13・レッドキャップの塒
残酷な表現があります。
ーーーーーーーーーー
タルルム支部で一泊したキトリーとラウルの二人は、夜が明けるとまずトトニ村近くの襲撃場所に向かった。人里近くという事もあり、襲撃の痕跡は何も残されていない。何か残っているとすれば、疎らに踏み荒された道端の草木位のものだった。
「ここでは騎士団がレッドキャップを撃退したらしいな。ま、勿論死骸も何も残ってないかー。と、次行くか」
ラウルの指示で、キトリーは次の襲撃場所へ飛んだ。そこは先程の場所からそう遠くなく、すぐに到着する為ネズミに変身したラウルはキトリーの手に包まれた状態で運ばれた。
村の近くの襲撃場所は何処も綺麗に片付けられていて、痕跡が残っていたのはテルヴァン圏谷を進む道中だった。トトニ村から川沿いに山へと向かっていると、その川辺に血の色が染み付いた地面が見えた。二人はそこに降り立つ。
「これは、副部長達が壊滅させたレッドキャップ達の仕業だったんですかね……?」
「それは分からんが……恐らくそうだろうな。とりあえずこのまま進んで、塒跡を見てみよう」
キトリーは眼前に広がる景色を見た。三千メートルを越える山々が、ここテルヴァン圏谷を半円形に取り囲む。岩山に雪が積もった美しくも険しい景色に、キトリーは圧倒される。この景色は、数万年前に氷河の浸食によって作り出されたものなのだ。この岩壁に隠れるレッドキャップ達を見つけ出すのが、キトリーとラウルに与えられた任務だ。
壮大なスケールの景観を楽しむ余裕もなく、キトリー達は塒跡へと飛んだ。その塒跡は、木々や草、魔物が燃えた炭屑を残しただけのものだった。
「ここに居たレッドキャップは、三十から五十体位か。これだけ燃やし尽くしてれば、またここに住み着く事は無いだろうな」
ラウルは移動すると、野営道具を茂みに隠した。そしてラウルはキトリーから、渡してあった小さい荷物を受け取る。地図を出すと、周辺を指差す。
「今日はテルヴァン圏谷からタズルーレ山を捜索しよう。俺はこの辺、キトリーはこの辺りな。塒を見付けたら、レッドキャップ、他の魔物の数、塒の広さ構造を調べてくれ。まぁ大体で良いぞ。班長達が来るまでに変わってるだろうからな」
テルヴァン圏谷を囲むように連なる山々。タズルーレ、ピネロ、アタレッシュ、ヴィレボルタの山々を、二人は手分けして班長達が来るまでに探索をしなければならない。
「戦闘は出来るだけ避けるんだ。戦っていたらキリがないからな。塒が洞窟だった場合、深入りはしない事。夕方ここに戻って野営な」
「わかりました!」
キトリーが元気よく返事をすると、ラウルはリュックに似た形の小さい荷物を背中に回した。隼に変身すると、器用に紐を嘴で引っ張り荷物を背中に密着させている。キトリーが感心した様子でラウルを見ているが、ラウルはそれを一瞥し飛び立った。
「ラウル先輩、自分で飛べるのにずっと私に運ばせてたわね……」
ぽつりと呟くと、キトリーも空に跳躍し飛んだ。五つの山が連なるペルデラ山脈は、濃い灰色の岩肌に積もる白い雪と、すっきりとした青空との対比が美しく見える。キトリーはそのうちの一つ、タズルーレ山の山頂に向かい高度を上げた。
キトリーのパワードスーツは、寒さにも暑さにも耐えられる。装着していればどんな気温でも快適に過ごす事が出来るのだ。故に、山頂の雪の上や凍えそうになる空気の中に居ても、キトリーは平然としていた。
山頂から見下ろしているが、レッドキャップの姿は見えない。草木も生えず他の生き物も住まない高山帯を塒とはしないのかも知れないが、見落としがあってはならないので一応見て回る。
この日、キトリーは塒を発見する事無く野営地へ戻った。
「キトリー、どうだった?」
ラウルはコロビの処理をしながらキトリーを振り返った。キトリーもコロビを手に持っており、二人は思わず吹き出した。
「食べ切れませんね!えっと……私の方は塒は見付かりませんでした」
「そっか。とりあえず干し肉作ろうぜ」
ラウルは今夜食べる分の肉を切り分けると、残りの肉を調味液に漬けた。
「ラウル先輩……ワイン持って来てるなんて……本当にこの為です?」
「そっそうだよ!干し肉作っとけば、色々楽になるだろ~?」
慌てたように言うラウルを、キトリーは疑わしいと半目になり見ている。
「ええまぁ確かに、塩も他の調味料もしっかり揃ってますし……信じましょう!」
「おいおい本当に信じてるのかぁ?ホントだからな~!」
コロビの肉を焼き、夕食をとりながらラウルが見付けた塒の場所を確認し、交代で番をして休んだ。
翌日、キトリーはレッドキャップが数体歩いているのを見付けた。広い肩幅に骨張った四肢、長く太い鉤爪、長く尖った歯。そして何よりも特徴的なのは、血液によって染められた帽子。この残忍な魔物に気付かれないよう、キトリーは尾行した。
レッドキャップ達の塒は、岩山に出来た洞窟の中だった。洞窟の前でレッドキャップとワーグがウロウロしている。ワーグは大きい狼型魔物で、恐らくこのレッドキャップ達はワーグを馬として扱っているのだろう。
中にどれだけのレッドキャップが居るのか分からないが、これ以上近付くのは危険だと判断し、キトリーはこの場を離れた。
ギャエル達がタルルム支部に到着するまでに見付けたレッドキャップの塒は全部で十一もあった。そのうちの一つは、塒の規模が大きくレッドキャップの数も他のものよりも多かった。
「成程。このアタレッシュ山にある塒が根源だという事か」
ラウルの報告を受けたギャエルが無精髭の生えた顎を触りながら言った。ラウルは真面目な表情で頷き返した。
「はい。ここにはレッドキャップだけでなく、ホブゴブリンとゴブリンシャーマンも居ました。ヴィレボルタにあった塒にも居ましたので、他の塒にも居ると考えて良いと思います」
「わかった。ラウル、キトリー、疲れているとは思うが、明日から塒を攻略して行く。今日のところはしっかり休んでくれ」
ギャエルから労われ、食堂に向かう途中ラウルはキトリーに耳打ちした。
「この偵察で特別手当が出るからな。お疲れ」
「頑張った甲斐がありました。お疲れ様です!」
嬉しそうに笑うラウルは拳をキトリーに向けた。キトリーもニヤリを笑って拳を出し、ラウルの拳と突き合わせた。
この夜、十一班の班員達もタルルム支部の者達も、キトリーが山から担いで来たアグドオスのジビエ料理を堪能した。巨大なアグドオスを一人で担いで来たキトリーに、タルルム支部の騎士達は唖然としていた。これが王都に務める騎士の力なのかと驚いていたが、こんなに怪力な騎士は他にはいない。
翌日、十一班はテルヴァン圏谷からタズルーレ山に入った。レッドキャップの塒を攻略しながらベルデラ山脈をヴィレボルタ山まで進み、また殲滅した塒を確認しながら戻って来る予定だ。
「今日はここで野営だ。明日、塒を攻略する。カンタン、キトリーとラウルにアレを頼むから、十個、用意しておいてくれ」
「了解でーす」
一日目は塒を襲撃する事無く、塒から徒歩で半日程離れた場所で野営を敷いた。軽い口調で返事をしていたカンタンは、真剣な表情でギャエルに指示された物を作っている。キトリーとラウルは、ギャエルからその物を使った作戦を聞いていた。ラウルはこれまで何度もやって来た事なので、心得顔で頷いていた。
二日目の昼前に、十一班は一つ目のレッドキャップの塒の近くまで辿り着いた。キトリーとラウルは、カンタンから小さなボールのような物を受け取る。
キトリーと鳥に変身したラウルはレッドキャップの塒上空からボールのような物を落とした。それに気付いた数体のレッドキャップはボール周辺に集まって来た。
上空でその様子を見ていたキトリーは、片手を上げてカンタンに合図を送った。その瞬間、ボールは大きな音を立てて爆発した。
十個のボールが爆発した衝撃は凄まじいものだった。爆発によって吹き飛んだレッドキャップと他の魔物達、住処としていたらしい柱と屋根だけの小屋のような物も、葉を集めた寝床も木っ端微塵だ。
ただそれだけで塒の魔物達全てを駆逐出来る訳もなく、残った魔物達はギャアギャアと喚き騒ぎ立てる。他の班員達の待つ方へと飛ぶキトリーとラウルに気付いたレッドキャップが甲高く何か言うと、ゴブリンシャーマンが魔法を放った。炎の玉はキトリー達に届かず、弧を描き地面に落ちていく。
キトリー達を追い塒から出ようとした魔物達に、カンタンが放った雷の矢が降り注ぎ魔物達はその身を焦がした。
足を止めた魔物達に、ギャエルの号令で十一班は攻め込んだ。ベルナールがスキルの疾風を使い、突風のような勢いで次々にレッドキャップに斬りつけている。
勢い良く飛び出てきたワーグに、レジスは大剣を叩きつけた。ジローも大剣を振りレッドキャップを叩き斬る。オレールはメイスを振り下ろしレッドキャップを叩き潰していた。
各々が好き勝手に暴れているように見えるが、班員達はカンタンが魔法を放つ場所を意識しながら動いており、魔物達は知らぬ間に集められ炎の嵐に飲まれた。
渦巻く炎を逃れたレッドキャップがワーグに跨り逃げようと試みるも、キトリー、ベルナール、ラウルの素早い対処によって断念された。塒の制圧にかかった時間は短く、呆気なく感じる程だった。
逃げた魔物達を追った三人が戻ると、カンタンが呪文を唱えていた。魔物の姿はもう無いのだが、かなり威力の高い魔法を使うつもりらしい。
「全部燃やしちゃうよ~!俺の後ろに下がって~!」
三人が慌ててレジスの後ろに隠れると、カンタンは先程よりも大きな炎の嵐を巻き起こした。魔物達の死骸から小屋や寝床に使用された木材や木の葉が、燃えながら炎の渦に巻き込まれ炭と化している。熱風が吹き荒れ、炎が消えると塒があった場所には黒く焦がされた大地と炭屑しか残っていなかった。
「すご……」
唖然とした声を漏らしたキトリーは、耳に着けている沢山のピアスに触れながら、得意気にニヤリと笑っているカンタンを見上げた。




