カンタンの光球によって表面はぬらりとした光沢を放っている。
魔物が出てくる事無く奥まで進むと、広いホールが現れた。カンタンが光球を天井近くに移動させると、ホール全体が見えるようになった。
皿のような形をした大小様々な白っぽい鍾乳石が、棚田のように連なっている。その皿に溜まった水が、次から次へと流れてくる水によって溢れ、滝のように落ち次の皿にまた流れていく。その皿は浅いものもあれば、深いものもあった。深い皿に溜まった水は光球に照らされ、柔らかい青みがかった緑色に輝き幻想的だった。
まさか魔物の塒でこのような景観が拝めると思っていなかった一同は、立ち止まりその景色を眺めていた。自然が創り出した芸術と言える光景に言葉を失っている一同の背後に、小さな影が近付いた。
それが武器を持つ手をゆっくりと上げ振りおろそうとした瞬間、素早く振り返ったベルナールが義足をその影に打ち込んだ。地面に縫い止められたレッドキャップは逃れようと暴れるも、動く度に深々と刺さった義足による痛みに声をあげている。
更に飛び出してきたレッドキャップをベルナールが一閃し、他の班員達も現れた魔物に対処した。この数体が塒の最後の魔物だったようで、これ以上襲撃を受ける事無く洞窟内の探索を終えて外に出た。
荷物に隠れるように寝ていたラウルと合流したキトリーは、洞窟内の景色の感想を嬉しそうにラウルに伝えた。
「私、鍾乳洞って初めて入りました。鍾乳石で出来た池が綺麗でしたね~」
「そうなの?俺が偵察した時は灯り無かったから、それ見てないんだよね。見たかったな~」
残念そうに零したラウルを見て、カンタンはニヤリと笑った。
「そんじゃラウル、俺と鍾乳洞デートするか?」
「うっは!ちょ、先輩……!やめときます~」
「何だよ~遠慮すんなよ~」
中々に鬱陶しい絡み方をされているが、ラウルもカンタンも楽しそうに笑っている。仲が良いなぁと微笑ましく見ていると、伝書鳩を飛ばしたギャエルが次の塒へ出発する号令をかけた。
レッドキャップは決して弱い魔物ではない。帽子を血で染める事を喜びとし、人間に対する殺意に満ちた、非常に危険な魔物である。だが十一班員達は、その危険な魔物に苦戦する事無く淡々と塒を制圧し進んでいた。
順調に進み、根源だと推測されるアタレッシュ山の塒に魔法弾丸を落とし爆発させた。今までの塒の二、三倍はある規模の塒で、歪に切った木を柵のように立ててある。柵があり、壁の無い小屋があり、寝床があるこの塒は、貧しい村のようだった。
しかしその住民はレッドキャップ等の魔物達。繁栄させる訳にはいかないので、ギャエル達は彼等を殲滅した。
根源の塒は他の塒よりも規模も大きく数も多かったが、一行は簡単に制圧してしまった。そして他の塒も同様に制圧し、生き残りが居ないか確認しながら来た道を戻りタルルム支部に到着した。
今回もアグドオスを担いで来たキトリーを見たタルルム支部の騎士達は、面白そうに、呆れたように笑い十一班を迎え入れた。
「第一部隊十一班の皆様、今回の事、誠にありがとうございました」
タルルム支部長と、副部長のエドガールが最前列に並び、タルルム支部の騎士達がギャエル達に深々と頭を下げた。きっと、自分達で対処仕切れなかった事に無念さもあった事だろう。
だがその思いは微塵も感じさせずに支部長もエドガールも明るく笑いながらアグドオスの炭火焼きを味わっている。
安堵感と開放感に浮かれた宴は終わり、翌日に十一班は王都への帰路に着いた。
王都を出たのは一月半以上前だった。タルルム地方では雪の降る日もあったが、王都の寒さはそれ程でもない。だが冷え込む日が増え、冬の訪れを感じるようになった為、人々は暖かい服装で町を歩いていた。
頬に感じる冷たい風と道行く人々の姿で、王都を離れていた間に季節が変わった事を感じたキトリーは、少しソワソワしながらジルを迎えに行った。
出発前と同じように、孤児院への寄付の品々を抱えている。院長に挨拶と礼を済ませジルと家に帰宅した。留守にしていた筈なのに、部屋の中は埃等無く綺麗だった。
「あれ?綺麗だね。まずは掃除をしなきゃだと思ってたのに」
「うん。時々帰って掃除しておいたんだ。お姉ちゃんがいつ帰って来ても良いようにね」
本当に出来た弟である。キトリーはジルを抱きしめて礼を言う。
「ジルったら、本当にありがとう!私、ジルが居ないと生活出来ない人間になっちゃいそうね!そうだ、今回の遠征でボーナスが出たの。夕食は外に食べに行きましょうか?」
嬉しそうに頷いたジルと向かったのは、ニノンに教えてもらったマミドリ亭というマミドリ宿にある料理屋。騎士団の皆と行く竜熊亭は、料理は美味いが騒がしすぎる。
マミドリ亭は、冒険者がよく利用する宿の料理屋なのだが、客が騒がしくする事が無い店なのだと言う。
ニノンが言うには、そこの主人の老婆の人柄によるものらしい。強面の冒険者達を孫のようにもてなし、体に気を付けるように優しく接してくれる彼女を、冒険者達も自分の祖母のように思っている。
それは長年利用している高レベル帯の冒険者に多く、騒ぎ立てる初心者冒険者を黙らせるのはいつも高レベル帯の冒険者達だった。
「お姉ちゃん、僕、仕事しようと思うんだ」
マミドリ亭で温かい料理を味わっていたキトリーは、ジルが言った言葉に目を丸くした。




